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【書籍化コミカライズ】夢見る聖女は王子様の添い寝係に選ばれました  作者: 石丸める@「夢見る聖女」発売中
第二章

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4 徹夜で眺める美貌

 宮廷の門の前で地面に転がり、「ぜぇはぁ」と汗だくで呼吸する私を、王子様の側近であるクリフさんは、唖然として見下ろしています。


「はて……本日は放課後に自習するために、1時間ほど帰宅が遅れるとアンディ王子に伺っていましたが……」


 お迎えの馬車を待たずに1時間近く走って宮廷に帰ってきた私は、慣れない長距離ダッシュに身体が限界を超えて、門に着くなり倒れたのでした。門番に呼ばれたクリフさんは、まるで死にかけの妖怪を発見したかのような、好奇心に満ちたお顔です。


「ぜ……はぁ、た、たまには、運動を……」

「ああ~、無理して喋らなくて結構ですよ。もしかして、アンディ王子のお勉強が嫌で、逃げて来ました?」

「あうっ、そ、そのような事は……っ」

「あははっ、王子を待ちぼうけさせるとは。やりますねえ、ルナさん」


 初対面の頃は鉄仮面のようなクリフさんでしたが、あの悪魔退治以降、素直なお顔を見せてくださるようになりました。まぁ、印象通りの性格でしたが。

 クリフさんの仰る通り、私はアンディ王子殿下に内緒で逃げて来てしまったのです。王子様は今頃、ひとりで学習室で私を待ちぼうけしている筈……やらかしてしまった事の重大さに、私は地面に転がったまま、硬直しました。



 ♢♢♢



「ルナ!!」


 アンディ王子殿下が勢いよく、私の部屋のドアを開けるタイミングで、私は既に、土下座をしていました。お戻りの時間を見計らって、ずっとこの姿勢でお待ちしていたのです。


「も、申し訳ございません!」

「どういうつもりだ? 勝手に帰って! 俺はずっと学習室で待ってたんだぞ?」

「そ、それは、お、お腹が急に悪くなりまして……」

「は? 走って帰ったら余計にヤバいだろ」

「た、確かに……」


 アンディ王子殿下は溜息を吐いて、私の近くに来て跪きました。


「何かあったのか? 勉強が嫌になったのか? それとも、誰かにいじめられた?」


 急に優しくなったお声に、私は申し訳なさとありがたさで胸がギュッとなりました。


「ち、違います! 本当に、お腹がギュ~ッとですね……」


 慌てて顔を上げると、王子様は私の頭の後ろに手を添えて、ご自分の肩に抱き寄せました。


「心配しただろ」

「う、おぉ……ご、ごめんなさい」


 なんという温かさ。なんという、至福の時。

 私はこのような限りある恩恵を、身体全体に染み込ませるように味わいました。

 王子様の婚約者が正式に決まれば、もう二度と、このような恵まれた時間は無いのですから……。



 その日の夜。


 いつもの通りに王子様は、ベッドの中で私を抱き枕のように抱きしめて、眠りました。様子がおかしい私を労わるように、優しく、ふんわりです。


 私は珍しく、しばらく眠ることができませんでした。

 やがて王子様が寝返りをうって私を離した隙に、私は王子様から距離を取って起き上がり、王子様の寝顔を観察しました。すやすやと、天使のお顔でお休みなさっています。


 今夜はどうしても、夢を共有することができませんでした。心理的に動揺している私はきっと、昨晩のテスト用紙どころではない、おかしな夢を見てしまう予感がしたからです。

 王子様は安らかに眠り続け、悪夢を見ている様子はありません。


「良かったですねぇ。ゆっくりお眠りください」


 王子様がひとりでも安全に眠れる安心感と同時に、夢使いの自分がもう必要ないのだという事実を再確認して、私は寂しい気持ちになったのでした。



「ん……ルナ?」


 小鳥の囀りとともに夜は明けて、起床時間がやってきました。

 なんと、私は7時間あまりも王子様の寝顔を観察していたようで。自分でもその異常さに引きました。


「お、おはようございます、王子様!」

「珍しいな……先に起きてるなんて」


 アンディ王子殿下はジッと私の顔を見て、訝しげに首を傾げました。


「ルナ。寝不足か? 目が真っ赤だし、クマが酷いけど……」

「は、はわわ、そ、そうですか?」

「それに夢……見なかったな」

「あ、た、多分、寝返りをうったまま、離れてしまったかと。悪夢は見ませんでした?」

「全然。熟睡したよ」


 大変、結構なことです。王子様は私がいなくても、悪夢を見なくなったのですから。私の頭に ”お役御免” という言葉が浮かんで、呆然としました。


「ルナ?」


 王子様は呆けている私に、顔を近づけていました。目前に美しいバイオレットの瞳があって、正気に戻った私は驚きのあまり、正座のまま跳ね上がって後ろに転倒しました。ベッドの端にいたので、ドオン!と床に転げ落ちたのです。


「ルナ! 大丈夫か!?」


 王子様は多分、様子のおかしい私の額の熱を測ろうとしていたのだと思います。今、ベッドから見下ろした私はきっと、無様にひしゃげているでしょう。恥ずかしさのあまり私はさらに飛び起きて、ハツラツなふりをしたまま、ドアに向かって走りました。


「だ、大丈夫ですよ、ほらっ! ト、トイレに行って参りま~す!!」


 私は何故、スマートにできないんでしょうね。咄嗟に出る言葉の色気の無さに後悔して、泣き笑いで廊下を走るしかありませんでした。

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