11 武闘会な舞踏会
嬉し恐ろし武闘会……いえ、舞踏会の日がやってきました。
夕方の晴れた空に花火が打ち上がり、宮廷の広場には続々と、各方面から貴族の馬車が集まりました。
そこから降りるのは、蝶か花か。色とりどりのドレスで着飾った令嬢たちが列を成し、それはそれは華やかな催しとなりました。
舞踏会の会場にはドレスに負けないほどカラフルなお菓子やお食事が溢れていて、招待された皆様は優雅に歓談しております。
私、ルナ・マーリンも精一杯のドレスアップをして、会場の端っこに佇んでおります。
あれから結局、アンディ王子殿下は私が黒や灰色のドレスを着ることを許さず、思い切りキャンディカラーな黄色いドレスをベルタ嬢に発注したのでした。
「可愛いっ! 可愛いわ、ルナ!!」
お姉さまはもう大喜びで、チューリップのように明るい私の周りをグルグルと回っております。
「お、お姉さまが喜んでくださるなら良かったですけど……私には派手すぎませんかね……」
「いいえ! とても似合っているわ! ルナの水色の瞳とドレスの相性がピッタリだもの。この紫がかった紺色のリボンが大人っぽくて、淡い黄色が締まって見えるのね。さすが一流のデザイナーだわ」
お姉さまは感心しながら、お皿に盛ったケーキを頬張りました。
会場の真ん中では戦闘態勢の整った令嬢たちが集まり、次々現れる男性陣に目を光らせているのですが、お姉さまはスイーツにしか興味がないようです。リフルお姉さまこそ、サファイア色のドレスがよくお似合いで素敵なのですが……。
わっ、と声が上がって、すわアンディ王子殿下の登場かと思いきや、現れたのはエヴァン王太子殿下でした。
黒髪に青い瞳のエヴァン王太子殿下はアンディ王子殿下よりも落ち着いた雰囲気ですが、やはりお顔は似てらっしゃって、とてもハンサムでございます。令嬢たちは嬌声を上げて王子様を取り巻きました。
とはいえ、エヴァン王太子殿下には既に隣国のお姫様が婚約者としていらっしゃるので、今回の令嬢たちの狙いはやはり、アンディ王子殿下なのです。
「ふうー……」
いつ標的のアンディ王子殿下がいらっしゃるのか気が気でないですが、私には本日一番の目的があるので、そちらに集中しなければなりません。
「まあ。ルナったら、テーブルをそんなに見つめてどうしたの?」
リフルお姉さまは私の行動を訝しげに眺めています。
私は食事に怪しい薬……つまり惚れ薬を仕込む者がいないか、見張っているわけですが。しかし想像以上のテーブルのサイズ、そして料理の数の多さに、私は目眩がしました。こんなに広大なスペースを、ひとりで見張れるでしょうか。
目線を中央に戻すと、まるで猛禽類のように目を光らせた令嬢たちが、扇子で牙を隠してギラギラとしています。
私はその激しさに喉が詰まりました。豪華な羽やリボンや宝石がこれでもかと主張していて、惚れ薬どころか、王子様が食べられてしまうのでは、と恐怖が湧きます。
いつものアンディ王子殿下の取り巻きたちも、今日こそはと毒々しいまでに着飾って、互いを牽制しあっているようです。
しかしさらに光り輝くのは、あのリーリア伯爵令嬢です。ピンクの髪をド派手に結って、大胆かつキュートなピンクのドレスを、大輪の花のように咲かせているのです。
「ま、眩しいっ」
私は思わず、柱の陰に隠れました。キャンディカラーを見事に着こなすリーリア令嬢に、自分のドレス姿を晒す勇気が湧きません。急に自分だけがこの場から浮いている実感が湧いて、恐怖で柱から出られなくなりました。
そうこうするうちに王様が、王妃様が登場し、そしてひときわ甲高い嬌声に囲まれて、アンディ王子殿下が現れました。
「あ、あ、ああ~っ」
私は柱の陰から叫びました。アンディ王子殿下の、あまりに凛々しく美しい姿に衝撃を受けてしまったのです。金色のサラサラとした髪がシャンデリアの灯りで煌めいて、バイオレットの瞳が凛として。不敵な笑みをほんのり浮かべた口元は、なんとも色っぽい! 濃紺に金の刺繍が施された正装には第二王子として王家の紋章が飾られて、近寄り難い高貴なオーラを放っています。
あの方が、私が添い寝をさせて頂いている王子様?
信じられません。あまりに尊いので、畏敬の念で私は消滅しそうです。現に柱の陰と己が合体して、一歩も動けないではないですか。
それなのに、リフルお姉さまは信じられない行動に出たのです。
「ルナ! アンディ王子が来たわ。見に行きましょう!」
無邪気なお顔で私の腕を掴むと、一気に柱の陰から引きずり出したのです!
「ちょっ、お姉さま!? む、無理無理無理!」
お姉さまは力がお強い! 私はあっという間に引きずられて、会場で一番熱いスポットに近づいたのです。熱っ!王子様への求愛の熱気が熱い!
肝心のアンディ王子殿下はギュウギュウ詰めのドレスの海の彼方にいらして、近づくことも敵いません。令嬢たちのお尻や肘に押されてバウンドしているうちに、リフルお姉さまはあらぬ方向を見て立ち止まりました。
「……お姉さま?」




