15 暴れる野菜ども
「引っ張られるみたいに意識が落ちたぞ!」
「私が引っ張りました! 時間がないので!」
私と王子様は、手を繋いだまま長い距離を落下しています。
ここはリーリア伯爵令嬢の夢の中。いえ、もはや夢でもありません。昏睡する意識の中でございます。
深い深い、霧の中をずっと落下する私は魔法使いの格好を。王子様は勇者のような勇ましい格好をしています。以前に見た、ダンジョンの夢の続きのような設定です。
「ダンジョンごっこしてる場合じゃないだろ!?」
「いえ、落下地点には危険な物がいるので!」
「??」
説明する間もなく、私たちはふわり、と地面に降り立ちました。ここは意識の最下層でございます。だだ広く暗い空間の全体を包み込むように、シナプスの回線が複雑に空中に張り巡っています。
「王子様。あのシナプスは決して壊さないでください。あれはリーリア令嬢の記憶や思考回路なので」
「え、ええ!?」
「そして私たちが倒さなければならないのは、あれです」
私が杖で指す先から、ワラワラと何かの集団が走ってきました。それは朽ちた緑や紫の、燻んだ色の……。
「や、野菜!?」
そう。人参やセロリや玉ねぎが、腐った状態で手足を生やして、走って来るのです。どうやらリーリア令嬢は偏食家で、野菜嫌いのようです。
「これは意識の底にあるトラウマです! リーリア令嬢はトラウマから隠れて、もっと奥で眠っているはずですから!」
私は杖を翳して、ダッシュしてきた玉ねぎを討ち倒しました。王子様も私と背中を合わせて、反対側から襲って来た人参を斬り伏せました。次から次へとやって来る腐った野菜を、私たちは息つく間もなく倒していきます。
「まるで料理だな! 野菜が敵になるとは」
「誰しもこのようなトラウマを抱えています! それは虫だったりオバケだったり、人それぞれなのですよ」
腐った野菜の亡骸が山になる頃、意識の底は静かになりました。私も王子様もハァハァと息を吐きました。
「上空に大切なシナプスがあるから、こうして地道に倒すしかなくて。王子様、大丈夫ですか?」
「ふふん。剣術の訓練に比べればどうってことないさ」
強がる王子様も麗しくて。私は興奮しそうな胸を押さえて、空間の奥を指しました。
「あのずっと奥に、リーリア令嬢の意識の核があるはずです。まだトラウマが襲ってくるかもしれないから、油断しないで」
私と王子様は周囲に警戒しながら、暗く細く続く道を歩きました。
その道中には、垂れ下がるシナプスに紛れて、異様な物が大量に壁や空中にありました。巨大な真珠のネックレス、壊れたお人形、粉々の鏡に、無数のリップスティック。床は錠剤の砂利道のようです。
「何なんだこれは……」
「きっと忘れたい物や忘れられない物、執着している物が意識の下層に残っているのだと思います。お祖母様の時もそうでした」
「お祖母様?」
「はい。私は幼い頃に、昏睡したお祖母様の意識にダイブしたことがあるのです。死の間際の祖母を連れ戻そうとして」
王子様は驚いて息を飲みました。
「つ、連れ戻せたのか?」
私は泣きそうな顔を見せないように首を振りました。
「駄目でした。昏睡した意識の中の祖母は……すでに亡くなっていて。思い出も思考も、もっとバラバラになっていて……体だけが生きていたんでしょうね。私は廃墟のような祖母の意識の中から、ショックでしばらく出られなくなって……お姉さまにご心配をかけたのです」
話終える頃には、私は涙と鼻水が滝のように溢れていましたが、同時に体全体が、優しく王子様に包まれていました。なんと温かい包容でしょうか。
「ルナは強いな。それに優しい」
「お、王子様こそ。ついて来てくださったじゃないですか」
王子様はすぐに体を離すと、そのまま奥に向かって歩き続けました。
「廃墟か……ならばリーリア令嬢の意識はまだ形を成しているな」
「はい。意識が生きている証拠です。シナプスが光っていますから」
私たちは歩みを止めます。長い通路は行き止まりとなって、目前には巨大な扉が現れたからです。
王子様は私を見下ろして、男らしく微笑みました。
「よし。ならば必ず現実の世界にリーリア令嬢を連れ戻そう」
「はい!」
二人で重い扉を押し開けると、眩しいほどの明かりが私たちを照らしました。やはり、トラウマから自分を守る部屋の中には、リーリア令嬢が安心して眠れる場所があったのです。
「うっ……うわーー!?」
悲鳴を上げたのは王子様でした。
そこには、王子様の想像を絶する光景があったからです。




