1 薔薇色の週末ですわ
第二章始まりました!
晴天なる本日。
グレンナイト王立学園は期末試験を終えて、薔薇色の週末を迎えました。
「ふえぇ~」
テストの苦しみから解放されて。私、ルナ・マーリンは宮廷付きの聖女として、のんびりと休日を満喫しております。
アンディ王子殿下は早朝から、剣術のお稽古にお出かけしました。
ええ。殿下は首位の成績はさる事ながら、文武両道で剣術もお上手でらっしゃいます。学園で試合を拝見しましたが、一振りごとに女生徒達の黄色い声が上がるほど、美しい剣捌きでございまして……。
それはさておき。
この、おやつの時間に現れたスイーツのタワー。どう攻略しようか、私はフォークを上下して、にやけているのです。
宮廷のシェフの方が試験が終わった私を労ってくださり、特別に作ってくださいました。テストは嫌いですが、こんなご褒美があるなら勉学も悪くありませんね。
庭園で甘味を貪った後は、宮廷の書庫に向かいます。ここは関係者以外立ち入り禁止の場所ですが、王子様に特別に許可を頂き、毎日入り浸っているのです。
「おや。ルナさん」
「あ、こ、こんにちは、コナーさん」
コナーさんは書庫を管理している司書の方で、すっかり顔馴染みです。穏やかで優しいオジ様ですが、私は大人の男性と会話をするのが苦手なので、馴染んだとはいえ毎回、挙動不審になってしまいます。
「休日まで書庫でお勉強ですか? ルナさんは熱心でらっしゃる」
「い、いえ~、せ、聖女として、と、当然ですので」
私は間違ったことは言っていません。夢の題材探しに本を読み漁るのは、結果、アンディ王子殿下を夢の中で癒すためでもあるので。
コナーさんが微笑んでこちらを見ているので、ぎこちなく木製の人形のように歩く私ですが、天井までビッシリと詰まった本を見上げると、心がふわ~っと浮かれます。
「ふぃ~、紙の匂いは落ち着く……」
さあ、今夜はどんな夢にしましょう。
試験も終わって、いつも通り首位の成績を収められたアンディ王子殿下にお疲れ様の気持ちを込めて、楽しい夢にしたいですね。
冒険物なんてどうでしょう。
海や、森や、ダンジョンで。勇者となって剣を振るう王子様は、さぞ格好いいでしょうね。
私は古代の建築画や秘宝の図録を眺めながら、にやけます。
宮廷の休日って、なんて贅沢なのでしょう。
朝から晩まで、にやけっぱなしです。
そして勿論、寝室でも……私はにやけています。
夜になって、アンディ王子殿下はお稽古から戻られました。
「何だ? いつにも増して酷いにやけ顔だな」
アンディ王子殿下は変質者を眺めるように、バイオレットの瞳を顰めます。怪訝そうなお顔も、また色っぽいこと。
「ふへへ……本日の宮廷のディナーも、美味しゅうございましたねぇ」
「まぁな」
殿下は生まれつきこんな生活をしてらっしゃるから、私の庶民的な悦びは、いまいち伝わらないようです。
「は~、今日は疲れた……」
稽古でしごかれたのでしょうか。アンディ王子殿下はベッドに入るなり、ぐったりとしたご様子で、私を抱き枕のように抱きしめます。自然に、いつものように。だけど私はいつだって、間近の美麗なお顔にドキドキしてしまうのです。
「お、お疲れ様でした。アンディ王子殿下」
「ああ。ルナも。試験はどうだった?」
「えっ? ええと……」
アンディ王子殿下は目を瞑ったまま質問をして、私が応える前に、すうっと眠ってしまいました。長い睫毛の。天使のお顔で。
(ふおぉ……)
私は殿下がお休みされたお顔が好物、いえ、麗しくて。間近で延々と、眺めてしまうのです。
ドムン、ドムン、と。あ、これは私の奇怪な心臓の音です。
室内に響くのではないかという鼓動とともに、気が済むまで殿下の寝顔を眺めた後、私も眠りに入りました。
「勇者か……」
アンディ王子殿下はご自分が夢の中で着せられている格好と、腰に下がった剣を見て、呟きました。
私は魔法使いということで、ローブを着て杖を持っています。
「夢の中でも俺に剣術をやらせる気か?」
「えへへ……だって、間近で見たいですもん」
勇者の格好をした王子様は予想通り、イケてらっしゃいます。金色のサラサラの髪に、勇ましい兜を被って、マントを靡かせて。締まった体に軍服仕様のデザインがお似合いです。
色っぽい。とにかく、色っぽい!
私が勇者殿下に見惚れている間に、王子様は周囲を見回して、やぶさかではない好奇心で疼いているようです。
「これはダンジョンだな。地下に作られた古代の宮殿のような……形状も質感も、よくできている」
私が構築した石壁を撫でて、お褒めくださいます。
ふと。その石壁を伝って何かの振動を感じたようで、アンディ勇者殿下はハッと私の後ろを振り向きました。
「な、何だ! あれは!?」
「え?」
私は王子様が指す方を振り返って、ダンジョンの道の奥から、何かが走って来るのを目撃しました。それは私の構築した夢に登場するはずの無い、想定外の物で……。
私は驚きのあまり、我を忘れて絶叫しました。
「ギョエーー!?」
何とも色気のない悲鳴が、夢のダンジョンに響き渡ったのでした。




