宝箱と大僧侶の試練
「勇者サーボ様ぁっ!! よくぞお戻りくださいましたぁっ!!」
魔王軍の討伐を終えた俺たちは報告の為に王都リースの王座の間へとやってきた。
すると何故かテプレ様は土下座せんばかりの勢いで頭を下げて俺たちを出迎えた。
「ど、どうしましたかテプレ様」
「結界を攻撃していたワイバーンを含む魔物の気配が消えました……サーボ様方が退治してくださったのでしょうっ!!」
「ええ……正確にはサーボ先生が一人でドラゴン軍団を退治してしまわれたのです」
(やっぱり誤解されてるよなぁ……こんなことが噂になったらまずいし、流石に訂正するかぁ)
「いやそれは……」
「ああ、流石はサーボ様ですっ!! そのような立派なお方を僅かなりとも疑ったこの愚かなテプレをどうかお許しくださいっ!!」
「……い、いや頭上げましょうよぉ」
ついに土下座して俺の言葉を遮ったテプレ様。
(何でこんな泣き出しそうな罪悪感に満ちた顔してんだよ?)
「全てサーボ様が正しかったのです、ワイバーンを囮に進行するサンドワーム……なのに私は目先の危機に囚われて……うぅ……」
どうやら大僧侶らしく人を疑ったことを全力で後悔しているようだ。
(この国の代表として住民のことを第一に考えた結果だろうに……生真面目だなぁ)
「お気になさらないでください……そのようにテプレ様が思い詰めているとも知らず、きちんと説明しなかった俺が愚かなのです」
「いいえっ!! サーボ様こそ勇者の中の勇者……英雄の中の英雄でございますっ!! 愚か者は私のほうでございますっ!!」
半狂乱と言わんばかりの勢いだ。
せっかくの美貌を歪めて涙を流しながら何度も土下座して床に頭を叩きつけるテプレ様。
正直恐ろしい。
「さ、サーボ先生はそんなこと気にする人じゃないよぉ……そんなことしなくていいんだよぉ」
「ですが……ですがぁ……ああ、私は何と浅ましい人間だったのでしょうかっ!! 大僧侶どころか人として失格でございますぅっ!!」
「て、テプレ様……お願いですから頭を上げてください、サーボ先生も困っておられますよ」
「ああっ!! またしてもサーボ様を困らせるなどっ!! 私はゴミ以下の人間ですぅううっ!!」
すさまじくやりずらい。
(これじゃあ会話にもならねぇ……どうしたもんかねぇ)
「テプレ様お顔をお上げくださいませ、貴方様の結界があればこその成果でございます……こちらこそお礼を言わせてもらいたい」
「ああ、何とありがたいお言葉なのでしょうか……身に余る光栄でございますっ!!」
どう考えても立場が逆な気がする。
「辛い立場で在られながら俺の言葉通りよく堪えてくださいましたね……テプレ様の偉業にはただ感謝するばかりです」
「そのような事はございませんっ!! 勇者サーボ様の成した偉業に比べ器の小さき私は何と惨めなことでしょうっ!!」
(良いからさっさと正常運転に戻れよ……やりずらいんだよ)
「いいえ、むしろ大僧侶テプレ様の心をここまで痛めてしまった俺の無様さこそ哀れな限りです、どうかお許しください」
「わ、私のような醜きものに謝罪などおやめくださいっ!! サーボ様は崇高にして偉大なる世界でも最も尊きお方なのですからっ!!」
表現がすさまじくなってきた。
(さ、流石大僧侶……狂信者ぶりが他の誰よりもすさまじい……)
もう俺の手に負えそうにない。
「はぁ……シヨちゃん、悪いけど後は君に任せるよ」
「はぁい……テプレ様ぁ、キリがないのでこの辺にしましょうねぇ……私たちこの後まだ行くところがあるんですよぉ」
「ああ、またしても私は迷惑をかけてしまったのですね……申し訳ございませんっ!!」
「いいですからぁ……まだ私たち例の宝箱開けれてないんですよぉ、だから西にある大聖堂へと行かなきゃいけないんですぅ」
何とか会話を打ち切って立ち去ろうとする俺たち。
