テプレ様と……ツメヨ国は良いところだとイイナァ……
「……ええと、そのテプレ様?」
「王宮が王宮が王宮がイーアス様から代々受け継いできた王宮が伝統ある王宮が私の代で王宮が王宮が王宮が……」
(ぶっ壊れてる……どうすんだよこれぇ……)
目を覚ましたテプレ様は、王宮が消滅した事実を思い出した途端にずっとこんな調子だ。
流石にこんな様子を領民に見せるような真似はできないので、とりあえず人力車内に匿ってある。
「て、テプレ様ぁ……ほ、ほらムートン君を触って私と一緒に癒されましょう……」
「テプレおねえちゃんもそんなむずかしいかおしてないでボクとあそぼ?」
「王宮が王宮が結界で安全の象徴だった王宮が王宮が領民も倒れて安全のリース国の名前が私のせいで私のせいで私が私が……」
常識人枠のミリアさんとムートン君がテプレ様を必死で取りなすが、全く反応せずうつろな目でぶつぶつと呟き続けている。
三弟子とは違った壊れ方でこれはこれで恐怖心を煽る。
(人間の壊れ方にも種類があるんだなぁ……とか考えてる場合じゃねぇ……けど現実を見ていたくない……)
「それで、我々はどこへ向かえばいいのでしょうか?」
「とにかく全力で王都を離れよう……話はそれからだ……はぁ……」
王宮を吹き飛ばしておいて、このまま王都に残っていられるわけがない。
「シヨちゃんを起こして聞かなくていいの?」
「ああ、テロリストの仲間入りはしたくないからね……はぁ……」
俺の切り札で強引に気絶させたシヨちゃんも起こすわけにはいかない。
(間違いなくこの混乱している隙に国を乗っ取ろうとするだろうからなぁ……危険すぎるよこいつ……)
ただカノちゃんやテキナさんと違って物理的に抑え込むのが不可能じゃない点だけが救いだ……目を覚ました後が恐ろしいが。
(だけどこのまま領内をうろついてるのも危険だよなぁ……何せテプレ様が乗ってんだからよぉ……)
結果的にとは言え俺たちは王都リースを襲撃し、テプレ様を誘拐したことになっているはずだ。
その情報はあっという間に領内に広まるだろうし、こんな状態のテプレ様を連れているところを見られたら間違いなく大騒ぎになる。
(どうにかしてテプレ様を正気に戻して俺たちへの誤解を解いてから王都に送り返したい……はは、どこが誤解だよ……)
自分で考えておいてどこが誤解だと突っ込みたくなる。
「王宮が王宮が王宮が王宮が王宮がイーアス様の王宮が……」
「さ、サーボ様ぁ……どうしましょう、ムートン君の可愛さでも癒せないなんて重症ですよぉ……大体何で王宮が吹き飛んだんですかぁ?」
「うぅ……そ、それは……ま、魔王軍の巧妙な罠によってだねぇ……」
流石に俺の弟子がやりましたなどとは言えない。
シヨちゃんの思うつぼだと分かっていながらも、こう答えるしかなかった。
「王宮が王宮が王きゅ……い、今魔王軍とおっしゃいましたかっ!?」
「て、テプレ様っ!? 正気にお戻りですかっ!?」
不意にテプレ様の目に石の光が戻り、会話に入ってきた。
(……このまま魔王軍に責任押し付ければごまかせそう……ふふ、魔王って便利な奴だなぁ……)
もう勇者らしさの欠片もないことを考えながら口を動かす。
「ええ、実は俺たちは魔王軍の侵攻を食い止めるためにこの国にやってきたのです」
「確かにここの所、結界にちょっかいを出す魔物が増えておりましたが……しかしそれも昨日からは不意に止んで……まさかこれが魔王軍の仕業だったのですかっ!?」
(昨日俺たちがギリィ達のワイバーンも含めて全滅させたからなぁ……そう言えばあのワイバーンは魔王軍とは別だったのか?)
ちょっと疑問が浮かんだが、今はそれよりテプレ様を騙……説得するほうが先決だ。
「ええ、昨日サンドワームとワイバーンの群れを殲滅したのですがその際に王都へのテロ活動を聞きつけて慌てて駆けつけたのですが……結局間に合いませんでした……申し訳ありません」
「っ!? つ、つまりあなた方が護衛の方々を倒してまで強引に進もうとしたのは……魔王軍のたくらみを阻止するために焦っていたということですかっ!!」
「……ウンソーダヨ」
思いっきり明後日の方向を見ながら答えるカノちゃん。
突っ込みたいところだがせっかくいい方向に勘違いしてくれたのだ。
俺も黙っておくことにした。
(はぁ……どんどん屑に戻って……いやなっていくだよなぁ……)
「あぁっ!! そ、それなのに私はろくに話も聞かずあなた方の邪魔をして結果として王宮を失うなど……大僧侶失格でございますぅうううっ!!」
「い、いやそんなことはないと思うよー」
その場に崩れ落ちて本気で号泣し始めたテプレさん。
物凄く罪悪感がする。
「うわぁ……サーボ様泣かせちゃったぁ、いーけないんだぁー」
(何で他人事みたいに言ってんだよっ!! お前のせいでもあるんだぞカノちゃんよぉっ!!)
