2 月明かりの色っぽさ
アンディ王子殿下は満天の星空を仰いで、大笑いしています。
ここは夜の砂漠で、私たちは大きなラクダの背中に乗っています。
もちろん、これは今夜の夢の中。王子様と約束していた、夢のデートです!
「それで、エレガント先生はなんて言ったんだ?」
「カーテシーをする時に、勢い良くピョコンと立ち上がるから、バッタのようだと」
「わははは!」
王子様は私の王子妃教育のご報告を、いつも楽しそうに聞かれます。本日も学園から帰った後、宮廷でエレガント先生に教わった令嬢の嗜みに、私は苦戦したのでした。
せっかくロマンチックな砂漠の夜の夢をご用意したのに、王子様はこのようなおかしなお話に夢中なようです。私は頬を膨らませました。
「もう。笑い事ではないですよ? このままお披露目会の日が来てしまったら、私は皆さんの笑い者になってしまいます」
王子様は笑顔のまま、私を見下ろしました。
小さな私の身体を後ろから抱えるようにして座っている王子様は、ラクダの手綱を持っています。砂漠の民族衣装を着飾るそのお姿は、まるで異国の王子様。緩やかな織物と金色の髪が砂漠の風に靡く様はドラマチックです。異国情緒が映えて、とにかく色っぽい!
「コソ泥だとかバッタだとか、ルナらしくて可愛いじゃないか。皆に笑われたって、俺はそのままでいいよ」
優しい眼差しと誠実なお声にハートを射抜かれて、私の喉から「ぐぎゅう!」と変な鳴き声が出てしまいました。なんて威力の高いイケボイスでしょうか!
夢デートの乗り物を魔法の絨毯ではなく、ラクダに変更したのは大成功でした。背中に温度を感じるこの距離感がたまりません!
「ルナとこうして一緒にラクダに乗るなんて、新鮮だな」
王子様も同じ気持ちのようです。
剣術と一緒に乗馬も嗜む王子様ですが、現実では頑なに、私を馬に乗せてくれないのです。
「現実ではルナが馬から転がり落ちるんじゃないかと心配で、気軽に乗せられないからな」
「はい。私も不安です。リフルお姉様は乗馬もやってのけてしまいますが、私は馬が怖くて。鼻も口も大きいですし」
王子様はリフルお姉様のお話で、何かを思い出したようです。
「そういえば、クロードの奴が……」
ご機嫌だった王子様は、少し眉を顰めてご不満そうなお顔になりました。
おや? クロードさんとは王子様の幼馴染で、あの赤髪でイケメンの剣術部の部長さんです。古物市に行った際に護衛をしてくださいました。
「クロードさんが、どうなさったのです?」
「……いや、なんでもない。今はせっかくルナと二人だけの夢デートだし、クロードの話なんかやめておこう。どうせ明日、リフルお義姉様から直接ルナに話があるだろうし」
「え? リフルお姉様がなぜ、私にクロードさんのお話を?」
二人の接点が繋がらず、キョトン顔になる私を、王子様は背中からふわっと抱き締めました。
「いいから、俺だけを見て」
ギューン! おっしゃる通り、私は王子様のバイオレットの瞳に釘付けです!
こうして砂漠の夜の夢デートは計画通り、ラブラブと盛り上がったのでした。
「ほええ〜〜」
昨晩の夢のデートから目覚めて、学園に登校した朝。
王子様との幸せな時間から気持ちが浮かれたまま、私の脳内には月明かりの中の色っぽい王子様がずっと巡っています。
惚けたまま机の上に授業の用意をしていると、教室の外に面した廊下から「きゃー!」と女生徒たちの黄色い声が上がりました。
そちらを振り向くと、集まる女子の群の向こうに、赤髪を結った背の高い人が見えました。あれは剣術部の三強騎士様の一人……王子様の幼馴染みでらっしゃるクロードさんです。
三年生が下級生の教室の前を通るのは珍しいので、クラスの女子たちが湧いています。
私は昨日の夢の中で、王子様が言いかけたお話を思い出しました。
教室で棒立ちしている私を見つけたクロードさんは、パッと笑顔を輝かせて、こちらに手を振りました。まるで仲良しのお友達を見つけたような、嬉しそうな笑顔です。
へ? 私に手を振っている?
周りを見回しても誰もいないので、私はぎこちなく、小さく手を振りました。
するとクロードさんは満足したように頷いて、行ってしまわれました。
まるで私を探しに来て、手を振りに来ただけのような。
いやいや、まさか。自意識過剰でしょうか?
大人っぽいクロードさんは無口で無表情なイメージですが、あんなに人懐こい人でしたっけ?
なんだか不思議なこの現象の謎は、お昼休みにリフルお姉様に呼び出されて、驚きの理由が判明するのでした。




