9 ギラつかないでお姉さま
ギギギ……。
王子様の取り巻き軍団より恐ろしいお顔で、リフルお姉さまは歯軋りをしながら、睨みをきかせております。
私は怪我をするとリフルお姉さまに泣きつく習性があるので、アンディ王子殿下は私を、お姉さまのいる校舎へ連れてきてくださったのです。
「あの、お姉さま? この怪我は、王子様のせいではございませんよ?」
治癒しながら殺気を飛ばすお姉さまを私は宥めますが、王子様は責任を感じてらっしゃるのか、火に油を注ぎます。
「いや、俺のせいでルナは怪我をしたんだ。すまない」
お姉さまはサファイアの瞳を獣のようにギラつかせています。
「だから私は反対だったんです。大切な妹を、宮廷に……ましてや、あなたに預けるなんて」
私は治癒された膝を発光させながら、ふたりの間であたふたとします。
リフルお姉さまはお強い。お姉さまは不良だろうが王族だろうが怖いもの知らずで、やっぱり凄いのです。
こんな時までお姉さまを尊敬してしまう私の隣で、アンディ王子殿下は深々と、頭を下げました。
「本当に申し訳なかった。今後、ルナをこんな目に遭わせないと約束する」
真摯な謝罪にお姉さまは「ふうん」と鼻息を吐いて納得し、私は「ひぃ」と縮こまりました。不良の王子様が謝罪するだなんて、意外すぎたのです。
リフルお姉さまがアンディ王子殿下を敵視するのに、理由が3つあると、私は知っています。
ひとつ、女性関係が乱れていること。
(これは一方的にモテるせいですが)
ふたつ、私と添い寝していること。
みっつ、ライバルであること、です。
優秀なリフルお姉さまの成績順の、いつも上にアンディ王子殿下がいて、お姉さまは学園でずっと2位の成績であるのを、悔しがっておられるのです。「不良のくせに」というのが、リフルお姉さまの口癖でした。
私はそっと、アンディ王子殿下を見上げます。
乳児の夢まで覚えている類稀なる記憶力と、書庫を読み漁る利発な少年時代。そして学園で首位を取る成績の優秀さ。王子様は不良のふりをして、頭脳明晰な方なのです。
王子様のだらしなく開けた襟元の色っぽさを、私はしみじみと眺めました。どうして、こんなにグレちゃったんでしょうね……。
♢♢♢
学園の授業が終わり、私はまた、馬車に乗って宮廷に帰りました。
豪華なお部屋にはおやつのクッキーやマカロンが待っており、夕食前なのにと思いつつ、何個も頬張ってしまいます。宮廷のお菓子の、何とも美味しいこと! 流石の一流パティシエでございます。
私はまるで、最初からここで生まれたのでは? と錯覚するくらい宮廷の豪華な暮らしに慣れ、もとい、味をしめて、満足顔でソファでくつろいでいました。
そんな私の部屋へ、側近のクリフさんが突然訪れたのです。
いつもの業務スマイルが消えた、真顔で。その上、物々しい甲冑の騎士を二名も連れているではないですか。
上機嫌のまま扉を開けた私は、恐怖のあまり挙動不審になりました。庶民が生意気にも、くつろぎすぎたのでしょうか。
「あ、あの、な、何ごとでしょうか?」
ビビりまくる私に、クリフさんはやはり真顔のまま、事務的に応えました。
「今晩の添い寝には、室内に騎士の護衛を置かせて頂きます」
「な、何故です!? 私は、な、何も悪い事など……」
「ルナ様におかれましてはこの数日、アンディ王子に安らかな眠りを与えてくださり、王様も王妃様も、たいへんに感謝されています」
まるで今日、何かが終わってしまうような空気に、私の膝は震えました。そんな私にクリフさんは構わず、説明を続けます。
「今晩、王子はお誕生日を迎えて、18歳の成人になられます。おそらく、夢使いの聖女さまのお仕事は今晩が最後になると思いますので」
私の中で、少年のアンディ王子殿下が悲しげにおっしゃっていた言葉が浮かびました。
“ 僕は大人には、なれないんだって ”