しかしテプレ様は顔を上げると涙をぬぐいながら驚きの言葉を口にした。
「そ、そうでした……その件なのですがあれから少し調べたところ、イーアス様が残した日記の一部にそれらしい記述がございました」
「ど、どんな内容だったのっ!!」
即座に食いついた大盗賊カノちゃん。
「はい、詳細をまとめますと……件の大聖堂で試練を潜り抜けると隠し部屋の扉が開かれ、そこで封印は解かれるとのことでした」
「封印……それってこの宝箱ってことなのかなぁ?」
「他に記述はないので断言はできませんが、他に思い当たることがございません」
「なるほどね、とても為になる情報だったよ……ありがとうテプレ様」
俺の言葉を受けたテプレ様は両手を合わせて拝むように頭を下げた。
「ありがたいお言葉ですっ!! 私などでもサーボ様のお役に立てたのですねっ!! ああ、身に余る光栄でございますっ!!」
まるで神に祈らんばかりの勢いだ。
(他の奴らとは違う形での愛情表現だなぁ……まあこれなら恋愛系には発展しなさそうだからいいけどさぁ)
「じゃあやっぱり絶対に洞窟に行かなきゃねっ!! 今から急げば今日中に辿り着くよっ!!」
「カノちゃん落ち着いて……でも確かに移動するなら早いほうがいいねぇ」
(この場所に居続けるのは居心地が悪すぎるからなぁ……ちょうどいい口実だ)
「わかりましたサーボ先生……ではテプレ様、我々はこれで失礼いたします」
「あ……お、お待ちくださいっ!! 私もお供させていただきますっ!!」
「えっ!?」
驚く俺たちの目の前でテプレ様はドレスを大胆にも脱ぎ捨てる。
すると下から質素な旅装束が現れ、いつの間にか十字架を模した小柄な杖も保持している。
どうやら最初からついてくるつもりだったようだ。
「大聖堂は僧侶が修行する地ですからそこで行われる試練も僧侶のためのものだと思われます……是非ともご協力させてくださいませ」
「確かに理屈の上ではそうであろうが……しかし、この場を離れても結界は維持できるのですか?」
「ええ、魔力が尽きない限り領内に居りますれば自動で維持されます……どうか私めにも恩返しする機会をお与えくださいっ!!」
やる気満々で全く引く気がない。
この調子では置いて行っても後から追いかけてくるだろう。
(まあ何が起こるかわからんし、大僧侶が居れば俺の身はより安全だし受け入れるか……居心地が悪くなりそうだがそこは我慢だなぁ)
「ありがたい提案です、こちらからもお願いさせていただきます」
「このような強引な提案を受け入れて頂いて感謝いたしますっ!! 流石はサーボ様、器の大きさを直に感じておりますっ!!」
何を言っても褒めたたえてくる。
「じゃあ早速行こうよっ!! 僕もう待ちきれないよぉっ!!」
ササっと王座の間を飛び出したカノちゃんに呼ばれるまま俺たちも後に続く。
「行ってらっしゃいませテプレ様っ!! サーボ様、どうか大僧侶様をお願いいたしますっ!!」
既に話は通してあったらしく、門番も俺たちに敬礼して見送ってくれた。
(どいつもこいつも俺を見る目が輝いてる……ワイバーンの群れをせん滅したって既に噂になってやがるなこれ……)
ますます面倒なことになりそうだ。
俺は内心ため息をつきながら人力車に乗り込むと壁に寄りかかった。
「めぇええっ!!」
「まあ可愛らしい……触ってもよろしいのですか?」
「もちろんですぅ、ムートン君は優しいから寄りかかっても大丈夫ですよぉ」
「ではお言葉に甘えて……うふふ、フカフカで心地よいのですねぇ」
移動中、テプレ様がムートン君の身体を堪能して無邪気に微笑んでいる。
「サーボ先生はムートン君と遊ばなくていいの?」
「ああ……せっかくだしテプレ様の相手をしてもらおうじゃないか」
(ムートン君も俺のこと誤解してたしなぁ……うぅ……味方が欲しいよぉ……)
