3 馬車の中の緊張
古物市が開かれる日がやってきました。
私は自宅から持ってきたワンピースを着て。うん。鏡でどこから見ても庶民です!
侍女のサラさんに支度を手伝ってもらっていると、王子様がお迎えにやって来ました。私は驚いてつい、持っていたポシェットを床に落としてしまいました。
「あわわ、新しい王子様の発見です!」
不良みたいな王子様の気怠さはいつものように色っぽく、だけど服装は少しカジュアルで、マントの下には剣を携えています。騎士見習いの平民を装った、美青年です!
王子様はポシェットを拾って、私の肩に掛けてくださいました。
「ルナ。童話の中から出て来たみたいな可愛さだな」
「あ、ふへへ……」
ふわふわと。私は小花が咲くように浮かれて。
王子様と並んで宮廷を出ると、馬車が待つ玄関前にやってきました。
「おはようございます。アンディ王子殿下」
笑顔で出迎えるクリフさんがおり、さらに馬車の左右には、王子様と同じような格好に化けたクロードさんとノアさんがいらっしゃいました。
ひえ、美形の護衛をすっかり忘れていました!
「おはようアンディ!」
ノアさんの笑顔は今日も恐ろしいほど可愛いです。女子である私が霞みます。
王子様にエスコートされて一緒に馬車に乗ると、窓の外からクリフさんが念を押しました。
「アンディ王子。ルナ様を頼みましたよ?」
「お前まで過保護になって、何なんだ?」
「王様からの言いつけですので。それからクロード、ノア。王子を頼みましたよ?」
王子様の正面に座ったノアさんはムッとしました。
「お前に頼まれなくても、アンディは僕が守るよ」
おや? ノアさんは王子様の護衛をする気満々のようです。あ、クリフさんは鉄仮面をピキッとさせました。ひええ、ノアさんは恐れ知らずです!
馬車が出発して。車内を見回すと、タイプの違う美形が揃っています。
く、苦しい。美の密度が高い! 私は目を瞑って限りなく無になりましたが、ノアさんはお構いなく突っ込みました。
「ねえ。初デートが古物市って、渋すぎない?」
うっ、デートコースのイチャモンです!
隣に座っている王子様が、固まっている私の代わりに応えました。
「ルナは本が見たいんだよな?」
「は、はいっ! 遠い国からいろんな本が船で運ばれて、古物市に並ぶので!」
するとノアさんは、可愛い笑顔で毒づきました。
「成績が殆ど下位の癖に、本から何を学んでるのさ」
うぎっ!? あまりの攻撃力の高さに、私は白目を剥きました。ノアさんはまるで有毒の小動物のようです。可愛いのに怖い!
すると、ふわっと。私の頭に王子様の指が優しく触れて、ご自分の肩に私を抱き寄せました。ふわわ、良い香り!
「ルナは図鑑や図録から得た知識をもとに夢を構築することができる。あらゆる本を読むのは聖女としての能力を高めるのに必要なんだ」
私が言いたいことを整然と、全部述べてくださいました。さらに私を見下ろして、近い距離で微笑みました。
「ね? ルナ」
耳元のお声のなんと甘いこと! 私がボワ~ッとのぼせて王子様と見つめ合うのを、ノアさんは真正面から憮然としたお顔で眺めています。
「ふん」
ノアさんは私に攻撃的というか、懐疑的なようです。やはり王子様の幼馴染みとして、私のような変な女が婚約者になったのが納得いかないのでしょう。
私がショボンとしていると、王子様は続けました。
「お前たちだって、舞踏会の昏睡騒動でルナの夢使いの力を見ただろ」
え? あの場にこのお二人がいらしたとは、存じませんでした。あの時は柱の陰に隠れたり、ドレスを脱ぎ捨てたりと忙しくて、周りを見る余裕はありませんでしたから。
すると私の正面に座ってずっと窓の外を見ていたクロードさんが、私と目を合わせておっしゃいました。
「咄嗟の判断で人命を助けたのだからすごい。俺たちは見ているだけで何もできなかった」
え? 拍子抜けするほど素直にお褒めくださいました! クロードさんは大人っぽくて静かな方ですが、その赤い瞳はよく見ると純粋に輝いています。
ノアさんは不満そうに答えました。
「まあね。僕たちは物理的な攻撃しかできないし。人の精神に介入する能力は確かに珍しいと思うけどさ……」
けどさ、の後は濁しましたが、おっしゃりたいことはよくわかります。普段、王子様を取り巻く美女たちと私のタイプが違いすぎて、脳が混乱してらっしゃるのですよね?
でも私はぶすくれているノアさんのお顔があまりに可愛らしいのでつい、「ふへへ」とニヤけてしまいました。馬車の中で美形に囲まれて、美男子への耐性がついたのかもしれません!