「うぅ……て、テプレ殿……そ、そのように泣かれては……」
テキナさんが心苦しそうな表情で何度も俺に視線を投げかけてくる。
恐らく罪悪感から本当のことを伝えたくて仕方ないようだ。
(うぅ……気持ちは痛いぐらいわかるけど……諦めよう……)
ここで本当のことを伝えれば間違いなく俺たちは勇者からテロリストへクラスチェンジだ。
それ自体は構わないが、せめて魔王を倒すまで余計な邪魔をされるわけにはいかない。
俺は力なく首を横に振り、テキナさんへ黙っているように指示を出した。
(全てが終わった後で自首しよう……もうそれしかねぇ……はぁ……)
「そんなことはございませんっ!! テプレ様はいつだってこんな立派な結界を張って私たちを守ってくださっているではありませんかっ!!」
罪悪感から上手く声をかけられない俺たちに変わってミリアさんが必死で慰めてくれている。
(頼むぞ、その調子で何とかテプレ様を立ち直らせてやってくれ……)
「うぅぅ……し、しかし私はぁぁ……」
「しっかりしてくださいませテプレ様っ!! ほらムートン君も声をかけてあげてっ!!」
「ええとぉ……てぷれさま、ないてるの? どこかいたいのならボクがなめてあげるよ?」
「……ふふ、確かにこんな子にまで心配させ……」
「キャァアアアアっ!! ムートンちゃん私脚の付け根が痛いのぉおおっ!! な、舐め舐めしてぇえええっ!!」
せっかくテプレ様が正気を取り戻しつつあったのに、今度はミリアさんがぶっ壊れた。
(頭痛い……というか癒しの象徴のムートン君をそう言う目で見るなよぉ……)
どうやら同士だと思ったのは間違いだったようだ。
「……あぁっ!! やっぱり私の統制は間違って居たのですねぇえっ!! 私の国の者が申し訳ございませぇええんっ!!」
またしても涙を流し、俺たちに土下座し始めるテプレ様。
自国の人間が、未成年にしか見えない子供に破廉恥な真似を強要しようとしているところを見てしまったのがショックだったようだ。
(ああもう……どうすりゃあいいんだよぉ……)
もう何もかも放り出したくて、一瞬シヨちゃんを起こして一任してしまいたくなる。
だけどそんなことしたら今度こそ終わりだ、何もかもシャレにならない方向に転がっていく。
(もう少しだけ踏ん張ろう……それで無理なら何もかも諦めよう……)
「テプレ様、頭をお上げください……」
「うぅぅ……ゆ、許してくださるのですかぁ……こんな無能で愚かな私をぉ……」
「もちろんですよ、だって誰も悪くないじゃないですか……うんワルクナイヨ」
少なくともテプレ様は何も悪くない。
「あぁ……こ、こんな罪深く愚かな私を許してくださるなど……何と偉大なお方でございましょう……」
「あ、あはは……そんな大したことじゃないんですよ……いや本当に、そんな目で見ないでぇ……」
俺のことを何か眩しいものを見るように拝みだすテプレ様。
「いいえ、私にはあなた様は眩しすぎて……確かサーボ様でございましたね、どうかこの迷える子羊をお導きくださいっ!!」
「め、めぇええ……みりあおねえちゃん、そこはだめぇっ!!」
「ふふふ、可愛い子羊ちゃん……ミリアお姉ちゃんがたぁっぷりとぉ……」
「俺の子羊を変な方向に導くなぁっ!! 聖祈鎖っ!!」
流石に放っておけなくなって、俺は強引にミリアさんの動きを止めた。
「ええっ!! 私はサーボ様に導かれる哀れな迷い人ですっ!! どうかお好きなようにご命令くださいませっ!!」
(ちげぇえええっ!! お前に言ったわけじゃねぇえええっ!!)
