2 イケメンが苦手でして
「ルナ。待たせて悪かったな」
王子様は訓練の後だからでしょうか。瞳がハツラツとして、お肌が輝いています。剣術部のラフな練習着もお似合いで、爽やかに色っぽい!
私とコリンナさんが王子様に見惚れていると、王子様の後ろから二人の男子がこちらを覗き込みました。あっ、このお二人は例の……。
「さ、三強騎士様っ!!」
コリンナさんは絶叫しました。私はハンサムな殿方を直視できず身構えましたが、目前で目を逸らすのは失礼なので、眼を開いて耐えました。
王子様がお二人をご紹介してくださいます。
「ああ、こっちはクロードとノア」
右側の赤い髪を結ったクロードさんは王子様よりも背が高く、涼しげな目つきの大人っぽい先輩です。左側のノアさんは女の子のように小柄で、銀色の瞳と髪が輝かしい、同級生の美少年です。
「あのさ~、三強騎士様って呼び方やめてよ。僕たち騎士じゃないし」
美少年ノアさんの口から不平が出て、コリンナさんは硬直しました。
「す、すすす、すみません!」
王子様はコチン、とノアさんを小突きました。
「こら、女性を脅かすな」
「脅かしてないよ。ダサいネーミングがやなだけ」
ノアさんは見かけによらず、ハッキリとした方みたいです。対してクロードさんは黙っているだけなので、何をお考えなのかわかりません。ひえ~、どちらのタイプも緊張するので、正直苦手……でございます。
私が貝のように沈黙していると、王子様は予想外のことをおっしゃいました。
「ルナ。明日、街に出かけようと約束してただろ」
はい。私は街で古物市が開かれると知って、王子様に興味があるとお伝えしたところ、一緒に行こうとデートに誘ってくださったのです! 街ぶらりデートでございます!
デートを楽しみにしていた私は、王子様に向けて高速で頷きました。
「明日はこの二人が護衛に付くから、先に紹介しておこうと思って」
王子様のお言葉に、私は右、左、と見直しました。
え? クロードさんとノアさんが?
左右の確認が止まらない私に、ノアさんは確かめるようにおっしゃいました。
「ルナ・マーリン伯爵令嬢。夢使いという特殊な力を持った聖女なんでしょ?」
「え、あ、は、はいっ」
私の返答に、クロードさんが初めて口を開きました。
「すごいな」
感情がよくわからないクロードさんの横で、ノアさんは私の全身を上から下までジロジロと見ています。
うわうわ、何か審査をされているようです!
隣で立ち尽くしていたコリンナさんが、慌てて私の髪や制服についていた葉っぱを払ってくださいました。うう、持つべきものは友達です!
その後、宮廷に帰る馬車の中で。私は王子様から事情を伺いました。
「古物市が開かれる場所は港に近く、商人や客を狙った軽犯罪が多い。お忍びで俺一人が遊びに行くならまだしも、婚約者のルナを連れていくなら護衛を付けるのが条件だって言われたんだ」
なるほど。確かに市場ではスリや置き引きがあると聞きます。
「護衛を付ける条件て、誰がおっしゃったのですか?」
「王だ。クリフの奴がデートの予定をチクりやがった」
「へ!? 王様が直々に!?」
驚いて椅子から転げた私を、王子様は引き戻しました。
「俺が街をぶらついても放っておいた癖に、ルナには過保護みたいだ」
国王に身を案じていただけるなんて、恐縮してしまいます。もしかして私の見た目がちんまいので、王様には小さな子供に見えているのかもしれません。
それにしても、やはり不良の王子様。宮廷を抜け出して街でお遊びしているとは。
「王子様はいつもお一人でお出かけされるのですか?」
「クリフを撒けた時だけな。まあ、大抵クロードとノアが一緒だけど」
私はあのお二人の美形なお顔を思い出しました。王子様含め、お忍びにならないほど目立ちそうな三人ですが……。
「じゃあ、普段から王子様の護衛もあの方々が担っているのですね」
「あいつらはただの幼馴染みだよ。王宮の騎士や軍人をデートの護衛に付けると大袈裟になるから、同行を頼んだんだ」
確かに、舞踏会でお会いしたあのギディオン騎士団長のような逞しい方が背後にいたら、街中で余計に目立ってしまいそうです。
そんなわけで、あのお二人が護衛に付く理由には納得しましたが、私はただでさえ人見知りなので、美形の殿方に囲まれるなんて臆してしまいます。
「あーあ。人見知りなのに知らない人と出かけるの、嫌だなあ~」
自分の心の声が王子様のお口から発せられて、私は驚きました。
「あ、えっ!?」
パニックになって自分の口を塞ぐ私を、王子様は笑っています。
「だってそんな顔してる。ルナはわかりやすいな」
私は恥ずかしくて、そのまま顔全体を手で覆って隠しました。
「ルナは自分のことを人見知りって思ってるけど、案外そうでもないよ」
「い、いえ、王子様は私の真正なる引っ込み思案ぶりをご存知ないのです!」
「知ってるよ。でも誰とでも仲良くなってるじゃないか。側近のクリフに司書のコナー、侍女のサラと料理長のバート。それに俺の家族とも」
次々と皆さんのお顔が浮かびます。確かに、以前の私ではありえないほど、交流の輪が広がっていますが……。
「で、でも、それは王子様あっての賜物というか……」
美形の男性は特別に緊張してしまうのだ。とは、なんだか恥ずかしくて、王子様には言えないのでした。




