夢
(……ここは、どこだ?)
どうやら俺は眠ってしまっていたようだ。
軽く体をほぐして立ち上がり、俺は周囲を見渡した。
見慣れた勇者の里の訓練場だ。
(ああ……そうだ、修行中に寝てしまったのか)
「やれやれ……まだまだ修行が足りないなぁ」
腰から剣を抜き去り俺はいつも通り、実戦形式で身体を鍛えるべく里の外へと向かう。
「先生っ!!」
「おやおや、いつの間についてきてたんだい? それに今日の訓練はどうしたのかな?」
俺の元に弟子が駆け寄ってくる。
「へへ……先生の戦うところを見て勉強しようとおもったんだぁ」
「全く口先だけは達者なのだから……まあ来てしまった以上は仕方ない、離れないようについてきなさい」
「うんっ!!」
弟子を連れて里の外を散策する。
(本当は遠くまで行きたいところだけど……この子を怪我させるわけにはいかないからな)
俺が手塩にかけて育てた自慢の弟子だ。
もっともっと強く成ってもらいたい。
そのためにも変な怪我など負ってほしくないのだ。
(いや、本当は……俺はこの子を……)
純粋に俺を尊敬し憧れてくれている弟子……ずっと俺なんかについてきてくれた子だ。
だから多分俺は……大切にしてあげたいのだと思う。
「ああっ!! 先生、魔物だよっ!!」
「出てきたな……よし、戦い方を見て覚えるといいっ!!」
出てきたのはホーンラビットという兎に角が生えたような魔物だ。
体高こそ俺の腰ぐらいまであるが、角にさえ気を付ければ大した敵ではない。
だから俺は弟子に良いところを……いや実戦における戦い方を教えようと剣を構え……構えられない。
(ど、どうやって構えていたっけっ!?)
何故思い出せないのだろうか。
何度となく訓練した俺の身体に染みついているはずの構えができない。
(な、何で……と、とにかく敵を倒してから考えようっ!!)
仕方なく剣を最上段に持ち上げたまま魔物へと近づき、急所をめがけて……急所が分からない。
(お、おかしいっ!? お、俺はどうしたんだっ!!)
魔物がこちらを見ている。
いつ襲い掛かってくるかわからない。
ならばその前に切りつけるしかない。
俺は素人のように力任せに剣を振り下ろした。
「ギギィイイイっ!!」
攻撃を受けた魔物は悲鳴を上げて崩れ落ちた。
(な、何とか倒せた……こんな無様なところを見せてしまうなんて……)
恥ずかしくて弟子に顔向けができない。
「凄いやっ!! 流石は先生だっ!!」
「えっ!?」
喜ぶ弟子の声に振り返った俺は、心底尊敬したようにこちらを見つめる弟子と目が合った。
「見事一撃で倒しちゃったぁっ!! やっぱり勇者の里で一番の戦士は違うなぁっ!!」
何かがおかしい……間違っている気がする。
(い、いや俺は勇者の里で一番強い戦士で勇者コンテスト優勝者だ……なのに何故こんなに無様なんだ?)
「い、いやあ今のは調子が悪くて……あんなのを参考にしちゃだめだよ?」
「ううん、僕は尊敬しちゃうよ……才能がないって言われながらも努力だけで上り詰めた先生のことを……」
(そうだ、俺は才能はなかったけど努力だけで皆を見返して……でもじゃあ、何でこんな簡単なことができなかった?)
毎日欠かさず訓練を続けていた。
日々の全てを勇者になるための努力に費やしてきた。
だから構えを忘れるはずがない……剣の振るい方を忘れるはずがないのだ。
(ど、どうなっているんだ……何か違和感が……俺はどうしたんだっ!?)
訳が分からない。
「ほら、先生……そろそろ里に戻ろうよ?」
「あ、ああ……」
無邪気に笑う弟子、この子に心配をかけるわけにはいかない。
俺は手を引かれるままに里へと戻ることにした。
「おかえりなさぁい、せんせぇ」
「戻られましたか先生……」
里に戻った俺たちを違う弟子たちが出迎えてくれる。
「おお、戻ったかっ!!」
「今度また一緒に訓練しようっ!!」
「僕と訓練しようよぉっ!!」
村人たちも俺を優しく出迎える。
最初こそ無能な俺を見下していた彼らも、今では俺の努力を認めて里の一員として扱ってくれているのだ。
(本当に頑張り続けてよかった……このメダルも誇らしい……っ!?)