何か勘違いしてしまったらしいテプレ様が俺の足元に跪いた。
「サーボ様サーボ様ねぇ僕って言うものがありながら何新しい弟子取ってんのサーボ様ねえサーボ様ズルいよサーボ様……」
流石にこれは見過ごせないようでカノちゃんの暴走スイッチが入る。
「だ、駄目だっ!! サーボ様の僕として酷使していただくのは私だけの権利なのだっ!!」
テキナさんも珍しく反発的だ。
「いいえっ!! サーボ様は私の主でございますっ!! この気持ちを押しとどめることなどできませんっ!!」
テプレ様も反発した。
「みりあおねえちゃんだいじょうぶ?」
「はぁはぁはぁ……縛られてムートンちゃんに見られてぇ……す、好きなところ舐めてぇ……」
癒されたい所だがムートン君は変態の相手で忙しそうだ。
(……もう、どうでもいいや)
指を鳴らしてシヨちゃんにかけた魔法を解除する。
「はぅっ!? こ、ここはぁっ!?」
「シヨちゃん……後任せるわ、好きにしていいよ」
「さ、サーボ様ぁ…………ああそういうことですかぁ、うふふシヨ理解しちゃいしちゃいましたぁ~」
軽く周りを見回してすぐに状況判断を済ませたらしいシヨちゃんは、とてもおぞましくも可愛らしい笑顔を浮かべた。
(……早まったかな? けどまあもうどうでもいいや……疲れたよ僕……)
何も考えたくなくて、俺は責任を全て放り捨てた。
「カノさん、テキナさん落ち着いて……この場はシヨに任せてくださぁい」
「……シヨちゃんがそう言うなら」
「……シヨがそう言うなら仕方ない」
一瞬で収まる二人……もう何も思うまい。
「ええとそれでテプレ様、ですよねぇ……サーボ様の僕になりたいのでしたら答えてもらわないといけないことがありますぅ~」
「な、何でございましょうかっ!?」
テプレ様まで一瞬で自分のペースに持ち込んでしまう。
「シヨたちは魔王軍との戦いに備えて、この結界の詳細を聞きたいんですよぉ……教えてもらえますかぁ?」
(……あれ、意外にまともだ)
てっきりこの国を支配するために何かするとばかり思っていた。
何よりその質問は当初の俺たちの目的に沿ったものだ。
(……ちょっと警戒しすぎたかな、シヨちゃんは最初からこの展開を読んでてそのために仕方なく王宮を爆破……やっぱり警戒し足りねぇわ……)
一瞬雰囲気に流されて納得しかけてしまった俺は愚か者だと思う。
「あれは昔にイーアス様が残してくださった結界でございまして、決められた者……リース国の場合は大僧侶が領内に居る限りその者の魔力で維持される仕掛けになっております」
「なるほどぉ、魔力が尽きない限りは安全というわけですねぇ……弾かれる対象はどう判断しているのですかぁ? それとこれを別のところに張ることは可能でしょうかぁ?」
「弾かれる対象は人間に対して悪意のある人間以外の存在です……結界の張り方も残されておりますので他の場所に新たに作ることも可能でございますわ」
(それは良いことを聞いた……この結界を他の国にも張れば魔王軍の被害は劇的に減るだろうなぁ……)
俺は今まで魔王軍が出してきた被害の数々を思い浮かべる。
勇者の里での火災、イショサ国内の村への暴力活動、バンニ国内での王女誘惑事件、リース国内で女性二人の拉致監禁&王宮爆破。
(よく考えたら全部俺たちの仕業だった……どうなってんだおいっ!?)
ひょっとして俺たちが下手に頑張らなければもっと上手く方が付いていたんじゃないだろうかとすら思える。
唯一の救いは死者数が零で収まっている点だけだった。
(流石に魔王軍が好き勝手してたら多少は死者が出てただろうし、だからこれでよかった……って全く思えねぇ……)
「なるほどぉ、よくわかりましたぁ……じゃあ最後に聞きますけどぉ、サーボ様に全てを差し出す覚悟はできていますかぁ?」
何か急に不穏なことを言い出したシヨちゃん。
「は、はいっ!! 私はサーボ様の下で一から修業をし直す所存ですっ!!」
「そのためにはどんな辛い命令でも従うと誓えるんですかぁ?」
「ど、どんな辛い……も、もちろんサーボ様がお相手でしたらどのようなことでも……ぽっ」
何か色々と勘違いしているらしいテプレ様が、俺のほうを見て頬を赤らめた。
(残念だけどそう言うんじゃないんだよなぁ……)
「あはは、じゃあしょうがないですねぇ……サーボ様ぁ、とりあえずこのままツメヨ国に向かうとしましょう」
「えぇっ!? ほ、本気ぃっ!?」
俺の言葉にシヨちゃんは当然のように頷いた。
「け、けどシヨちゃん……テプレ様がこの領内から消えたら結界は消えちゃうんだよねぇ?」
「仕方ないですよぉ、テプレ様は大僧侶の称号を捨てて修行をし直すんですからぁ……ねぇテプレ様ぁ?」
「うぅ……そ、それはそうですが……」
「安心してくださぁい、既にこの領内の魔物は殲滅してあるから結界が消えても安全ですよぉ~……それに後でちゃんとシヨたちが張りなおしますからぁ~」
(……そういうことね)
何となくシヨちゃんの考えが読めた気がした。
恐らく一度結界を消滅させて領内の村人の不安をあおった後で、俺たちが結界を張ることで無理やり支配層として認めさせるつもりなのだろう。
(はぁ……もう好きにしてくれ……)
本来ならしかるべきところなのだろうが、もう心が折れきっていた俺は何も言わなかった。
「じゃあテキナさん……向かおうか、ツメヨ国へ」
「は、はぁ……わかりました」
人力車はツメヨ国へ向けて進み始めた。
(リース国から大僧侶を連れ出して結界を消して……ふふ、ここでも俺たちは指名手配犯だなぁ……)
この大陸でもう俺たちの悪名が轟いていない場所はツメヨ国だけだ。
だけどきっとこの後もろくなことにならないのだろうなぁと何となく悟る俺であった。
(ああ……もう一回やり直した……んん?)
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