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勇者ごっこ

「はぁ……」


 海の向こうを眺めるけれど未だに船は見えてこない。


 代わりに大陸側へと目を向けると引っ切りなしに光が飛んできては結界にぶつかって消滅している。


 どうやらこの大陸に住む異種族は矢を使い切ったようで、魔法攻撃に移行しているのだ。


 そのどれもが結界に阻まれているからいいが、魔力が切れたらその瞬間に俺など即死させられてしまいそうだ。


(勘弁してくれよ……早く来てくれ……)


 そう願いながら丸一日経ってしまった。


 全く船が来る気配はなくて、攻撃が止む兆しもない。


 魔力の残量計はまだ八割ほど残っていることを示しているけれど、全く落ち着けるものではない。


(本当にどうするかなぁ……)


 非常に悩ましいところだった。


 このままこの場所で待機していてもいいが、万が一にも結界が突破されたらその時点でお終いだ。


 ならばいっそのこと大陸の内部に入って何とか交渉してみるべきじゃないかとも思う。


 しかし中々踏ん切りがつかない。


 今まで一人で危険に向かって進んだことなどなかったからだ。


(大抵誰かに連れられて仕方なく向かってただけで……俺自身の意志で立ち向かったことなんかないもんなぁ……)


 この鎧を着ているから多分大丈夫なのだとは思うけどどうしても一歩が踏み出せないでいた。


「はぁ……」


 ため息を漏らして飛んでくる魔法を眺めていると、不意にぴたりと止んだのがわかった。


(何かあったのか……っ!?)


 疑問を抱いている俺の目の前で木々が揺れて、鳥が飛び立つのが見えた。


 さらに大地が揺れて振動が伝わってくる。

 

(な、何が……うぉっ!?)


 森の奥から木々をなぎ倒しながら、そいつは現れた。


 土の塊が巨人になってこちらに迫ってきている。


 魔法の一種だろうか……だがあんなものは見たことがない。


 全長十メートルほどもある巨体を前にすれば、俺のマジカルアーマーは子供のようだ。


(あ、あんな大きいもんに殴られたら結界が持つかどうか……)


 大僧侶や勇者が維持している結界ならともかく、魔力タンクで維持しているため強度はそこまで信用できない。


 巨人は動きこそ遅いが一歩一歩が大きいため、大陸の上で追いかけっこするのは危険だ。


 逃げるには海に向かうしかない。


(だけどまあ、俺には逃げるしか……攻撃してみるか?)


 そうだ、いつもの俺なら逃げの一手しかなかった。


 しかしこの鎧には攻撃機能もついている。


 俺は戦えるのだ。


(……やるか)


 頭のどこかでいつも通り逃げるべきだと主張する自分が居る。


 だけどそれ以上に俺は……攻撃したかった。


 だって無能な俺が……逃げるしかなかった俺が……戦えるのだ。


 その誘惑は抗い難いものだった。


 異様にドキドキしながら、いやワクワクしながら俺は魔法攻撃を放った。


破邪光線(ホーリーレーザーっ!!」


 意味がないと分かっていながら魔法の名前を叫んでいた。


 マジカルアーマーの胴体から閃光が放たれ、土の巨体を下から上までなぞり上げた。


 その軌跡に沿うように爆発が頻発する。


 どうやら巨人の強度は大したことがないようで、爆発するたびに身体は大きく削られていく。


 結果として魔法を放ち終えるころには、巨人はただの土の塊に変貌していた。


(勝った……はは、俺が……俺が勝っただとっ!!)


 胸に去来する充実感、満足感、幸福感……そして優越感と愉悦。


 ずっと手に入らなかった力、望んでも届くはずのなかった力。


 それを使うことができた俺の喜びは、自分自身ですら驚くほど大きかった。


 だからそいつが近づいてきていることに気づくのが遅れてしまった。


『まさかゴーレムすら倒されてしまうとは……あなたは何者だ……そしてこの島に何の御用でしょうか?』


 弓矢を手に、こちらへの警戒心を解こうともせずに近づいてくる一人の女性。


 見た目からして年齢は18歳ぐらいだろうか、下手したら俺よりも背が高い高身長の持ち主だ。


 折れそうなほど細い癖に出るところは出ている身体を原始的な皮をなめした服で覆い隠した外見に、短く切り揃えた髪の毛が似合っている。


 また顔立ちも芸術品のように美しく、白い肌と相まって幻想的な美貌を醸し出している。


 しかし一番特徴的なのは、横に尖った長い耳だった。


「驚かせてしまい申し訳ありません……俺は勇者をしておりますサーボと申します」

 

 言い切ったところで勇者許可証を持ってきていないことを思い出す。


(最もこんな未開の地じゃ通じねぇだろうけどなぁ……)


『勇者……かつて魔王と戦った勇者ですか……』


 流石に世界を救っただけあって称号自体は知っているようだが、その顔から警戒心は消えていない。


「はい、今回もまた魔王軍が暴れていると知り世界を救って回っております……お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