首からぶら下げた勇者コンテストで優勝した証のメダルが……のっぺりとしている。
確かにちゃんと彫り込まれていたはずなのに、だけど元の形が思い出せない。
優勝してから今日まで大事に身に着けていたというのに、毎日のように見ていたはずが何故思い出せないのだろう。
(何がどうして……お、俺はどうしたんだっ!?)
訳が分からない、頭がくらくらする。
目の前に映る全てが望んだ光景だというのに……俺が努力の果てに掴んだ夢の姿だというのに……現実味が感じられない。
「それより先生……ねぇ、今晩暇ですかぁ?」
「……ごめん、ちょっと体調が優れなくてね……失礼するよ」
弟子の拘束を振り切り家に向かう。
「お帰り……今日も頑張ったわねぇ」
「ああ、お前はうちの誇りだよ」
父と母の笑顔、これもどうしてこんなにも胡散臭いのか。
「ごめん、ちょっと疲れてるから……もう寝るわ」
返事も聞かずに部屋へと戻りベッドに横になる。
まだ日も落ちていないというのに訓練を打ち切ったのはいつ以来だろう。
努力だけで上り詰めた俺にとって、何もしないで時間を過ごす余裕などなかったのだ。
(才能に恵まれてない俺はサボる暇なんかなかった……その程度の覚悟で才能の差を覆せるはずがない……のに、どうしたんだ俺は?)
何故だろうか、こうして昼寝している自分が妙に落ち着く気がする。
まるで慣れているかのように、身体が覚えているかのようにだ。
(馬鹿な……俺はそんな怠け者ではなかった……勇者になるためだけに努力してきたのに……なんで……?)
震えが走る。
このままでは屑で無能な俺に戻ってしまう。
才能がないからと何もかもを諦めたふりをして自分をごまかしていた惨めなあの頃にだ。
(あの頃って……いつだ?)
俺がいつ、何を諦めたというのだろうか。
訳が分からない、頭が混乱する。
多分何かが間違っている、俺は何かを勘違いしている。
だけどそれがわからない。
(くそっ!! どうしたんだ俺はっ!?)
「先生っ!! ま、魔王が攻めてきたよっ!!」
「な、何ぃっ!?」
弟子の悲痛な叫び声を聞いて、俺は急いで家を飛び出した。
「先生……あ、あいつが魔王だっ!!」
弟子が指し示した先には黒づくめのローブを被った魔物が居た。
まさか勇者の里に攻めてくるとは思わなかった。
足元を見れば屈強な里の戦士たちがやられて崩れ落ちている。
「た、助けてっ!!」
「魔王を倒してっ!!」
俺を見て皆が懇願するように声を上げる。
(調子の悪い俺に出来るのか……いや、やらないといけないっ!!)
横には俺の弟子が居る。
大切な弟子を、ここで死なせるわけにはいかない。
「行くぞ、魔王っ!!」
俺は剣を抜き……やはり適当な構えしかできなかったがそのまま踏み込んだ。
そして剣が届く間合いまで到達すると同時に力いっぱい剣を振り下ろした。
「くっ!?」
またしても素人同然の切りつけ。
しかし何故か魔王はぎりぎりで身をひるがえして躱すことが精いっぱいだったようだ。
その際にフードが捲れ顔があらわになり……俺は立ち尽くした。
だってそこには……俺が立っていたから。
(魔王が……俺と同じ顔をしているっ!?)
「先生っ!! こいつを倒してっ!!」
「先生っ!! 今ですっ!!」
「先生っ!! 私たちが抑えますからぁっ!!」
いつの間にか魔王の背後に回った弟子たちが身体を拘束して動きを止めていた。
魔王の素顔に気づいていないのか……気づこうともしていないのか。
「どうしたの先生っ!! 早く倒して……魔王サーボをっ!!」
身体の中で何かが崩れ落ちる音がした……気がした。
吐き気が止まらない。
目の前の現実が受け入れられない。
(何だこれは……何を言ってるんだコイツラハ?)
