4 古物市に興奮!
そうこうするうちに、古物市が開かれている広場に到着しました!
沢山の露店、沢山の人々! 海風が吹く晴天の中で賑わっております!
「うわ~っ、本だけじゃなくて、いろんなお店が並んでいます!」
馬車を降りてすぐに、私はテンションが上がって大声で叫びました。
アンティークの家具やオリエンタルな陶器、銀細工のアクセサリーなどがずらりと。
でも私の目に入るのはやっぱり、本です!
「うわ、書店があんなに! うわうわ、東方の書物もこんなに!」
水を得た魚のように跳ねる私をノアさんがドン引きして見ていますが、勢いは止まりません。
私が露店の端から齧りついて覗く横で、王子様はぴったりと隣に寄り添ってくださいます。綺麗な装丁の表紙を手に取って王子様を見上げると、王子様は「うんうん」と優しく頷いてらして。
え、なんて素敵な光景ですか!? 完全に恋人同士のお買い物デートじゃないですか!
信じられないシチュエーションですが、それとは別に私の手は暴走して、本を漁るのが止まりません。あれも、これも、と選んで王子様に渡すと、王子様はバケツリレーでクロードさんに渡します。
クロードさんは両手に積み上がる本の山を見上げて、関心なさっています。
「こんなに読むのか……すごいな」
かなり重いはずだけどクロードさんは涼しいお顔なので、荷物持ちはお任せしました!
あっ、と。いけません。
つい夢中で漁ったけど、さすがにこれは買いすぎでは?
海外の本は特に図録や図鑑となると高額ですから、いくら聖女のお給料があるとはいえ、破産してしまいます。
私が急に慎重になって迷いだすと、隣で見守っていらした王子様が、信じられないことをおっしゃいました。
「ルナ。好きなだけ本を買っても大丈夫だぞ。夢使いの仕事道具は国費に計上するって王が言ってたからな。必要経費だ」
「えっ!? 何ですと!? こ、こここ」
国費!? 信じられません。本を好きなだけ買っていいって、それこそ夢のようではないですか!
「マジですか?」
「マジだよ」
タガが外れました。ボカンと。
私の「あれもこれも」は勢いづいて、クロードさんの両手に積んだ本は大道芸人みたいな高さになったので、王子様はノアさんにも本を渡しました。
「ちょっ、嘘でしょ? 重っ……」
ノアさんの文句を遮って、私は王子様に蝶々の図鑑を見せました。
「これ! 上巻は宮廷の書庫にあったので、下巻がほしいです!」
王子様は本を受け取ってノアさんに目配せすると、自ら店主に聞きに行ってくださいました。
「ルナ。ノアとクロードと一緒にここにいて」
「はいっ!」
私は引き続き本探しに没頭し、隣にはノアさんが立ちました。私がドサッ、ドサッと重い本をノアさんの両手に載せていったので、ノアさんは顰めっ面です。
「ルナ・マーリン伯爵令嬢。大人しいのかと思ったら、結構ずうずうしい性格なんだな」
「あ、す、すみません!」
「いいけどさ、別に……」
ノアさんは私が開いている本を覗き込みました。
「グレンナイト王国の騎士伝説」
我が王国の建国に纏わる伝説です。絵本やら教科書やらいろんな本で書かれているので、国民みんなが知っています。
昔々。戦が絶えなかったこの土地に、神の加護を受けた騎士が現れて、騎士団を率いて混乱した戦を終わりに導き、この平和なグレンナイト王国を建国したという。ありがたいお話です!
「この初代王様となった騎士は幾千もの矢を跳ね除け、空を裂いて見せたとか。まるで超人ですよね!」
私が無双している挿絵を開いて見せると、ノアさんは眉を顰めました。
「フィクションだとでも思ってる?」
「あ、いえ……でも、流石に数千の矢は無理じゃないかなって……」
こういう伝説は大抵、誇張されていると思うのですが、ノアさんは真顔です。
「ねえ。王族が王族たる所以を理解してる?」
え? いきなり厳しい質問です。ノアさんは国防を担う公爵家のご令息ですし、騎士伝説を否定されてお気に障ったのかもしれません。私が「あうあう」していると、ノアさんは呆れた様子で溜息を吐きました。
「あのさ。今は平和な時が続いて戦争なんて昔話に見えるだろうけど、グレンナイト王国が周辺国から侵略されないのは、騎士伝説のおかげなんだよ?」
確かに、空を裂くようなめっちゃ強い騎士がいたら、他国も怖くて喧嘩を売れないです。
「空を裂く剣と、矢を遮る盾。先代の王は戦場で剣盾の力を披露して敵国を撤退させたんだ」
それは教科書にも載っていました。技を見せるだけで撤退って本当に? と、正直思ってましたが……。
ノアさんは私からお顔を逸らすと、独り言のように呟きました。
「だから僕は信じてるんだ。王の直系の血筋であるアンディなら、きっとやれるって……」
まるで女の子みたいに切ないお声なので、私は思わず励ましました。
「だ、大丈夫! 王子様は充分お強いですよ! だって三強騎士様ですし!」
「その渾名やめてってば! そういうことじゃなくて……」
そうこう言い合ううちに、王子様がこちらに戻ってまいりました。
「ルナ! 図鑑の下巻があったぞ。店主に木箱の中から探してもらった」
「わ、ほんとですか!」
アンディ王子殿下が私の隣に戻られると、ノアさんは口を噤んで一歩下がりました。
私は王子様の笑顔に見惚れながらも、ノアさんのことを考えました。
ノアさんは文句をおっしゃいつつも、王子様に忠実です。国を想う愛国者である以上に、王子愛がお強くて……。
わかります。私も王子様を強く推す者として、ノアさんとは推し同士です!
私が勝手にノアさんに共感していると、露店が並ぶ通りの奥が騒つきました。
人垣でまったく向こうが見えませんが、後ろにいたクロードさんは持っていた本の山をすぐに台に下ろして、露店を出ました。ノアさんもです。
「え?」と私は本を持ったまま二人の行動を目で追った瞬間に。
古物市の平和を乱す、絶叫が上がったのです。