『……私はエルフ族の長の娘でルーフです』


(長の娘か……まあ交渉役としては上々だ……)


「そうですか、これは失礼しましたルーフ様……改めて伺いたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」


『その前にそちらの目的を聞かせていただきたい』


「同じことですから構いませんよ……俺は魔導の使い手を求めてこの地にやってまいりました……」


 俺は他の大陸であったこと、魔王軍に関して……そして外海の霧について説明した。


「……というわけで海面スレスレまで魔法の霧が張られた外洋を突破する手段を求めてあちこち尋ね回っているのです」


『……魔王軍が暴れているなど全く知らなかったです……それにシーサーペントも……それでか……』


 どうやら彼女たちも漁はしていたようでシーサーペントの被害は受けていたようだ。


「もう退治しましたので大陸間の海でしたら船を出しても問題ありませんよ」


『……それはありがたい話です』


「勇者として当然のことをしたまでです……ところで魔導の使い手に何か心当たりはございませんか?」


『……私どもの里に一人だけ居ります』


(おお、マジかっ!!)


 まさかこうもあっさり見つかるとは思わなかった。


 これで霧さえなんとかなれば後は敵の本拠地へ乗り込むだけだ。


「是非とも会わせていただきたいっ!!」


『それは……駄目ですね』


「そ、そうですか……ではせめて霧をどうにかする魔法だけでも教えて頂けないでしょうか?」


『……駄目だ』


 しかし何故かルーフ様は首を横に振るばかりだった。


(おいおい、魔王だぞ……何とかしないとお前らも襲われるんだぞっ!?)


「理由を聞かせてもらえますか?」


『……新たな魔法を作るためには相応の寿命が引き換えになる……ただでさえ歳が歳なのにそんなことをさせれば間違いなく……』


(うわぁ、最悪だ……)


「もう一度聞きますがその方しかいらっしゃらないのですよね?」


『ああ……』


 流石に死と引き換えとなるとそうそう頷いてはくれないだろう。


 ましてこの島は魔王軍が攻めてきておらず、その脅威もそこまで伝わっていないはずだ。


(どうしたもんかなぁこれ……)


 いつも通り口先でごまかそうにも命が掛かってるとなれば、そう上手く行くはずもない。


「ちなみにこの大陸に他の異種族の方がいらっしゃったりはしませんか?」


『大昔は居たが今はエルフしかおらん』


(つまりこの大陸じゃぁ、魔導の使い手の協力を得ることはできないってことだなぁ……)


「分かりました……情報ありがとうございます……」


『協力できなくてすまない……そしてもう一つ、悪いが早々に立ち去っていただきたい……余り異種族にはいい思い出がないのだ……』


 苦々しそうにつぶやいたルーフ様。


(まあ近づく奴に片っ端から弓矢を射掛けるぐらいだから、よっぽど嫌いなんだろうなぁ……)


「お気持ちはよくわかりました……しかし、もう少しだけ……お迎えが来るまでは待たせていただきたい……」


 俺は船から離れてしまった経緯を説明する。


「恐らく数日で船が到着すると思います……それまでこの海岸から一歩も動きませんからどうか……」


『……わかった、絶対に森に足を踏み入れないというのならそれまでは見逃すことにしよう』


「ありがたい……助かります」


『いいか、この海岸だけだからな……全くどうしてこう厄介ごとが……』


 俺に言い含めながらルーフ様は身軽に木へと登ると、器用に枝から枝に飛び移りながら森の奥へと去って行った。


 少しの間警戒していたが、攻撃が再開する気配はなかった。


(ふぅ……何とかなったぁ……この隙に……トイレだぁっ!!)


 鎧から出られずずっと我慢していたのだ。


 恐る恐るマジカルアーマーから出て、俺はその陰で用を足した。


(ああ、すっきりしたぁ……本当に攻撃は止んだな……ルーフ様ありがとうっ!!)


 どうやらルーフ様が里の皆に俺の意志を伝えてくれたようだ。


 感謝しながら改めてマジカルアーマーの座席へと戻った。


 そして全ての機能を再稼働させると少しだけ移動して、ゆっくりと目を閉じた。


 このまま眠って船が到着するまで待つことにしたのだ。


(しかしどうするかなぁ……こうなると霧を突破する方法を別に考える必要があるぞ……)


 何かいい方法はないものだろうか。


 それこそ霧に惑わされず移動できる手段をと考えて、ふと思いついた。


(そう言えばこのアーマーの加速装置はオーラ突きみたいに高度を保ったまま一直線に突き進んでたよなぁ……)


 途中で方向転換をすることすらできなかった。


 逆に言えばいくら方向感覚を狂わされようとも、一度発動すればまっすぐ飛べるのではないだろうか。


(目的の小島がどこにあるのか、正確な位置さえわかれば強引に進めるんじゃないか?)


