19 我が王国は平和です
グレンナイト王立学園の登校日。
平和な王国の空は、どこまでも晴れ渡っています。
私はいつものように。本を抱えてふわふわと、廊下を歩きます。
しかし、周囲はいつもと違った日々が続いているのです。
ざわざわ、ひそひそ。
以前は嘲笑のような噂ばかりでしたが、私を見て噂をする令嬢たちは、前と違って目がマジになっているのです。
ええ。原因は例の”ドレス脱ぎ散らかして添い寝聖女事件”、ですよね。
舞踏会のあの一件から、私はいろんな意味で学園の注目の的となってしまいました。王子様の取り巻き軍団は相変わらず王子様を囲っていますが、私が通ると珍獣を見るような眼差しで避けるのです。
そんな中、後ろから幽霊のようなお声が掛かりました。
「ルナさん……ルナ・マーリンさん」
「あっ! コリンナさん!?」
コリンナさんはキチンとした制服姿で、笑顔で立っておられました。あの包帯グルグルだったお顔は、綺麗に治っています。
「コリンナさん、もう学園に来て大丈夫なんですね」
「はい! リフル様のおかげで、すっかり回復しました。その節はありがとうございました……」
丁寧にお辞儀をしたコリンナさんは頭を上げて、私に近づくと小さな輪になって小声でお話されました。
「それから王子様とのご婚約……おめでとうございます」
「えっ!? こ、婚約? まだ、してないですよ!?」
「父に聞いてもハッキリと教えてくださいませんが……とっくに学園の噂ですし」
「い、いやいや、噂って、私の奇行が話題になってるだけのような」
コリンナさんは首を振りました。
「あんな勇敢なお姿を見たら、誰もが納得の結果ですよ……私は夢使いなる力を目の当たりにして、感動しました」
コリンナさんにお褒め頂き、私は照れて周囲を見回しました。
そこには噂をする令嬢たちの困惑のお顔、睨むお顔、凝視するお顔……。
「な、納得はされてないと思いますが」
「皆さん、情報が多すぎて現実を飲み込めないのですよ……何しろルナさんにあんな力があるだなんて、誰も知らなかったのですから」
コリンナさんは珍しく明るい笑顔で、舞い上がっているようでした。
「そういえば、例のリーリア令嬢も退院されたようで……あっ」
コリンナさんは途端に怯えたような顔をして、後退しました。
私が後ろを振り返ると、美少女のオーラを放ちながら、リーリア令嬢がこちらに歩いて来たのです。いやはや。結局、薬なんて飲まなくても、元から充分に美少女なんですよね。
リーリア令嬢も私の存在に気付いて、ムッとされました。
「廊下の真ん中で邪魔ですわ」
「あ、す、すいません!」
「ふん」
いちゃもんだけ付けて去っていくリーリア令嬢に、コリンナさんは目を剥きました。
「助けてもらったのに、あの態度……」
「い、いえ、実はリーリアさんからは直接お礼を頂いたのですよ」
それは本当でした。お花とお菓子と、いい匂いのするお礼のお手紙が、私の元に届いたのでした。流石の令嬢らしき心配りです。
そこには美しい筆跡で、助けてもらったお礼と、無礼を働いた謝罪と、それから意識の中で見た物はどうか誰にも言わないで欲しい、という懇願が書いてあったのです。
だから私はお返事を書きました。
「夢使いの聖女の、守秘義務ですから」と。
そうしたらまた手紙が来て、今後は薬をやめて野菜を食べようと思う、とあったので、またお返事をして……。
コリンナさんは目を丸くしました。
「えっ!? じゃあ……ルナさんはリーリア令嬢と文通してらっしゃるの?」
「文通……確かに。リーリアさんて、見た目と違ってお強くて、面白い方なんですよ」
コリンナさんは「ほえ~」と息を吐いて感心しました。
「ルナさんは変わってらっしゃる……さすが王子様の婚約者に選ばれるだけあって、お心が広いのですね」
「い、いやいや! ちんまいですよ、私なんて、アタッ!」
謙遜する私の頭の上に、突然ゴツゴツとした物が置かれました。
「王子様!?」
振り返ると、アンディ王子殿下がクッキーが沢山入った袋を、私の頭に乗せていました。
「シェフが新作のクッキーを作ったから、味見してくれってさ」
「お、おおっ!」
王子様は硬直しているコリンナさんに笑顔を向けました。
「ご学友とご一緒にどうぞ」
去っていくスマートな後ろ姿に、コリンナさんも私も「はわわ」と見惚れました。何度見ても、王子様の格好良さには慣れないのです。
♢♢♢
それから数日後。
私は王子様と一緒に馬車に乗って、我が家であるマーリン伯爵邸に向かいました。
正面に座るクリフさんは、大量の書類のチェックをしています。その隣にはバカでかい箱があって、中にはリフルお姉さまにプレゼントする巨大なケーキが入っています。
「はああ。私、緊張してきました」
「ルナの家なのに?」
「だ、だって、父も母も驚きすぎて卒倒するんじゃないかって。そ、その、こ、婚約とか……」
ゴニョゴニョする私に、スーツをお召しの素敵な王子様は、ネクタイをキリッと締め直しました。
「緊張するのは俺だよ。リフルお姉さまにぶん殴られるかもしれないからな」
「あははっ、じゃあ先制でケーキを渡しましょう!」
お喋りしているうちに、私も楽しい気分になってきました。
やがて馬車の窓から、我が家が見えてきます。
赤い屋根の。緑のお庭の。
明るい芝生には、父と母とリフルお姉さまがいらして、こちらに向かって手を振っていたので、私は嬉しくなって馬車から身を乗り出して、大きく手を振りました。
「危ない、落ちちゃうぞ」
私の腰を慌てて抱き留める王子様を振り返って、私は満面の笑みでお伝えしました。
「ふへへ。幸せって、こういうことなんですね!」
王子様の笑顔と。
大好きな家族と。
懐かしい我が家と。
今まで別々だった大切なものが、全部繋がったような今日。
私は溢れるほどに、大きな幸せを感じたのでした。
第二章 おわり
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