4 公爵家の厳つい面々
自分に五人の義兄ができるという現実を飲み込めないまま……。
マーリン伯爵家にハンター家から招待状が届き、両家が顔合わせをするお夕食会の日は、あっという間にやって来たのでした。
リフルお姉様はそれはそれは素敵なドレスをお召しになって。恋する乙女どころか、愛を司る女神様のような仕上がりです。お姉様にぞっこんでらっしゃるギディオン騎士団長が、こんなお姉様を見たら卒倒してしまうのではないかと、妹の私は心配です。
「お姉様。私は大丈夫でしょうか。猫背の千鳥足になっていないでしょうか。ましてやバッタのカーテシーなどに……」
エレガント先生による王子妃教育によって、己のコンプレックスと日々向き合う私は、お姉様の妹として公爵家の恥にならないか、不安と心配で何度も聞いてしまいます。
お姉様はいつものように優しく、私を宥めてくださいました。
「ルナのドレスはアンディ王子が用意してくれたのね。淡いエメラルドのレースに黄色のリボンがとても可憐で似合っているわ。ふむ。ルナの可愛さをなかなかに理解しているようね」
まるで小姑のように王子様に厳しいリフルお姉様も、最近は王子様の徹底した気遣いに感心するばかりで、突っ込みようがないようです。優秀な者同士の牽制のし合いとは、隙がなくて恐ろしいですね。
公爵家に到着した馬車から降りると、お父様とお母様と私は三人並んで、「ほわぁ」と小声で呻いて仰け反りました。
我が国の四大公爵家が一つ、ヴォルフズ公爵邸の、なんとも立派なこと!!
私は王宮暮らしで豪華な城を見慣れていますが、エレガントなデザインの王城とはまた違った趣の公爵家のお屋敷は、騎士の家系らしく厳格な佇まいで、圧がすごいです。
執事の方に丁寧に案内されて中に入ると、やはり重厚な色合いの絨毯と壁に、巨大な剣や馬の彫刻や、とても怖いお顔の軍人さんの肖像画などが飾られていて、私は何も悪いことをしていないのに、ちびりそうに臆してしまいます。
そんな厳かな空気を破るように、廊下の向こうから、明るくて大きな声が聞こえてきました。
「これはこれは、マーリン伯爵家の皆様! ようこそおいでくださいました!」
ギディオン騎士団長は鎧の代わりにビシッと貴族らしい正装で迎えてくださいました。
が、リフルお姉様が視界に入った途端に、言葉も体も石のように固まって、「はわわ」と見惚れてしまいました。やはり私の懸念した通り、騎士団長はお姉様の美しいドレス姿に打ちのめされてしまったようです。
「ギディオン様。私たち家族をご招待くださってありがとうございます。素敵なお召し物がとてもお似合いですわ」
リフルお姉様は優雅で美しいカーテシーをして、騎士団長をますます虜にしてしまいました。
「な、なんて美しい……無骨な我が家に、こんなに美しい女神様が現れるなんて……」
騎士団長のおのぼせぶりに、緊張気味だった両親と私は返ってホッとして、笑顔で互いを見合わせました。
豪華なテーブルとお食事会の用意がされた広間には、ハンター家の方々がお待ちしておりました。
私は「うわあ!」という驚きの声を必死で抑えました。
だって横並びにお迎えくださった一族は、全員が赤髪で逞しい、男だらけの集団だったからです。
左から、赤髪と赤髭に黒い眼帯をつけた厳ついお父様であられるヴォルフズ公爵を始め、マッチョ、マッチョ、と逞しい男性が並び、最後の右端にはクロードさんがニコニコとしておりました。五人兄弟の中では末っ子らしく、細マッチョでございます。
そこにメイドたちを連れたお母様である公爵夫人が入ってきました。シックな黒いドレスを大胆に着こなして、赤髪を高く結った、凛々しいお方でございます。
「男ばかりのむさ苦しい所でごめんなさいね。今日は可愛いお嬢さんたちがいらっしゃるので、シェフが腕によりをかけてお菓子をご用意しましたのよ」
メイドたちがカラフルに細工されたお菓子の山をお盆ごとお披露目して、リフルお姉様も私も「わぁ」と笑顔になりました。
厳格なお屋敷の雰囲気に飲まれないよう、騎士団長のお母様はフランクさを演出してくださったようです。
一通りのご挨拶をした後に、騎士団長は五人兄弟をご紹介してくださいました。
「私が王宮騎士団長を務める長男のギディオンで、国境の辺境騎士団をまとめる次男のゴードンと、三男のガウディ。四男のケインは王宮の騎士団に入団したばかりで、五男のクロードは騎士見習いです」
私はずらりと並ぶ赤髪の騎士の方々を、左から右へ眺めました。皆様、クロードさんと同じように瞳をキラキラとさせています。
「我がハンター家に姉が」「妹が」「可愛らしい!」と大喜びです。
しまいには「空気が違う」「視界が明るい」とまで言い出して、これまでどれだけお堅い男世帯だったのでしょうか。確かに紅一点の公爵夫人も女戦士のように筋肉質で、まるでご家族すべてが暗殺集団のようです。
中でも一際恐ろしく鋭い目をしたヴォルフズ公爵は「ハッハッハ」と愉快に笑って、家族を嗜めました。
「お前たち、お嬢さんたちが怯えてしまうから近寄るんじゃない。すみませんね。うちの息子たちは剣ばかり奮って、可愛らしい女性に免疫がないのです」
リフルお姉様は笑顔でお応えしました。
「皆様、王宮や国境で国民のために日々鍛錬されているのですもの。尊敬しますわ」
さすがのお姉様。強面にも筋肉にも臆しません。お姉様ならこの厳つい公爵家でも、女大将になれそうです。公爵夫人もご満悦のお顔で頷いてらっしゃいます。
我がマーリン伯爵家とヴォルフズ公爵家では貴族の格が違いすぎて、どうなることかと案じていましたが、そんな心配はいりませんでした。ハンター家の方々は良い意味で大雑把というか大胆で、私たち家族を大らかに受け入れてくださいました。
そうして和やかに夕食会が盛り上がる中で、会話は王国の防衛の要である、国境の話題となりました。久しぶりに王都に帰って来た辺境騎士団のゴードンさんとガウディさんから、不可思議なお話が出たのです。