 もちろんそこまで魔力が持つか不安もある。


 ただ試してみる価値はあるかもしれない。


(皆が来たら早速相談してみよう……何なら全員が乗れる大きさのマジカルアーマーを作ってテキナさんの魔力で移動してもいいしな……)


 考えがまとまって、とりあえず一安心しながら眠りについた。


「……うおぉっ!?」


 島中が震えるほどの衝撃と爆音にたたき起こされる。


 慌てて周囲を確認すると森の中から炎と黒煙が上がっている。


(な、何が起きてるっ!?)


 状況を確認しようと飛行機能で飛び上がった。


 そしてちょうど煙が上がっている辺りで、木々より大きい魔物が暴れているのを見つけた。


 灰色の狼というのが第一印象だ。


 しかしデカい、かつて見たキマイラをも超えるほど巨大な山のごとき大きさだ。


 それが癇癪を起しているかのように前足で木々を薙ぎ払い、口から竜巻のごとき突風を放ち大陸中を荒らしている。


(な、何だよこいつはっ!?)


 魔王軍の魔物なのか、それともシーサーペントのような別口の魔物なのか。


 判断はつかないがどちらにしても危険であることだけはわかる。


(これはヤバいなぁ……よぉし、逃げるかっ!!)


 どう見ても勝ち目がなさそうだ。


 俺はさっさと海上に避難することにした。


 どうせもうこの大陸に拘る理由はない。


 仮にこれでエルフ族が全滅しようと俺には関係がない。


 だからさっさと逃げ出そうとして、視界の隅にエルフたちが襲われているのが見えた。


 必死に魔法で抵抗しているが、時間稼ぎにもなっていない。


(矢を使わないのは……俺相手に使い切ったからかな……)


 らしくもないことに、何やら申し訳ない気がする。


(まあ高度と距離を取れば安全だろうし……少しだけ手伝ってやるか……)


 俺は安全な距離から魔物の顔に向けて破邪光線(ホーリーレーザーをぶっ放した。


 目を中心に当ててやったために、爆炎が魔物の顔を覆って動きが止まる。


(傷はついてねぇなぁ……けど視界が防がれてれば動くに動けんだろ)


 何度も何度も顔を狙い打って、ただ動きを制限し続ける俺。


「ウォオオオオオオオオオオンっ!!」


「っ!?」


 不意に魔物が咆哮を高らかに上げて、その衝撃で爆炎を吹き飛ばした。


 そしてこちらに振り返ると、身体を翻し襲い掛かってくる。


(少し驚いたが……はは、届くわけねーだろうがっ!!)


 雲より高く飛んでいる俺に魔物の攻撃は届くことはない。


 どうせなのでこのまま囮として誘導してやろう。


 海に向かって進んでいく俺。


 魔物も俺しか目に入らないとばかりにどこまでも追ってくる。


 当然魔物は海の中を進むことになり、さしもの巨体もどんどんと海中に沈みこんでいく。


「グルゥウウウウッ!?」


 気が付けば必死に犬かきして溺れないように努めている魔物。


凍結光線(コールドレーザー)


 意味もなく技名を呟きながら凍結魔法を放ってやる。


 光が魔物の身体をなぞると、少し遅れて着弾点が分厚い氷に包まれていく。


(全身海水塗れだもんなぁ……効果は抜群だなぁ……)


「キュゥウウウ……っ!?」


 悲鳴を上げる魔物の身体が完全に氷に閉ざされた。


 更に念のために周囲の海面も凍り付かせてやった。


 その状態でしばらく観察していたが動き出す気配はなかった。


(ふ、ふはははっ!! お、俺強ぇえええっ!!)


 まさかこれほど巨大な魔物すら何とかできてしまうとは思わなかった。


 俺は高揚を隠せないまま、大陸へと戻った。


 そして海岸に降り立つと、ルーフ様がこちらへと駆け寄ってくるのが見えた。


『さ、サーボ殿っ!? あの魔物……フェンリルはどうなったっ!?』


「あの魔物なら沖合で氷漬けにしておきました……仮に生きていてもしばらくは動けないでしょう」


『そ、そうか……助かった感謝するっ!!』


 先ほどまでとは一転してありがたそうに頭を下げる。


「いえいえ、勇者として当然のことをしたまでです……それよりあの魔物は一体何だったのですか?」


『説明してもいいのだが、その前に里の皆を安全な場所まで避難させたい』


(確かに、あの魔物が動き出さないとも限らないしなぁ……)


 前のシーサーペントの件を思い出す。


「もしよろしければお手伝いいたしましょうか?」


 自然と俺の口から言葉が漏れていた。


『ああ、護衛を兼ねて……よろしく頼むっ!!』


 ルーフ様の懇願を俺は……当たり前のように受け入れるのだった。


「ええもちろん、勇者ですから……」

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