1 天使が舞い降りて
お待たせしました!第四章が始まりました!
お腹を空かせた元気な生徒たちで賑わうお昼時……。
ここはグレンナイト王立学園の学生食堂です!
皆さん、「AランチにしようかBランチにしようか」と楽しそうにメニューを眺めております。
私、ルナ・ マーリン伯爵令嬢も、チキンのAかビーフのBかと迷っております。
トレイを手に持ってお淑やかに食堂内を歩いていると、後ろからお友達のコリンナさんがやって来ました。
「ルナさん、どうなさったんですか? ギクシャクとして」
「へ? 私、ギクシャクとしてました?」
「はい。まるでカラクリ人形のような動きになっておりますが……」
なんてことでしょう。私は令嬢らしく、姿勢正しい歩き方を意識していたのですが。やはりこれは不自然なようです。
私とコリンナさんはそれぞれ、AランチとBランチを持ってテーブル席に着きました。
「それがですね。ついに私に教育係がついたのですよ」
私の小声の報告に、コリンナさんは首を傾げました。
「教育係……とは?」
私は周囲の朗らかな学生たちに聞こえないよう、さらに声を低くして、コリンナさんの耳に囁きました。
「とうとう、王子妃教育が始まったのです」
「お、お、王子妃っ……!」
「しーーっ!」
コリンナさんは慌てて周囲を見回しました。
そう。私とアンディ王子殿下の婚約は学園の生徒たちに内緒なので、私が王子妃教育を受けているなどと、絶対にバレてはいけない秘密事項なのです。
来月に王宮で予定している第二王子様の婚約者お披露目会……いわゆる ”ルナ・ マーリン大公開” に向けて、令嬢のマナーが曖昧な私が恥をかかないようにと、ありがた〜い教育係がついたのです。
私はお皿の上に転がっている小さな玉ねぎを、フォークで突きました。
「この玉ねぎのような髪型のエレガントな先生でして。それはそれは厳しく私を躾けてくださるのですよ」
コリンナさんは私の苦労を想像して、「ひえ〜」と苦々しいお顔をなさいました。
「長年、日陰に隠れた癖が染み付いているのでしょう。私の姿勢は令嬢らしからぬ、猫背だと。……それにチョコチョコ千鳥足はまるで、コソ泥のようだと」
コリンナさんは「ぶっ」とミニトマトを吹き出しました。
「た、確かに、ルナさんは背が小さくて、歩幅も小さいですからね」
コリンナさんは笑いをこらえて、懸命にフォローしてくださいます。
「でも、アンディ王子殿下はなんとおっしゃっているのですか? 王子様はそんなルナさんをお好きでらっしゃるのでは?」
コリンナさんは自分で言っておきながら、お顔を火照らせて、私も並んで赤面しました。
「お、王子様は意地悪なお顔で、わははっと笑ってらっしゃいました」
いつもの色っぽいアンディ王子殿下の笑顔が浮かんで、つい鼻の下が伸びてしまいます。
そして、今夜の約束を思い出しました。
ここ最近、剣術の試合が近い王子様は練習でお忙しく、学園でも宮廷でもすれ違いの日々が続いているので、夢で楽しいデートをしようと約束しているのです。
「ぶほほほほほ!」
私の不気味な思い出し笑いに、コリンナさんもつられて笑顔になりました。
さて。
今夜の夢のために、材料を集めなければなりません。
王子様と二人、どんな夢のデートをしましょうか。
砂漠の夜に魔法の絨毯を飛ばして、星空を眺めましょうか。
それとも、澄んだ泉にボートを浮かべて、美しい妖精たちと戯れましょうか。
私は食堂でコリンナさんと別れて、残りのお昼時間を図書室で過ごそうと、一人で廊下を歩きました。王子妃教育も忘れてふわふわと、千鳥足で。しかし。
人気の少ない図書室近くの静かな廊下に差し掛かった、その時です。
夢見心地な私の腕に突然、思わぬ力がかかったのです!
「ひゃっ!?」
私は誰かに強く腕を掴まれて、電気の消えた無人の教室に引き込まれました。完全に弛緩していた私は勢い良く腕を引っ張った人物に体当たりをして、そのまま後ろにひっくり返るところを、抱き留められました。
あっ、この良い香りは……。
「お、王子様!?」
薄暗い教室で、壁を背にする私を支えているのは、背の高い人物でした。
わずかに差し込む日差しに煌めく、バイオレットの瞳。麗しいお顔をさらりと撫でる、金色の髪。それは間違いなく、我がグレンナイト王国の第二王子であらせられる、アンディ王子殿下その人です!
「ふっ」と形の良い唇を意地悪に歪ませる色っぽさに、私はキューン!と苦しいほどに胸が高鳴りました。
「ルナがふわふわ歩いているのが中庭から見えたから、先回りしたんだ。驚いた?」
驚いたどころではありません!まるで突然天使が舞い降りたように、私の心臓は鷲掴みにされました。
「どどど、はわわ!」
人間語が出ない私にお構いなく、王子様は平静に会話を続けます。
「午後も練習するからすぐに行かなきゃいけないんだけど、少しだけルナに応援してもらおうと思って」
「お、応援? 応援って……」
私がしどろもどろとしているうちに、王子様は私の腰を支える左手を強く自分に引き寄せて、壁についていた右手で私の顎をそっと支えると、ふわっと優しく。キスをなさいました。
うわ、うわわわわ!
王子様は放心状態の私からスッと離れると、爽やかにウィンクをして、教室のドアを開けました。
「応援ありがとう。午後も頑張るよ。ルナも王子妃教育頑張れよ」
良い香りを残して、王子様は颯爽と廊下に出て行ってしまいました。
え? 今のはなんですか? 天国のそよ風……天使のキッス?
私は突然降ってきた極上のご褒美に、心臓がギュンギュンと鳴ったまま、一人腰が砕けてへたり込んだのでした。
王子様のこのような色っぽくも爽やかなご行為には、婚約者になったとて、慣れないのです!
甘々と始まった第四章ですが、この後まさかの展開が……!
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