「憎い憎い魔王サーボを倒せるのは今だけですっ!!」
「日頃の恨みも込めて、一気にやっちゃってくださいぃっ!!」
「……な、なんで?」
訳も分からず呟いた言葉に、俺の弟子が……答えた。
「だって先生は……ずっと魔王サーボが大嫌いだったじゃないですかっ!!」
(ああ……ああああ……あぁあああああああああああああああああああああっ!!)
目の前がチカチカと点滅する。
吐き気が込み上げる。
苦しい、ムカつく、気持ち悪い、辛い、痛い、悲しい。
だけどそうだ、思い出した……思い出してしまった。
「はは……ははははっ!!」
笑いが込み上げる。
目の前に映る全てが茶番だ。
呆けたように俺を見つめる弟子たちも、里の連中も……俺自身すら愚かだった。
「せ、先生……どうしたんですか?」
「なあ、君たちは俺のことが好きかな?」
「は、はい……私たちは先生のことが大好きですよ?」
ずっとついてきて俺を知り尽くしている弟子たちの答えを聞いて、俺は納得したように頷いて見せる……表面上はだ。
(あり得ないんだよ、そんなこと……俺が真っ当に好かれるはずがないんだよっ!!)
勘違いや誤解の果てならばともかく、それ以外で俺が人に好かれるはずがないのだ。
一番長く付き合い一番全てを知り尽くしている俺自身が……嫌いなのだから。
(ようやくわかったよ、違和感の正体が……)
努力して全てを手に入れた俺、才能の有無に負けなかった輝かしい俺。
それが嘘っぱちなのだ、そんな立派な人間なら俺は自分を誇らしく思う。
だけど俺は俺が嫌いだ、それは胸の奥から湧き出す感情が証明している。
(なら間違っているのは前提のほうだ……この世界の方が狂ってるんだっ!!)
「皆、俺を好きだというなら魔王から手を放してあげて欲しい」
「えっ!? で、でもいいのっ!?」
(いいに決まってるだろ、そっちが本当の俺なんだからよぉっ!!)
恐らくはそういうことだ。
皆から嫌われていて、俺が嫌っているそいつこそが真の俺だ。
「俺の言葉が聞けないのかな?」
「い、いえ……わかりました……」
弟子たちが拘束を解いた魔王サーボは俺を不思議なものを見るような目で見ている。
(全く締まりのない顔だよ……そんなだから駄目なんだよ……俺よぉ)
情けない限りだ、だけど仕方がない。
俺はそんな自分の手を取ると敵しかいない里から外へ連れ出すべく歩き出す。
「せ、先生っ!? ぼ、僕たちを置いて行くんですかっ!?」
「こ、ここにいてくださいよぉ……せんせぇっ!!」
「何で外に行くのですかっ!? ここには先生の望んだ全てがあるじゃないですかっ!!」
(それが間違いだからだよ……大体ここじゃあ俺は……魔王サーボは生きていけないじゃないか)
俺は俺の命の為なら何でも踏みにじれる……快楽も誘惑も夢も理想も……俺自身が築き上げた全てをもだ。
「じゃあな、皆……俺は自由だぁああああああああああああっ!!」
俺以外の全員を置いて駆け出す、そしてもう一つ思い出した。
(そうだよ、俺は……俺はあいつらを置いて逃げ切るんだぁあああっ!!)
何から逃げるのか、逃げてどうするのか、そんなことはわからない。
だけどこの無様で行き当たりばったりで、無能極まりない行動しかできないのが俺だ。
(やっとしっくりきた……もう二度と忘れねぇ……これが俺だ……屑で無能のサーボだっ!!)
魔王サーボ、いや本来の大っ嫌いな俺と共にどこまでも生きて行こう。
俺らしく生きていける場所で……何もかも無くしても俺として生きていける場所にだ。
『お見事です』
聞き覚えのない声が頭の中に響いたと思うと同時に、俺の意識は真っ白い光に包み込まれた。
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