10 令嬢たちの悲喜交々
「ルンタッタ♪ ルンタッタ♪」
ステップ、ターン、ステップ、ターン!
学園の中庭でステップを披露する私は、得意げにポーズを決めました。たった一人の観客であるリフルお姉さまが、熱心に拍手をしてくださいます。
「可愛いわ! ルナのダンスは何て可愛いの!?」
「えへへ……何とか形になってきたでしょうか」
「形どころじゃないわ。あまりの可愛さに、舞踏会では卒倒者が続出ね!」
興奮するお姉さまの鼻息は荒く、相変わらずの妹贔屓に私はデレデレと照れてお辞儀をしました。
お姉さまはポケットから招待状を出すと、胸に抱えて瞳を輝かせています。
「私はアンディ王子の婚約者選抜なんて1mmも興味がないけど、舞踏会でルナの晴れ姿が見られるなら、参加する価値が大いにあるわ」
王宮からの舞踏会の招待状は、リフルお姉さまにも届いたのです。
教会は勿論のこと、王宮も注目する次代の大聖女ですから、第二王子様の成人のお祝いに呼ばれるのは当たり前のことですが、教会の偉い方々は内心で、リフルお姉さまと王子様のご婚約を望んでいるのかもしれません。
そんなことを考えていると、頭がズーンと重くなります。
リフルお姉さまほどでないとしても、舞踏会にはスペックも野望も後ろ盾も備えた令嬢たちが集まるのですから、まるで武闘大会のようです。果たして私は生きて帰れるのでしょうか。
戦々恐々とした気持ちで午後の教室に戻ると、教室では令嬢たちの悲喜交々が渦巻いていたのです。
宮廷からの招待状を貰えた者。貰えなかった者。
令嬢たちはこの真っ二つに二分化されて、天国と地獄が同じ空間にあるような状態です。
貰えた者たちは浮かれて、お洒落して、息巻いて。
貰えなかった者たちはそれを睨み、呪い、悲しみに暮れるという……。
私はどちらの逆鱗にも触れないよう、教室の隅っこを歩いて隠密のように自分の席に向かいましたが、ドンッ!と誰かのお尻にぶつかりました。
「あらぁ。ごめんあそばせ、ルナさん」
あ、はい。その鼻に掛かったお声はリーリア令嬢ですね。と顔を上げた私は、驚きました。
もとから美少女でありましたが、リーリア令嬢の美しさはより洗練されて、まるでお姫様のように光り輝いていたのです。
「お、おぉ……」
眩しさに震慄く私を見下ろす意地悪なお顔も、また美しく。
「もしかしてルナさんは、お姉さまであるリフル様にくっついて、一緒に舞踏会に参加されるおつもりかしら?」
「え、ええ、まぁ……」
「いいですわねぇ。優秀な姉がいるだけで社会見学ができて」
めいっぱいの嫌味を放っても、語彙力の無い私は気味の悪い笑顔しかお返しできないので、リーリア令嬢はすぐに飽きて、令嬢たちの輪に戻って行きました。
ホッとして席に着くと、何やらひっそりとした影が、私の横に立ちました。
「ルナさん……。ルナ・マーリンさん……」
「はひっ!?」
幽霊が出たかと思って仰反ると、そこにはクラスで一番成績の良い優等生が立っていたのです。真面目でお家柄も良いお嬢様ですが、影が薄くて静かな方なので、私もお話をしたことがありませんでした。
「コ、コリンナさん?」
「はい……。名前を覚えてくださっていたんですね」
「そ、それは勿論、コリンナさんは我がクラスの委員長ですし。コリンナさんこそ、私の名前をご存知だったんですね」
「ふふふ……貴方の噂は父から予々、伺っております」
「えっ? お、お父様から?」
はて? 私はコリンナさんとお話するのも初めてだし、お父様にお会いしたことなど無いはずですが……。
無言でニヤリとした顔のコリンナさんを見るうちに、私はコリンナさんが誰かに似ていることに気づきました。もどかしそうなコリンナさんは、ヒントにフルネームを教えてくれます。
「コリンナ・バビントンですよ……」
「バビントンって……コナー・バビントンさん??」
私の脳内に、書庫の司書であるコナーさんのお顔が浮かびました。あの、穏やかで優しいオジ様です。あっ!コリンナさんにお顔がそっくりです!
「そう……私の父は宮廷の書庫で働いています。ルナさんはいつも熱心に本を読まれる勤勉な方だと、父は常々感心していました」
「そ、そうだったんですね!コナーさんにはいつもお世話になっています!」
まさかコナーさんが我がクラスの委員長のお父様だったとはつゆ知らず、私の宮廷での挙動不審さがクラスメイトに知られているのではないかと、恥ずかしくなりました。
コリンナさんはご自分のポケットに手を入れると、コッソリと封筒を出しました。
「それでこれ……父のコネクションのおかげで、私も舞踏会の招待状を頂いたのです」
「あ、そ、そうなんですね」
教室の令嬢たちの目に招待状が触れないように、私とコリンナさんは小さな輪になって内緒話を続けました。コリンナさんは不安げなお顔です。
「私、お勉強ばかりで舞踏会なんて行ったことがなくて……ドレスもダンスもまるでわかりませんの」
「ええ、ええ、わかります! 私もそうです」
「ルナさんは王子様専属の聖女だから、参加されると父から聞いて。もし舞踏会でお会いしたら……私とお話してくださいますか?」
「も、勿論ですよ! 私もきっと、隅っこの柱に隠れていると思うので」
コリンナさんは私の自虐に安心したように笑いました。
「良かった……私はアンディ王子殿下の婚約者など、とてもじゃないけど立候補できないですが、せめて舞踏会でひとりぼっちになりたくなくて」
「ひとりぼっちになりませんよ! 一緒にケーキとかお菓子とか、いっぱい食べましょう!」
コリンナさんの満開の笑顔に、私も嬉しくなりました。コリンナさんの静かな性格は、引っ込みじあんの私と似ている気がします。これって、初めてお友達ができたということでしょうか?
コリンナさんは教室を見渡して、溜息を吐きました。
「皆さんはドレスやお化粧だけでなく、町の薬屋で美容薬まで買って自分を磨いているとか……世界が違いすぎて私、付いて行けません」
「そうですね。皆さん熱心な戦士ですよね」
「戦士……?」
「あ、いえ、おほんっ」
チャイムが鳴って、コリンナさんも私も席に戻りました。姿勢を正す真面目なコリンナさんの背中を眺めながら、私はほんのりニヤけました。とうとう、お友達が。しかも似た者同士の友が、私にできたのかもしれません。




