3 ハンター家の男事情
「こ、こここ、婚約ぅ〜!?」
私はリフルお姉様に呼び出されたお昼休みの中庭で、驚きのあまり芝生にひっくり返りました。
あの、男嫌いなお姉様が!
幾多もの婚約の申込みを断り続けた、リフルお姉様が!
とうとう、あのマッチョな騎士団長、ギディオン・ハンター様と婚約をされるというご報告を受けたのです!
「お、おね、お姉様が、ここ、けけけ」
咳き込む私の背中を、リフルお姉様はいつも以上に優しく、淑女の御手で摩ってくださいます。
「まあ、ルナったら。落ち着いてちょうだい。私ももう18歳の成人ですもの。ギディオン様からプロポーズをいただいて、お承りしたのよ」
「はうう……」
芝生から顔を上げてお姉様を見上げると、太陽を背に頬を染めるそのお顔は、美しくも乙女のように可愛らしく輝いております。
「お姉様、恋する乙女のお顔でございますね」
「きゃあ、ルナったら!」
バチーン!と思いの外お強い張り手を背中にもらって、私は再び咳き込みました。お姉様はこれまでになく、照れてらっしゃいます。
「それでね、ルナ。マーリン家とハンター家は家族になるから、お互いの家族同士でお夕食会を開くことになったの」
なんと、あのマッチョな騎士団長が我が家と家族に……。
え。ということは、私のお義兄様になるということ?
そしてうちの両親の義理の息子になるということ?
あんなに大きくてお強そうな方が、我がマーリン家の一員に!?
「ひえっ、それは頼もしいですね」
なぜかうちの両親が騎士団長の両肩に乗せられている絵が浮かんで、私は真顔になりました。
「そうね。ギディオン騎士団長の一族……ハンター家の皆様はこの王国の国防を担うヴォルフズ公爵家の方々だから、逞しい方ばかりだわ」
はて。ハンターという苗字はどこかで聞き覚えがありますが、私は学園内の人物やお家柄にとんと疎いので、記憶が曖昧です。私がポカンとしていると、リフルお姉様は笑顔で教えてくださいました。
「ほら。あの剣術部の部長のクロード・ハンターさん。彼はギディオン様の弟さんだから」
「へあ!?」
点と点が、線で繋がりました!
確かにクロードさんはギディオン騎士団長と同じ赤髪で、背も高くて、強盗を体術でのめすほどお強くて……あのお二人はご兄弟だったのですね!
そしてさっきの、教室の外にやって来たクロードさんの行動の理由がわかりました。リフルお姉様とお兄様であられるギディオン騎士団長がご婚約すると知って、義理の妹となる私にご挨拶に来たのでしょう。嬉しそうに手を振るクロードさんのお顔を思い出して、私は笑いが込み上げました。
「ぐふふ、見かけによらず天然なお方ですね」
イケメンは近寄り難く苦手な私ですが、クロードさんの中身はあどけない性格なので安心です。男性に厳しいリフルお姉様も珍しく、クロードさんには好印象のようです。
「クロードさんはギディオン様に似て、真面目で素直な性格の方だわ。ハンター家の五人のご兄弟は良い方ばかりね」
「ご、五人!?」
「ええ。男性ばかり五人のご兄弟で、皆さん騎士と騎士見習いらしいわ」
ということは、いきなり私に五人のお義兄様ができるということ……!
男兄弟と縁のない私は、その人数と屈強な絵面に圧倒されて、再び芝生に倒れました。
リフルお姉様から騎士団長様とのご婚約のお話を伺って、私はいてもたってもいられず、剣術部に向かって走りました。
剣術部の練習場はイケメンと取り巻き軍団がたむろする恐ろしい場所ですが、私はどうしても王子様にお伝えしたかったのです。昨晩の夢で王子様が言いかけたのは、このことだったのですね、と。
キャアキャアと黄色い声で盛り上がる練習場の裏側の、暗い藪の中を駆け抜けて、私は草まみれで剣術部の裏側のドアに辿り着きました。
素早く何度もノックをすると、少し間を開けて、如何わしくこちらを伺う美少年が顔を出しました。
あ、その輝かしい銀色の御髪は、ノア・フリッツさんです!
「げっ。出たな。チビ……ルナ・マーリン伯爵令嬢」
もはや、悪口が名前に同化しています。
しかし ”チビ・ルナ・マーリン” に突っ込む余裕はなく、私はノアさんに思わずまくしたてました。
「ノアさん! 三強騎士様のクロードさんが、私の兄に! 五人の兄に!」
ノアさんは私の慌てぶりにうざったそうなお顔で、「はあ」と溜息を吐きました。
「知ってるよ。ハンター家の長男がリフル・マーリン伯爵令嬢と婚約するんでしょ? クロードが浮かれて自慢してきたから」
「へ?」
「あいつんち、男ばかりで女兄弟がいないから、姉と妹ができるって大騒ぎしてさ」
「え、そ、そうなんですか?」
噂をすれば何とやらで、後ろから勢いよく、クロードさんがやって来ました。珍しく、満面の明るい笑顔です。
「ルナ・マーリン嬢!」
「おわ、クロードさん!」
クロードさんはノアさんに見せつけるように私を指して、胸を張りました。
「ルナさんは俺の義理の妹になるんだ。ハンター家にとうとう、妹ができるんだぞ! すごいだろ!」
「はいはい。何度も聞いた。っていうか、ギディオン騎士団長の義妹であって、お前の妹じゃないし」
クロードさんはノアさんの冷めたお返事を物ともせず、ズイと前に出て、私に手を差し伸べました。
「俺のことはクロードお兄様と呼んでくれ。我が妹よ!」
「えっ、えええ?」
変なテンションのクロードさんの瞳がキラキラと純粋に輝いているので、私はおずおずとその手を取って、握手をしました。
こんなに喜んでくださるなんて、ハンター家の中は筋肉だらけで、余程むさ苦しいのでしょうか。
私とクロードさんが固く握手をする真ん中に、いつの間にか後からやって来たアンディ王子殿下が練習着のまま、立ってらっしゃいました。いつもの余裕のある気怠さはどこへやら。ムスッとして、私たちの握手を見下ろしています。
「あ、王子様」
「長いんだよ、握手が」
クロードさんの腕をチョップして、握手を中断させました。クロードさんは王子様の不機嫌さを気にもせず、笑顔で尋ねました。
「ん? アンディは俺の弟になるのか?」
「なるわけないだろ! だいたいルナはお前の妹じゃないんだから、気安く触るな!」
と言って、草まみれの私の頭を、ご自分の胸にギュッと抱え込みました。
あ、あら? これはもしかして、やきもち……嫉妬、ってやつですか!?
王子様が私めに、嫉妬をしている!?
私はムキになっている王子様の胸の中で、最高潮にニヤけました。
ノアさんが不気味そうなお顔で私を眺めていますが、こんな美味しい役得、笑わずにおけますか!




