【おまけ】明晰夢について
ルナはどうやって好きな夢を見ているのでしょう?
作中に出てくる明晰夢について、コリンナの質問にルナが答えるおまけのコーナーです。
コリンナさんはほっぺを膨らませたまま、瞳を輝かせました。
「て……天国の雲……!」
ふふふ。想像通りの反応です!
私はコリンナさんにバートさんお手製のメレンゲのお菓子を食べてほしくて、お昼時間に学園の裏庭にお誘いしたのです。
「はぁ……流石の宮廷シェフでございますね……!」
うっとりするコリンナさんに、私もご満悦です。お友達と一緒にごはんを食べて、おやつタイムまで楽しめるなんて。ずっと憧れていた、朗らかな学園生活。青春でございます!
コリンナさんはメレンゲを食べながら、周囲を見回しました。
「ここは誰もいなくて落ち着きますね……。あの、せっかく二人きりなので、ルナさんにお聞きしたいことがあるのですが」
「おや。何でしょう?」
「その……夢使いの聖女は、好きな夢を見られるのですよね?」
「はい。明晰夢のことですね?」
「明晰夢とは……いったい?」
「夢を自分の好きなようにコントロールして、展開できることですよ。私の場合は眠る前に妄想した内容がそのまま夢になります」
私が説明すると、コリンナさんは「ほえ~っ」と感心しました。
「夢使いってすごい能力なんですね!」
「いえいえ、コリンナさん。明晰夢というのは、訓練すれば誰でもできるようになりますよ?」
「えっ、本当ですか……!?」
「はい。眠った後に夢を見たら、〝これは夢だ〟って夢の中で自覚するのです」
コリンナさんはキョトンとしました。
「えっ……? それだけ?」
「もちろん、一回ではうまくいかないと思いますが、あきらめずに何度もやってみるんです。それこそ、二度寝、三度寝して」
「ほほう……」
コリンナさんは企むようなお顔をなさいました。どうやら明晰夢に興味があるようです。私は幼い頃から培った明晰夢について、さらに説明しました。
「最初は夢だと気づけなくて悪夢に翻弄されたり、意味のわからない夢を見たり。だけど〝夢だ〟と気づけた時は明晰夢のチャンスです! 自分は空を飛べると信じれば、本当に空が飛べるのです」
「え~っ……そんな簡単に?」
「だって夢ですから。空も飛べるし、好きな場所に行けるし、したい格好だってできるのです」
コリンナさんはゴクリと喉を鳴らしました。
「じゃあ……明晰夢を習得したら、一晩中、何時間も好きな夢が見られるのですね?」
私は「あはは」と笑って首を振りました。
「いえいえ。睡眠には浅い眠りと深い眠りがあって、それを波のように繰り返すのだそうです。睡眠を研究した書物によると、夢というのは浅い眠りの時に見ることが多く、それは短い時間の連続なのですよ」
「じゃあ、明晰夢ってわりと短いのですね……」
「はい。だって、疲れを癒すための睡眠ですから、何時間も明晰夢を見ていたら疲れてしまいます」
「確かに……」
「私は浅い睡眠時に見た明晰夢を、次の波で続きを再開したり、また別の明晰夢を見たりするのです」
「え、えええ、すごい……! やりたい放題!」
コリンナさんは興奮して立ち上がりました。
「これも訓練を重ねてできるようになりましたが、慣れれば誰でもできますよ」
「わ、私、訓練したいです! 明晰夢を見たいです!」
コリンナさんの力強い宣言に、私はちょっと心配になりました。随分と力が入っているようなので。
「あの。コリンナさん? 明晰夢は誰でも見られるとはいえ、あまり一生懸命になると弊害もあるというか……」
コリンナさんは急に不安顔になって、座り直しました。
「ど……どんな害があるのですか?」
「二度寝、三度寝とするうちに寝過ぎたり、睡眠中に何度も覚醒して寝不足になったり。はたまた、夢のことばかり考えて現実と夢がゴッチャになると厄介ですね」
「ひえっ、それは困りますね……」
「だから気長に、一つだけ好きな夢が見られたらいいな、って気持ちでチャレンジするといいです」