もう気が休まる場所が殆ど無くなってしまった。
俺は内心涙を堪えながら、今後のことを考え始めた。
(何だかんだでこの国は平和になった……何とか理由をつけてこの国に留まりたいところだ……)
「しかしサーボ先生、本当にツメヨ国への救済は後回しにしてよろしかったのですか?」
テキナさんが申し訳なさそうに口にする。
「ああ、魔王軍は強敵だからこそ俺たちもしっかりと準備をしなければ逆に返り討ちにされかねないからね」
(準備できても行かないけどな……今回の件で時間を稼いでる間に何とかこいつらを説得できる材料を探さないとなぁ)
「それはその通りなのですが……果たして本当にその宝箱には魔王対策になりうる物が入っているでしょうか?」
「確かに断言はできないが、マーセ様が残した道具であれば何であれ役に立たないことはないだろう」
ただ単にツメヨ国に行きたくないだけの一心で俺はテキナさんを説き伏せる。
「恐らくはカーマとセーヌが向かったはずだしそうそうやられるはずもない……俺たちはやれることを一つずつ確実にやって行こう」
「わかりました……サーボ先生のおっしゃる通り私は少し焦り過ぎていたようですね、目の前のことを確実に終わらせていきましょう」
「きっとこの宝箱には凄いものが入ってるよ……あ、見えてきたよ洞窟っ!!」
前のクイーンサンドワームが居た洞窟より一回りほど小さい入り口が見えた。
それでも人が二人ぐらいなら並んで歩けそうな大きさだ。
「では早速行こうか、テキナさん、カノちゃん、テプレ様、シヨちゃん&ムートン君、俺の順番で行こう」
いつも通りの並びで、真ん中にテプレ様を配置する。
これでいざというとき前にも後ろにも回復魔法がかけられるはずだ。
(結界の中だから後ろから魔物に襲われる心配はないし……罠があっても前にいるテキナさんとカノちゃんが処理してくれるだろ)
「よーし、やるぞぉっ!!」
「おーっ!!」
やる気満々の子供二人に引っ張られるように俺たちは洞窟へと入って行った。
内部は元修行者の手によるものか、一応最低限の光源となる苔のようなものが壁や天井部分に敷き詰められている。
おかげで足元がおぼつくこともなくどんどん先へ進んでいくことができた。
「分かれ道だ、どちらに進むべきか……」
「基本は左か右の壁沿いに進むのが迷路の鉄則だけど……その試練がある場所って一番奥なの?」
「はい、一番奥にある大聖堂に魔力を流すことで始動されるとのことでした」
「そっかぁ、じゃあ多分右だね……地面に大聖堂へ向かった人たちが頻繁に歩いて固めた跡があるからね」
あっさり言い切り進むカノちゃん。
その後も何度かあった分かれ道を的確に判別し、見事迷うことなく大聖堂までたどり着いた俺たち。
「流石は大盗賊の称号を受け継ぎしカノ様です、私も見習わなければなりませんね」
「えへへ、でも領内全部を結界でカバーしてるテプレ様には敵わないよぉ」
(伝説の称号持ち二人が褒めたたえ合ってる……よく考えたら今のパーティ凄まじい戦力だわ)
勇者の中でも最高の実力を持つテキナさん。
大盗賊の称号に恥じない能力を持つカノちゃん。
大僧侶であり広大な結界を維持できる魔力を持つテプレさん。
独裁者であり世界の支配者に成り得る素質を持つシヨちゃん。
最後はともかく、他の三人は間違いなく魔王にも通じる力の持ち主だ。
(本当に俺がもう少し強ければ……はは、どこまで行っても俺の無能は足を引っ張りやがる)
勇者の里では役立たずの屑でしかなかった。
旅に出てからも他人の能力に寄生する屑のままだ。
(いい加減、何とかしないとなぁ……ここまで来たら最低限の責任は取らないとな)
いくら何でもこれほどの才能の持ち主を俺の元で遊ばせておくわけにはいかない。
やはり近いうちに全員を他の奴らに引き渡す必要がある。
