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【書籍化コミカライズ】夢見る聖女は王子様の添い寝係に選ばれました  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中
第二章

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6 大聖女のおまじない

「婚約者を選抜する舞踏会ですって?」


 リフルお姉さまは私の話を一通り聞いて、ピクリと眉を上げました。

 私は号泣して体力を使い果たし、裏庭の芝生で三角座りのまま、呆然としております。


 お姉さまは怒気を飲み込むように一呼吸置いて、サファイアの瞳を凛とさせました。


「ルナ。あなたはアンディ王子が好きなのね?」

「え!?」


 思わぬ問いかけに、私は目を泳がせました。


「そ、それは、でも、私はみそっかすなので……」

「私はルナの本当の気持ちを聞いているのよ?」


 リフルお姉さまに嘘は付けません。私はしばらく固まった後、コクリと頷きました。するとお姉さまは、大きな溜息を吐きました。


「腹立たしいわ。私の可愛いルナが、あんな不良を好きだなんて……」


 不安そうな顔で見上げる私を、お姉さまは優しく見下ろしました。


「だけど私は何よりもルナが大切だから、自分の気持ちは我慢するわ」

「お姉さま……」

「ねえ、ルナ。あなたが好きな王子様は、沢山の人の思惑に囲まれているの。政治や権力のために、王子様が自分にとって有利な婚約をしてほしいと、誰もが画策しているのよ」


 色めく令嬢ばかり気にしていた私は、その背後にある大きな力に慄いて、息を飲みました。


「だからね。婚約者を選抜する舞踏会なんて催しも、アンディ王子本人ではなく、周囲の関係者が企画しているのだと思うわ」

「そ、そうでしょうか」


 お姉さまは目を伏せて、首を振りました。


「これは私の予想よ。だからルナは、自分でアンディ王子から真相を聞かなきゃダメ」

「で、でも……」

「ルナは控えめな子だから、言わなきゃいけない場面でいつも言葉が詰まってしまうのよね。本当は好きって気持ちも、アンディ王子にちゃんと伝えないといけないわ」


 顔を真っ赤にして俯く私の手を、お姉さまは優しく取りました。

 そして祈るように両手で握り、私の手を治癒の青い光で包みました。


「ルナが現実の世界でも、夢と同じように勇気を出せますように」


 お姉さまの大聖女としての力は怪我や病気を癒すためのもので、人の性格や気持ちは治せません。だからこれは、お姉さまの心の篭ったおまじないなのです。

 私はお姉さまの優しさにジンとして、心強い味方の存在に励まされたのでした。



 ♢♢♢



 そんな感動的な姉妹の触れ合いがありましたが、私は変わらず勇気が出せずに、口籠ったままでした。放課後の勉強会にも王子様は来てくれず、気まずいままに夜になってしまったのです。


 私はネグリジェで、王子様はパジャマで。キングサイズベッドの上で……。

 だけど王子様はいつもと違って、一言も喋らずに背中を向けて眠ってしまいました。まだお怒りが収まらないようです。


 私は完全に疎外された状況に涙目になりながら、お役御免どころか、お邪魔虫の状態に絶望的な気持ちになりました。

 寂しい。ふたりでいるのにひとりぼっちなのは、ひとりよりも寂しい。矛盾した思いを巡らせながら、それでも私は寝落ちしました。


「ふごっ……」


 仕方ありません。昨晩は徹夜だったので……。




「へ?」


 私は夢の中で制服を着て、学園の机に着席していました。

 だけど空間は真っ白で、黒板だけが宙に浮いている、おかしな景色です。週明けの追試を目前にして、不安からこんな夢を見ているのでしょうか。

 ぼんやりと黒板を眺めているうちに、予想外の人物が目前に立ちました。


「あ!? お、王子様!?」


 アンディ王子殿下が麗しい制服姿で、腕組みをして登場したのです。


 嗚呼、私はなんて卑しい女でしょうか。王子様に愛想を尽かされたからといって、夢の中で会おうだなんて。


 王子様は不敵な笑みを浮かべています。


「ふふ……ルナ。掛かったな」


 まるで罠に掛かった虫を見下ろすような目線に、私は思わずゾクゾクと悦んでしまいました。


「うへへ……ふがっ」


 王子様はにやける私のほっぺを片手で掴んで、意地悪に微笑みました。


「俺が背中を向けて寝ていると思って、油断したな? ルナが寝入るのを待って、俺はルナの夢をジャックしたんだ」

「ジャック!? じゃ、じゃあ、この教室の風景は……」

「俺が作り出した夢だ」


 何と、王子様は私の夢使いの能力を利用して、夢の設定を乗っ取ったようです。流石の王子様。何という器用さ、優秀さ。惚れ惚れとしてしまいます。


 王子様はトロンと見上げる私を鼻で笑って、空中に手を翳して教科書を出現させました。


「さあ、勉強を始めるぞ。教科書の内容はすべて俺が覚えているから安心しろ。全部ルナに暗記してもらうからな」


 王子様の言うとおり、夢の教科書にはギッシリと、テストのヤマが詰まっていました。夢でこんなに克明に文字を刻むとは、王子様の頭脳の明晰ぶりに驚きます。


「ひえっ、夢の中でお勉強ですか!?」


 楽しい夢の時間のはずが、苦手なお勉強。しかもスパルタなムードに私は仰け反りました。すると王子様は机に両手をついて、私の顔をぐっと覗き込みました。ふおぉ……美しいバイオレットの瞳に飲み込まれてしまいます。


「ルナ。現実と違って、夢の中のルナは最強なんだ。やろうと思えば何だってできる」

「そ、そうでしょうか」

「人は夢を見ながら、脳内に記憶すべき物を取捨選択するらしい。ルナの力を以ってすれば、文字の暗記なんてお手の物だよ」


 自信に満ちた王子様の精悍なお顔を前に、私の中に不思議と好奇心が湧いてきました。夢で記憶を取捨選択し、暗記する……夢使いとして、未知なる能力を試してみたくなったのです。

 私の顔が凛としたのを見て、王子様は優しく微笑みました。


「よしよし。テストで良い点を取ったら、ご褒美をあげるからな」


 えっ、ご褒美って、何でしょう!?

 王子様の罠に深々と嵌った私は、俄然と前のめりになったのでした。

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