13 約束破りの令嬢
こんなに包帯グルグルになるようなコリンナさんの失態とは、いったい何でしょうか。
「な、何をやってしまったんです!?」
「私は私のコンプレックスを解消して舞踏会に挑もうと……欲をかいたのです」
包帯令嬢、いえ、コリンナさんは扇で包帯のお顔を隠しました。
「欲……とは?」
「薬です……あの町の薬屋に行ったのですよ……」
なんと、コリンナさんは例の美容薬を求めて薬屋に行ったのです。予想外の行動に驚く私から、コリンナさんは目を逸らしました。
「呆れましたでしょ……? 婚約者になど立候補できない、と言っておきながら。私は少しでも、王子様に綺麗に見てほしかったのです……」
痛いほどコリンナさんの気持ちがわかって、私は泣きそうな顔で何度も頷きました。私だって、リフルお姉さまに釘を刺されていなかったら、飛びつく勢いで薬を買い求めたに違いありません。
だけど……私は疑問を感じました。
いくら薬には副作用があるからって、包帯グルグルになるほど酷い目に合うだなんて。
「こんな包帯姿になって、驚きますよね……薬は飲み合わせが悪いと危ないので、一週間に一種類ずつと、処方箋には書かれていたのです。なのに私は欲張って、目が輝く薬と、肌が綺麗になる薬を同時に飲んだのです。舞踏会に間に合わせたいと思って……そうしたら今朝、顔が腫れ上がってしまったのですよ」
私は飲み合わせの恐ろしさに衝撃を受けました。薬には副作用だけでなく、そんな落とし穴があるなんて! 私はオロオロとしながら、コリンナさんの手を握りました。
「た、大変でしたね。リフルお姉さまに診て頂きましょう! 少しでも早く治るように」
「うっ、うっ……ありがとうございます。ルナさん」
柱の陰で友情が輝いたその時、会場の中央から大きな悲鳴が響いたのです。
「キャーーッ!!」
私もコリンナさんも驚いて、悲鳴の方向へ振り返りました。
ドレスの波が輪のようになって、何かを取り囲んで騒いでいます。令嬢たちの壁が厚くて、ここからでは何が起こったのかまったく見えませんが、口々に叫び声が上がりました。
「急に倒れたわ!」
「大丈夫ですの!?」
「誰か、お医者様を!」
急病人が出たのだと察して私が焦っていると、コリンナさんは心配そうに溜息を吐きました。
「私のように、欲張って薬を飲んだ方が他にもいたのかも……」
私はコリンナさんの言葉に突き動かされるように、その場から駆け出しました。もしそうなら、コリンナさんのようにお顔が腫れてしまうかもしれない。いえ、もっと沢山の飲み合わせをしていたら、さらに酷い症状が出るのかもしれない。
令嬢のドレスの壁の隙間に捻るように入り込んで、私は騒動の中心に辿り着きました。そこにはショッキングな場面があって、私は硬直しました。
アンディ王子殿下が跪いて、倒れているリーリア伯爵令嬢を抱き留めていたのです!!
「あっ! あうあう!」
どうしました!? と言うつもりが、あまりにドラマチックな情景を目の当たりにし、私は言葉を失いました。
意識がないように見えるリーリア令嬢はまるで眠り姫みたいで、それを心配そうに抱く王子様のお顔も色っぽく……不謹慎ながら、お似合いすぎてショックを受けてしまったのです。
そんな木偶の坊と化した私の真横を、素早く通り抜ける影がありました。
「急病者はどこです!?」
毅然とドレスの裾を捌いて跪いたのは、リフルお姉さまでした。お姉さまは即座にリーリア令嬢の手首を取って脈を測り、目蓋を開けて眼球の動きを調べました。そしてすぐに振り返り、野次馬に向かって叫びました。
「この方のお付きの者は!?」
すると茫然と見学していた集団の中からひとり、侍女と見られる女性が手を挙げて現れました。
「は、はい! リーリアお嬢様のお付きで参りました」
「持病や投薬の履歴は!?」
侍女の方は青ざめて、戸惑いながらお姉さまに伝えました。
「じ、持病はありません。薬は美容目的で何種類か飲んでいて……その、5種類ほど」
侍女の発言に、私は衝撃を受けました。先ほどコリンナさんが仰った通り、美容薬を重複して飲んでいる令嬢が、他にもいたのです。しかも、5種同時に! なんと無茶な行為でしょうか。
同じことをリフルお姉さまも考えたようで、お顔を歪ませました。
「何の薬をどれだけ服用したか、全部教えてください!」
侍女は慌ててリフルお姉さまのもとに跪いて、指折り数えながら薬の名前を挙げていきました。
固まったままの私の周辺からは、令嬢たちの不安げな騒めきが聞こえます。
「え、あのお店の薬で?」
「怖ーい!」
「私も2種類飲んでるんだけど……」
何てことでしょう。
美しくなりたいという令嬢たちの欲求は、処方箋を無視して危険な橋を渡るほどに過熱していたのです。飲み合わせの相性が悪ければ、コリンナさんのようにお顔が腫れたり、リーリア令嬢のように意識を失ったりするのに。
そんな怯える令嬢たちを他所に、リフルお姉さまはひとり戦場にいるように活躍しています。
「副作用に幻覚作用のある薬と、意識を朦朧とさせる薬を飲み合わせているわ。アンディ王子! その子を床に寝かせて!」
王子様はお姉さまの指示に従ってリーリア令嬢を床に寝かせると、走ってきた側近のクリフさんからクッションを受け取り、頭の下に敷きました。お姉さまは渾身の力で治癒の光を照らし、全員が息を飲んで、その過程を見守ったのです。
だけど、お姉さまが続けて発した緊迫するお声に、舞踏会の空気は凍りつきました。
「駄目……! このままでは、この子は脳死する!」