どんなことをしてでも……俺の正体を暴露してでもだ。
(魔王は退治しないといけない、俺自身の安全のためにもだ……)
自分の命を守るためなら俺はどんなものでも踏みにじることができる。
他人の好意であろうと……俺自身のポリシーや立場、プライドであろうともだ。
「サーボ先生、何してるのぉ?」
「サーボ先生ぇ、早く来てくださいよぉ」
「サーボ先生、如何なさいましたか?」
「サーボ様、こちらへいらしてくださいませ」
「めぇええっ!!」
目の前でみんなが俺を呼んでいる。
無能で役立たずな俺を待っている。
(本当に、いい加減に開放してやらないとなぁ……)
「すみません、ちょっと考え事をしていたもので……」
「サーボ先生ったらぁ、目の前のことを確実に片付けていこうっていったのは先生じゃないかぁ」
「……そうだったね、その通りだ」
俺は頭を振って余計な考えを飛ばす。
少なくともここまで来た以上は宝箱を開けることを優先しよう。
後のことは後で考える。
どうせ先のことを考えたって無能な俺の思い通りになるわけがないのだから。
通路から抜け出し大聖堂のある広く開けた空間へと足を踏み入れた。
一辺が100m程もある立方体状に切り抜かれた真四角な空間だ。
正面には女神像が立ち並び、中央には細く縦に伸びた台座がありその上には岩をくり抜いて作った本の形をしたものが置かれていた。
「うーん、多分ここに隠し通路があるんだろうけど……開け方わからないやぁ」
カノちゃんがあっちこっちを探し回ったと思うと、台座の近くの大地を軽く叩き始めた。
「テプレ様が調べた通り試練を乗り越えないと開かないんだろうねぇ」
(大盗賊のカノちゃんですら開け方がわからなかったとは……テプレ様が調べてなかったらお手上げだったなぁ)
テキナさんで強引に穴をあける手もあるが、恐らく宝箱と同じようにそんなやり方には対策されていることだろう。
「うぅ、ちょっと悔しいなぁ……でも適材適所だもんね」
「その通りだ、我々はそれぞれが出来ることをやればいい……ですよねサーボ先生」
「そうだ、一人でできることには限りがある……だから絆で結ばれた仲間を頼るんだよ」
(俺は何もできないけどなっ!! だから全部頼り切りでーすっ!!)
「素晴らしいお言葉ですサーボ様……では試練を起動いたしますっ!!」
テプレ様が正面奥の中央にあるひときわ大きい女神像に触れると魔力を籠め始めた。
すると部屋中に光があふれ始め、その全てが台座の上にある本型の置物へと吸い込まれていく。
「おお、本が実物になったぞっ!!」
「ふぅ……後はその本に手を重ねれば試練が始まります」
テプレ様が女神像から手を離しこちらへと近づいてくる。
どうやら一度起動すればしばらくの間は維持されるようで本が岩に戻ることはなかった。
「ええとぉ、皆で本に手を重ねればいいんですかぁ?」
「いいえ、パーティの誰かが成し遂げれば扉は開きます……それに一度に一人しか挑むことはできないのです」
「なるほど……ちなみに万が一失敗した場合はもう一回挑むことはできるのかな?」
「いえ、一度失敗した方は二度と試みることはできないようです」
(おいおい、結構厳しいじゃねえか……本当に大僧侶を連れてきてよかったわぁ)
「け、結構厳しいなぁ……でもテプレ様なら大丈夫だよね?」
「どうでしょう……過去に何人もの大僧侶が挑んだそうですが、この試練を超えた方はいらっしゃらないそうですから」
「な、何ということだ……それは厳しいっ!!」
「ですがやらせていただきますっ!! 魔王が復活した今、何があっても成功させねばいけません……偉大なるサーボ様のためにもっ!!」
きりっと真剣な顔つきになって本に手を伸ばそうとしたテプレ様。
「ちょっと待って……この試練は誰でも受けれるんですよね?」