コリンナさんは勢いを落ち着かせて「なるほど」と頷きました。そしてウズウズしたお顔になると、さらに質問を続けました。
「あの……ルナさんはアンディ王子殿下と、どのような夢を見てらっしゃるのですか?」
私は飲んでいたお茶を「ぶほっ」と咳き込みました。
「そ、それは、夢使いの聖女の守秘義務ですので! 秘密ですよ!」
コリンナさんはペロリと舌を出しました。
「すみません……どのようなラブラブな夢なのかと気になって……」
「ラ、ラブラブって……」
私は王子様といつも一緒に見る甘い夢を思い出して、いやらしくニヤけてしまいました。
コリンナさんは「はあ~」と溜息を吐きました。
「それにしても、素人の私が明晰夢が見られるようになるには、随分と時間がかかりそうですね……」
「あの。コリンナさんはどんな夢を見たいのですか?」
私の質問に、コリンナさんは頬を染めました。
「そ、それは……お恥ずかしい内容で……いくらお友達のルナさんでも、言えません……」
お友達のルナさん、という言葉に私はグッと気分が上がりました! コリンナさんは私をお友達と認めてくださるのですね? 私は嬉しさのあまり、前のめりになりました。
「コリンナさん。夢使いの聖女の力とは、明晰夢で好き放題するだけじゃないですよ?」
「え……?」
「好きな夢を、手を繋いだ相手と一緒に見ることができますから」
コリンナさんはハッとしました。
「そっか……アンディ王子殿下と同じ夢を見てらっしゃるのですものね?」
私が手を差し出すと、コリンナさんはさらに目を見開きました。
「え、まさか……」
「午後の授業まで十五分ありますから、一緒にお昼寝しましょうか」
「え、ええー!? 夢使いの貴重な力を、私なんかに使って良いのですか!?」
「だって、コリンナさんはお友達じゃないですか」
私の言葉に、コリンナさんは満面の笑みを輝かせました。
学園の裏庭の。暖かな芝生の上で。
私とコリンナさんは、手を繋いで仰向けになりました。
恥ずかしくて言えない、とおっしゃっていたコリンナさんの見たい夢ですが、夢を共有するなら聞かねばなりません。コリンナさんは赤面しながら教えてくださいました。
「その……私の父が昔、私にプレゼントしてくれた本なのですが……」
はい。コリンナさんのお父様といえば、選書に癖がある司書のコナーさんです。
「筋肉隆々の主人公が、棍棒を使って山賊どもを打ちのめすのです。一振りで山が吹き飛ぶほど強いヒーローで……」
へっ? なんだか想像していた内容と違いました。コリンナさんのことだから、三強騎士様とかおっしゃるかと思ったら……。
「それで私……一度でいいから、マッチョな大男になって活躍してみたくて……」
ぐっ、いけません。私はせり上がる笑いを必死で堪えました。人の見たい夢を笑ってはいけません! 夢使いの、名にかけて!
「な、なるほど~、マッチョなコリンナさんですか」
「いえ、完全なる大男でお願いします」
コリンナさんのお強いリクエストに、私はこだわりを感じて何だか嬉しくなりました。
「わかりました。今日はひとまず、大男になって棍棒を振り回しましょう」
コリンナさんは仰向けのまま、笑顔でこちらを向きました。
「あの、それで、ルナさんには小さなお猿さんを演じてほしくて……」
「へっ?」
「大男の相棒は小さなお猿さんなのです……すばしこくって可愛いけど、これまた強いのです」
私の中でイメージが増幅して、物語の世界が広がっていきました。コナーさんが選ぶ本ですから、よほど面白いのでしょうね。
「コリンナさん。今度その本を貸してくださいませんか。私も読みたいです」
「ええ、もちろん……!」
私とコリンナさんは微笑みあいました。
お友達と夢を。物語を共有する。なんて素敵なんでしょう。
私は残り少ないお昼時間を大切に使うために、コリンナさんの意識を引っ張りながら、速攻で寝落ちしました。
「ふごっ……」
それで、コリンナさんがどのような大男になり、私がどんなお猿さんになったかって?
それは秘密です。
だって、夢使いの聖女の、守秘義務ですから!




