【閑話】夢使いの侍女(前編)
書籍発売を記念して、連載を再開しました!
ルナの侍女となったサラさんの実力とは……。
「ふおお、美味しい!」
私はいつものお夕食の時間に、お部屋で宮廷のお料理を堪能しながら声を上げてしまいました。もちろん、お食事中に大声なんてお行儀が悪いのはわかっていますよ? だけど、マナーを突き破るほどの美味しさが宮廷にはあるのです!
「は~、この素晴らしいお料理はいったい、どこでどなたが作ってらっしゃるんでしょうねえ」
私の独り言に、お食事のお世話をしてくださっている侍女のサラさんは教えてくださいました。サラさんは私のお世話をしてくださるご令嬢です!
「コックたちが宮廷の厨房で作っています。料理長をこちらにお呼びしましょうか?」
「あ、いえいえいえ! 私なんかが呼びつけるだなんて申し訳ないです! 自分から出向いてお礼を述べたいくらいで……」
サラさんは私の胸に着いている紋章のバッチを指しました。
「ルナ様が着けていらっしゃるその通行章は、宮廷の殆どの場所に立ち入りが可能です。もちろん、厨房も出入りできますよ」
「へ!? そうなんですか!?」
私はてっきり、王子様がくださったこのバッチは書庫専用の通行章だと思っていました。宮廷の殆どの場所に入れるだなんて、聞き捨てなりません……。
私はさらなる権力を得て、悪代官のような笑みが出てしまいました。こんな顔の聖女でも、サラさんはサラッと流して、平然と業務をこなしてくださいます。宮廷の侍女は変な女にも慌てず、臆さず。クールなのです!
王子様はまだ公務からお戻りにならないので、私はこの紋章のバッチを利用して、一人で宮廷を徘徊してみようと考えました。まずは厨房に目標を定めて。
メモ代わりのスケッチブックを抱えて、いざ。宮廷散歩に出発です!
と、意気込んだのも束の間。
私は自室を出てすぐの豪華な廊下で、貴族の集団と鉢合わせしてしまいました。
盛りに盛った髪型の煌びやかなご婦人方と、錚々たる爵位の方々です!
「まあ、救国の聖女様!!」
ご婦人方が歓声を上げたので私は自分の後ろを振り返りましたが、ご婦人は私の前に駆け寄って参りました。え? わ、私ですか?
「聖女様が特別なお力を以ってアンディ王子殿下と王国を救ったと、王妃様から伺いましたわ。なんて素晴らしい奇跡でしょう!」
ご婦人も周囲の方々も熱を上げて頷いています。高貴な方々に囲まれて「あうあう」状態の私に、ご婦人は改めて美しいカーテシーをなさいました。
「突然のお声掛け失礼しました。私はクレメンティーン・マリアンヌ・アリングハム。アルバーンフォレスト侯爵夫人です」
え? なんと? 呪文のように長い自己紹介に私が戸惑っているうちに、お隣のご婦人も続けてご紹介いただきました。
「こちらは隣国のベヒトルスハイム公爵夫人のベネディクタ・ベルン・バウムガルテン様。そしてこちらは……」
おうっ? 一個もお名前を覚えられないうちに呪文が続いて、私は白目になりました。その場が凍って静寂となったその時、私の真後ろから声がしました。
「こちらは夢使いの聖女様であらせられる、ルナ・マーリン伯爵令嬢です」
あっ!? 侍女のサラさんです! 私が一人で散歩に出かけたと思っていたら、後ろに侍女のサラさんが付いてくださっていました。しかも固まったまま自己紹介もできない私を、助けてくださいました!
我に返った私が慌ててカーテシーをすると、ご婦人方はまた歓声を上げました。
存分に労っていただいて集団が去った後に、私はドッと冷や汗が出ました。
「サ、サラさん、助かりました! 皆様のお名前が長すぎてどうにも覚えられなくて……」
「アルバーンフォレスト侯爵夫人のクレメンティーン・マリアンヌ・アリングハム様とベヒトルスハイム公爵夫人のベネディクタ・ベルン・バウムガルテン様、それから……」
「えっ! 全部覚えてる! スゴイ!」
オウムのように片言で叫ぶ私に、サラさんは謙遜するように目を伏せました。ダークブラウンのキッチリと編み込まれた髪と、スン、としたお綺麗なお顔が自信に満ちています。
「宮廷にいらっしゃるお客様方のお顔とお名前を覚えるのは仕事の一環ですので。アンディ王子殿下から、ルナ様の苦手な部分を補助するよう申しつかっております」
なんと、王子様は私がこのように宮廷で「あうあう」するのを見越して、記憶が得意なサラさんを侍女にしてくださったようです。なんたる先見の明でしょうか。
それにしても、宮廷散歩をしようと廊下に出た途端にこのような難しいお名前と出会ってしまうとは。迂闊に散歩するのが怖くなりました。厨房に行くまでにいったい何体の敵……いや、高貴な方々と遭遇するのでしょうか。人見知りが発動した私は、途端に引け腰になりました。
「あの、これ以上の呪文は危険なので、お部屋に戻りましょうか……」
するとサラさんはほんの少し、微笑みました。
あら? この宮廷に来てから、サラさんの笑顔を見るのは初めてです。
「ご心配なく。私がすべて覚えますので。お困りの時はいつでもお声掛けください」
ひえぇ、頼もしい! 私はサラさんの脚にすがりたいのを我慢して、腰を奮い立たせました。
それからはあっちへふらふら、こっちへふらふらと。なるべく廊下の端に寄りながら厨房へ向かいました。いやはや流石の宮廷。無数の扉と長い廊下はまるで迷路のようです。高い天井には絢爛なシャンデリアがいくつも連なって、まさに夢の中の景色のようです。
アンディ王子殿下はすごい場所で生まれ育ったものですね。このような豪華なお城を夢で演出しても、見慣れた王子様はちっとも驚かないのかもしれません。
「こちらが厨房になります」
と、サラさんが立ち止まって案内してくれましたが、そこは私の想像以上に広く豪華な設備で、沢山のコックさんたちが忙しそうに働いていました。
「聖女様だ、聖女様がいらしたぞ!」
宮廷の厨房へようこそ!
続きは後編で……!