「は、はい……それがどうかいたしましたか?」
「いやパーティの誰かが合格すればよくて、恐らく成功する確率が高いのがテプレ様だが……どうせならもっと確率を上げておきたい」
俺はシヨちゃんへと視線を移した。
「ええとぉ……わ、わかりましたぁっ!! 先に他の人が試練を受けることでどんな内容か把握しようってことですねぇっ!!」
「そういうことだ、どんな試練かわかっていれば対策ができるかもしれない……だからまずはテプレ様以外がやるべきだ」
(一人一度しか挑めないから慎重に行かないとなぁ……もっと早く言えよなぁそういうことはよぉ)
先に知っていれば国内中の兵士を総動員して連れてこさせたというのに。
「し、しかしそれはカンニングのような……よろしいのでしょうか?」
俺の提案に真面目なテプレ様が困惑したような声を出す。
「テプレ様自身がおっしゃいました通り、魔王が復活した今は確実に試練を成功させなければいないのです……心苦しいとは思いますが」
(テストとか試験じゃねえんだからいいに決まってるだろうが、真面目ちゃんかよ……真面目ちゃんだったわぁ)
「……確かに余り褒められたことではないが、今も魔王軍に苦しめられている者達を思えばどのような手を使ってでも試練を攻略しなければいけませんね」
同じく真面目なテキナさんだがこちらは納得したように頷いた。
「ああ、そうでした……またしても私は自分の考えに凝り固まり恥ずかしい発言をしてしまいましたっ!! 申し訳ございませんっ!!」
テプレ様も俺たちの言葉を聞いて衝撃を受けたように俯くと、自らの発言を撤回した。
「わかっていただければ幸いです……じゃあ理解が早かったシヨちゃんから挑んでみてくれないかな?」
試練の内容次第ではダメージを受けるかもしれない。
となると非常時に備えて今は役に立たなそうなシヨちゃんにやらせるべきだ。
(俺はこんな得体のしれない試練は受けたくないからな……)
「えぇっ!? わ、私ですかぁっ!?」
「ああ……一番幼い君はある意味純粋だ、もしかしたらクリアしてしまうかもしれないねぇ」
(全く純粋じゃねぇけどな……まあ適当に持ち上げとけばやるだろ……)
「そ、そんなぁ……えへへ……じゃ、じゃあサーボ先生がそう言うならやってみますねっ!!」
案の定、嬉しそうに笑いながらムートン君の背中から何とか台座の上に手を伸ばし本の表紙に触れたシヨちゃん。
途端にシヨちゃんの身体が泡にも似た半透明の膜につつまれて宙に浮かび上がる。
「し、シヨちゃんっ!?」
驚く俺たちをしり目にシヨちゃんはまるで眠りに落ちたかのように目を閉じてしまう。
「こ、これは……大丈夫なのですかテプレ様っ!?」
「え、ええ……試練を失敗した者が帰ってきたとの記述もありましたから問題はないはずです……」
「な、ならいいけど……シヨちゃん頑張ってぇ……」
皆が見つめる中、不意にシヨちゃんを包んでいた膜が破れて身体が大地へと落下していく。
「きゃぁああっ!?」
「めぇええっ!?」
咄嗟にムートン君がクッション代わりに受け止めたので外傷はなさそうだ。
「大丈夫かい、シヨちゃんっ!?」
「あ、あれぇ……さ、サーボ先生っ!? こ、ここは……はぅううっ!!」
俺の顔を見て、ついで周りを見回したシヨちゃんは顔を真っ赤に染めると恥ずかしそうに両膝を抱えて丸くなってしまった。
「し、シヨ……何があったのだっ!? 痛いところはないかっ!?」
「うぅぅ……け、怪我とかは多分大丈夫ですけどぉ……ご、ごめんなさぁあい……失敗しちゃいましたぁあ……うぅ……」
半泣きで蹲るシヨちゃん。
(とりあえず失敗しても致命傷は負わずに済みそうだな……まあそれでもやりたくねぇけどなぁ)
「そっかぁ、残念だったねシヨちゃん……」
「ああ……ちなみにどんな試練だったんだい?」
