5 驚きの現象
「キャーッ! 泥棒!!」
ど、泥棒です!
悲鳴が次々と上がって、人々は逃げたり立ち止まったりと、露店の道は大混乱になりました。
「王子様、泥棒です!」
私が思わず露店を飛び出そうとすると、王子様が後ろから羽交い締めのように抱き留めました。
「行っちゃダメだ、ルナ!」
あまりにギュッと強い力なので、私は殆ど宙に浮いて止まりました。
「え? 何これ……」
プツン、と。周りの悲鳴や騒めきが小さくなって。海風も消えました。
私は王子様に抱き留められたまま、まるで世界から隔絶されたような不思議な感覚に陥ったのです。
目前の通りでは、群衆の中でナイフを振り回す四人組の強盗と、クロードさんとノアさんが戦っています。あ、お強い。クロードさんは剣も抜かずに強烈な蹴りと体術で相手を地面にのめし、ノアさんは攻撃してくるナイフを軽技のように避けながら、剣の柄で一瞬で相手の顎を突き倒しました。
うひゃあ! 鮮やかです! 周囲の群衆も興奮して、私と王子様にぶつかり……いえ、ぶつかりませんでした!
何故なら、私と王子様は透明な壁に囲まれて、安全地帯にいたからです。まるでガラスのような、氷のような。半球のドームで遮断されて、外の世界から守られているのです。
「あ、あの、王子様? これは何でしょう!? か、壁があります!」
私は困惑して透明な壁をペタペタ触りますが、固くて壊れそうにありません。王子様も私を抱き締めたまま、驚いているご様子です。
クロードさんが泥棒たちを拘束している間に、ノアさんが走ってこちらに戻って来ました。
「アンディ!!」
満開の笑顔で、私と王子様を囲む透明の壁にしがみつきました。
「騎士王の盾だ! 目覚めたんだな、王族の血に!」
ノアさんは喜んで壁を叩いてますが、壊れません。
これが王族が持つ盾の力? まるで大きなシャボン玉みたいで、想像と違いました!
ふわっ、と透明な壁は解けて、ノアさんは勢いのまま王子様に抱きつきました。王子様はご自分の掌を見つめて呆然としています。
「何で今……いきなり?」
そして私の顔を見下ろしました。
「ルナを守ろうとして……発動した?」
え、本当に?
でも確かに、王子様が私を強く抱き締めた瞬間に、あの透明な盾は現れました。
ノアさんは私に、初めて好意の笑顔を向けてくださいました。
「でかしたぞ! ルナ・マーリン!」
♢♢♢
街のレストランにて。
私と王子様と護衛の一行は古物市を堪能した後、大量の本を馬車に積んでディナーにやって来ました。大人っぽい雰囲気の、素敵な内装。しかも個室です。王子様たちはいつも、こういう所で遊んでらっしゃるのでしょうか。不良です!
テーブルを挟んで正面に座るノアさんとクロードさんは、晴れやかなお顔でジュースの乾杯を繰り返しています。まるで王子様のお誕生日会のように。
「あ~、めでたい! アンディの盾の力がとうとう現れた!」
「これで我々の代のグレンナイト王国も安泰だ。アンディはやっぱりすごいな!」
王子様と私は二人のテンションに置いてけぼりのまま。私は王子様を見上げました。
「あの。王子様にあんな能力があるなんて、私は知りませんでした」
「俺だって知らなかったよ。なんせ初めてあんなのが出たんだから……」
「剣は? 空を裂く剣も出るんですか? 伝説の騎士は剣盾を持っていたって!」
興奮する私に、王子様は動揺して否定しました。
「いや、そんなのいきなり出ないだろ」
ノアさんはテーブルに身を乗り出します。
「盾が出たんだから、剣も出るさ! 王と王太子のように!」
え、ビックリです! あのダンディな父王様と、穏やかなエヴァン王太子殿下も剣盾の力をお持ちとは。
「じゃあ、王子様が成人になられたから、王族の能力が現れたのですね!?」
私の予想に、ノアさんが答えました。
「成人して能力者になるわけじゃないよ。剣盾の力は王族に遺伝すると言われてるけど、そもそも能力を持たない者もいるし、発動するタイミングも個人によって違うんだって」
王子様は補足するように教えてくださいました。
「兄のエヴァンは幼少の頃に、野良猫がカラスに襲われているのを守ろうとして剣盾が同時に出たらしい。エヴァンが天才児と言われていた理由だ」
「そ、そうなんですね!?」
あんなお優しく澄んだ瞳の王太子様の、意外な勇ましさに驚きました。というか、猫愛が強すぎませんか?
「それから父である王は十四の時に暴漢に襲われ、己の身を守るために発動した」
「な、なるほど~」
どうやら剣盾の力は自分や他者の危機をきっかけに目覚める力のようです。それでは本当に、私が王子様が覚醒するトリガーになったのですね。私は一人、顔面を熱らせました。え、尊すぎません?
王子様は未だに信じられない、というお顔で呟きました。
「王太子であるエヴァンが王の力を継いだから、俺にはそんな力はないと思っていた。今まで命に危険を感じても何も起きなかったから」
それは夢の中の悪魔のことでしょうか。悪魔の居場所は精神世界でしたから、剣盾の力が及ばなかったのかもしれません。
王子様は私の手を優しく握りました。
「だけど違った。俺でもルナを守れるんだ。これからも現実の世界では、俺がルナを守るよ」
ズキューン! なんて凛々しいお言葉でしょうか! 私が「はわわ」と乙女の瞳で感激していると、ノアさんが本音を溢しました。
「アンディがまさかこんなチビ……じゃなくて、子供みたいな子にゾッコンだとは信じられなくてさ」
ええと、チビとおっしゃいましたよね? 悪口が全然オブラートに包めていませんが。
ノアさんは「ごめん」と手を合わせました。
「だけど見せつけられたよ。本気だったんだな」
隣のクロードさんはノアさんにドヤ顔で語りました。
「アンディはいつも試合前に胸に手を当てているだろ? あれは隠し持っている婚約指輪に剣を捧げているんだ。アンディのルナさんへの熱意はすごいぞ」
思わぬ暴露に王子様は慌ててクロードさんを制しました。
「お前、何をこっそり観察してるんだ! しかもルナの前で言うなよ!」
真っ赤な王子様。そして茹で蛸の私。ひい、王子様ったら、なんて尊い儀式をしてるんですか!
大人びていて無口なクロードさんは、実は素直な方だとわかりました。お肉を見ても、ケーキを見ても「すごい」って目が輝いてましたもんね。もしかしたら見かけによらず、天然なのかもしれません。
今日一日の街ぶらりデートで、ノアさんとクロードさんの性格がわかって安心しました。どちらもそれぞれ、王子様を大切にされています。
そして王子様の新たな力が発現したことで、私めへの熱いお気持ちが伝わって……私はデートで期待していた以上の愛を、王子様からいただいたのでした!




