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【書籍化コミカライズ】夢見る聖女は王子様の添い寝係に選ばれました  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中
第二章

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【閑話】夢使いの侍女(後編)

 ざわざわと声が聞こえて、厨房の奥からコック帽を(かぶ)った男の子たちが出て来ました。目を輝かせて、好奇心に満ちたお顔が可愛らしいです。


「こらっ! お前たち、仕事場に戻れ!」


 厳しいお声が響いて、コックさんたちは慌てて持ち場に戻りました。

 怒鳴ったのは料理長(ぜん)とした、長い帽子の男性です。逞しいので一見騎士のように見えますが、シェフなのですね。料理長は(いか)ついお顔を一転柔らかくして、こちらにやって来ました。


「これは聖女様! こんなむさ苦しい所に如何(いかが)なさいました? もしかして、食事に問題でも!?」

「い、いえいえいえ! 問題どころか、あの、あまりに美味しいのでお礼をお伝えしたくて……」


 シェフはキョトン、とした後に豪快に笑いました。


「なんと光栄な! お客様にお呼びされることはあっても、直接厨房に来てくださる方なんて初めてです!」

「えっと、その、どんな厨房で作ってるのかなって」


 しどろもどろの私に、調理長は満面の笑みで手を差し出しました。


「私は料理長のバートです。どうぞ、ご自由に見学なさってください!」


 私は侍女のサラさんの後ろに隠れるように厨房に入ると、湯気と調理の音で(にぎ)やかな内部を見学しました。最初は遠慮がちに見ていたものの、ダイナミックな調理の光景に私はだんだんと興奮してきました。


「ふおお、大きなケーキです! うひゃあ、クリームスープの海! あっ、オーブンからバカでかい鶏の丸焼きが!」


 見学しながらスケッチブックに木炭で素早く絵を描いていくと、コックの男の子たちはチラチラと内容を覗き見しています。私は木炭で指を真っ黒にしながら、夢中で格好いいデザインのケーキや、魔女の鍋みたいな寸胴(ずんどう)や、堂々たる図体の鶏を次々と描きました。

 料理長のバートさんもコックさんたちも、まるで珍しい物を見るみたいに私を眺めています。

 途中、温かいおしぼりでサラさんが私の顔を(ぬぐ)いました。多分、木炭で鼻やほっぺが真っ黒だったのでしょう。



「あの、お、おじゃましました……」


 満足いくまで見学とスケッチをして、私は料理長のバートさんに礼をしました。バートさんは楽しげなお顔です。


「アンディ王子殿下を救ってくださった聖女様はいったいどんな方なのかと思いきや。なんともユーモラスで可愛らしい……と言ったら失礼か」


 独り言を呟いて頭を()くと、優しいお声で続けました。


「アンディ王子殿下は幼い頃、よくこの厨房に逃げ込んでいたんですよ。座学や剣術の授業が忙しすぎて、サボりに来たって」


 私は王子様の意外な思い出話が聞けて嬉しくなりました。授業をおサボりするとは、昔から不良の素質があったのかもしれませんね。ニヤける私にバート料理長は帽子を取って、神妙なお顔になりました。


「ルナ様。アンディ王子殿下を助けてくださってありがとうございました。あなたは王子様をお(した)いする私たち全員の恩人です。お好きな食べ物があったらどうぞお申しつけください。あなたのために、いつでも腕をふるいますよ」


 そう言って、バートさんは私にメレンゲのお菓子をお土産にくださいました。私は胸がじんとして、元気に手を振って厨房を出て行きました。

 いつでも腕をふるう……私はまるで強い味方を手に入れたようで高揚しました。高貴な方々との交流に(おび)えながら突破した廊下の先には、一流シェフという最強の味方がいたのです!



 夜になって。

 公務から王子様が戻られたので、私はスケッチブックを持って王子様の寝室へ向かいました。


「ふふふ、むふふ」


 ベッドの上で開いたスケッチブックを眺めていると、後ろから王子様が覗いてきました。


「そんなに沢山、何を描いたんだ?」

「えへへ。これがケーキで、スープで、丸焼きです! それとバートさん」

「ルナは絵が上手いな」

「夢のために形をスケッチするうちに上達しました。描かないと忘れてしまいますから」


 次のページを捲ると、侍女のサラさんがアップで描かれています。あの宮廷散歩から部屋に戻った後に、二人でお茶をしながら、私はサラさんをスケッチしたのでした。


「あ。サラが笑ってる」


 王子様はサラさんの絵をまじまじと見ました。


「はい。レアですよね!」

「ああ。サラは滅多に笑わないからな」

「貴重な笑顔って、見るとポイントが貯まるみたいなラッキー感がありますよね」


 王子様は「わはは!」と笑いました。


「サラはもともと俺の侍女の一人だったんだ。二年前にグレンナイト王立学園を首席で卒業した優秀な令嬢で、行儀見習いで宮廷に来たはずが、あっという間に上級の侍女として出世してしまった」

「ふへえ、やっぱり! そんな優秀な方を手放して、私なんかの担当にしてしまって良かったのですか?」


 王子様は改めて、サラさんの似顔絵を眺めました。


「ああ。語学や記憶力に優れて冷静な性格だから、ルナを一番サポートしてくれると思って。それにこのサラの笑顔……ルナと一緒にいた方が楽しそうだ」


 王子様はそんなことをおっしゃっていますが、私はサラさんとのお茶の席で、サラさんがどれだけ王子様を尊敬しているかと伺いました。不良なふりをして聡明で誠実で、信頼できるお方だと。サラさんは業務上冷静なふりをしていたけど、ずっと王子様の悪夢についてご心配なさっていたそうです。王子様と侍女。主従が互いに(うやま)いあう関係が素敵で、私はニヤニヤが止まりませんでした。


「で、俺は?」

「え?」

「俺の絵がない」


 スケッチブックを最後まで(めく)って、王子様は不服そうです。

 ()ねたお顔がなんて可愛いのでしょうか! 私が王子様を描いていないとお思いなのですね。

 私の自室にある王子様専用のスケッチブック全五冊には、不良の王子様、学園の王子様、パジャマの王子様、少年の、ちびっこの、寝顔も笑顔も全部、すべてのお姿を描いているのですよ。

 でもさすがに変態っぽい趣味なので、王子様には内緒にすることにしました。


 さて……今夜の夢にはご馳走が沢山並びそうです。




閑話『夢使いの侍女』 おわり

お読みくださりありがとうございました!

物語はまだまだ続きますので、「ブックマークに追加」をぜひ押してくださいね。

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