「そ、それは……うぅ……い、言っても仕方がないですぅ……試練が始まると記憶が飛んじゃうのでぇ……」
カノちゃんに背中を摩られながら涙声で言葉を紡ぐシヨちゃん。
「どういうことかな? 言いづらいんだろうけど、人々の運命が掛かっているかもしれないんだ……教えて欲しい」
「はぅぅ……し、試練が始まると違う場所に飛ばされてぇ……だけど記憶がないから元からそこに居たって錯覚しちゃうんですぅ……」
「シヨ様の身体はこの場所に残っておりました……恐らく一時的に意識と精神に干渉して夢を見せていたのでしょうね」
「そ、そうなんですかぁ……と、とにかくそこで何かをすればいいんでしょうけどぉ……ごめんなさい、これ以上分からないですぅ……」
どうにも歯切れが悪い。
「じゃあせめてシヨちゃんが体験した内容を教えてくれないかな? どこに飛ばされてそこで何をしたのか?」
「そ、それはぁ……勘弁してくださぁい……うぅ……試験を受ける前のことは何も思い出せないから……対策なんか無理ですよぉ……」
シヨちゃんはそれ以上何も語ろうとはしなかった。
(役に立たねぇ……でも事前に対策できないよう記憶を軽く操作してくるとは予想外だったなぁ)
試練を作ったのは恐らくイーアス様だろう。
流石は大英雄の一人、この手のズルは見越していたようだ。
「い、如何なさいましょうかサーボ様……この様子では私が挑んでしまったほうがよろしいと思いますけれども」
「一応もう一回は試してみよう、何か掴めるかもしれないからね……つぎはテキナさんが試してくれないかな?」
恐らく同じ子供のカノちゃんに頼んでは、失敗したときに内容を話したがらないだろう。
逆に大人のテキナさんであれば、ある程度は嫌なことを我慢して口を開いてくれるだろう。
「は、はい……わかりましたっ!!」
同じようにテキナさんもまた台座の前に立つと、本の上にそっと手を乗せた。
「あっ!?」
先ほどと同じように泡に包まれて浮かび上がるテキナさんを見て、初見のシヨちゃんだけが声を上げた。
やはり目を閉じて眠っているようだ。
(この夢の中で何をしてるんだ……悪夢を見てるのか、それとも……?)
シヨちゃんの様子を思い返す限り怯えてはいなかった。
(僧侶の試練、僧侶の特徴と言えば善良さ……良い夢を見て欲望に溺れずにいられるかとかかな?)
だとすれば失敗したシヨちゃんが恥を感じている理由にもつながる。
「シヨちゃん、ひょっとして……っ!?」
「くぅっ!?」
俺の推測を尋ねようとしたタイミングで、テキナさんの泡が破れ大地へと落ちた。
「こ、ここは……さ、サーボ先生っ!? そ、そうか私は……も、申し訳ございませんっ!!」
やはり俺の顔を見て周りを見回すと青ざめた様子で土下座するテキナさん。
「その様子では失敗したようですね……まあ気にしないでいいから」
「も、申し訳ございませんでした……わ、私としたことが……うぅ……」
「それでテキナさんが受けた試練はどんな内容だったのかな?」
「そ、それは……その……お、恐らくはシヨと同じで……な、何も思い出せず別の場所に飛ばされ……失敗しました……」
やはり歯切れが悪く詳細を語ろうとしないテキナさん。
「出来れば詳細を聞きたいんだけど……駄目かな?」
「お、お許しください……あ、あのような恥ずべき行為を知られては私はもう生きていけません……うぅ……」
テキナさんの青ざめていた顔色が急に赤く火照り、涙目で膝をついて頭を抱えてしまう。
(役に立たねぇ……本当に精神的な攻撃に弱い連中ばかりだよ……)
心中でため息をつきながら、俺は落ち込んでいる二人に向かい自らの考察を口にした。
「これは俺の推測だけど、二人とも良い夢を見て欲望に溺れてしまったんじゃないかな?」
「うぅっ!?」
「はぅっ!?」
あからさまに固まる二人。
(やっぱりかよ……仮にも勇者が私欲に走るなよなぁ……)
「よくわかったねぇサーボ先生」
「本来は僧侶が受ける試練だからね、私利私欲のなさを試すものなのだと見当をつけただけだよ……」
しかしこの調子ではやはり大僧侶に任せるしかなさそうだ。
「仕方ない、こうなったらテプレ様に全てを託すよ……頼んでいいかな?」
「お、お任せくださいサーボ様っ!! 必ずやあなた様のお役に立って見せますっ!!」
「ど、どうせ私は役立たずだ……うぅ……っ」
「ふふ……やっぱり私は足手まといなんだぁ……うぅ……っ」
テプレさんの言葉にテキナさんとシヨちゃんが地味にダメージを受けている。
「カノちゃん、ムートン君……二人のケアをよろしく」
「はーい……よしよし、二人とも役立たずなんかじゃないよー」
「めぇええ……」
二人のお世話を任せて、俺は試練に挑戦するテプレ様に意識を集中した。
「では、やらせていただきますっ!!」
呼吸を整え本に手を重ねたテプレ様が、泡に包まれて宙に浮かび上がった。
(万が一これで失敗したら諦めるかぁ……けどなぁ、ここまで厳重に守ってるんだから相当のアイテムだよなぁ……)
魔王退治に必須のアイテムならば何としても手に入れて……皆と共に本当の勇者に譲り渡さなければいけないだろう。
邪な理由かもしれないが俺も魔王は退治しておきたいのだ。
(だけど無能な俺じゃあできねぇからなぁ……頼むぜ皆よぉ)
俺はちらりと横目で仲間を見つめ、そしてテプレ様へと視線を戻した。
それぞれ各分野で頂点を目指せる才能の持ち主たちだ。
きっと俺と違って完璧に己の役割をやり遂げるだろう。
(俺はそれを安全なところから見守ってるからよぉ……足手まといにならないように)
俺は決意を固めた。
今回ここで宝箱を開けたらそれで旅を終わらせようと。
(そのためにも頼むぜテプレ様……大僧侶の名にふさわしい活躍を見せてくれっ!!)
祈る様に見つめる俺の目の前で泡が激しく輝きを増して……弾けてテプレ様が落下した。
「ひゃうっ!?」
(隠し通路が開いてない……こいつ失敗しやがったぁああああっ!!)
「あ、あれ……さ、サーボ様ぁ、ここはっ!? あぁっ!! も、申し訳ございませぇえええんっ!!」
俺を見て顔を火照らせたかと思うと、全身から汗を流し激しく土下座するテプレ様。
「……誰だって失敗することはあるよ……うん、仕方ない……」
「うぅっ!! だ、大僧侶などと大げさな称号を受け継いでおきながらこの体たらくっ!! 恥ずべきばかりでございますぅうっ!!」
(いや本当にな、恥さらしもいいところだよお前さぁ……あれだけ絶対に開けるみたいなこと言っていて……はぁ……信じた俺が馬鹿だったよ……)
「し、仕方ない……あのような底意地の悪い試練を乗り越えれるはずがないのだ、うん」
「そ、そうですよぉ……悪いのはあんな意地悪な試練を作った人ですよぉ、私たちは悪くないですよぉ」
「うぅ……そ、そうなのですか……そ、そうですよねぇ……そうに決まってますよねぇ……」
負け犬同士で傷をなめ合う三人。
(おいおい、しっかりしろよ勇者に大僧侶に独裁者様よぉ……)
「さ、サーボ先生……ど、どうしようか?」
(うーん、やっぱり嫌だなぁ……押し付けよう)
「……カノちゃん、やってみるかい?」
「うぅ……さ、サーボ先生お先にどうぞ……」
「……よーし、ムートン君も挑戦しようなぁ」
「め、めぇええっ!?」
声をかけられて後ずさるムートン君を即座に捕まえた俺とカノちゃん。
「痛くしないからねぇ……安心して受けてくださいねぇ……」
「め、めぇえええっ!? めぇええええっ!?」
「ほら暴れないの……大丈夫、怖くないよー……」
強引に本の表紙に前足を触れさせられたムートン君もまた泡に包まれて浮かび上がった。
「頑張れームートン君ー君ならできるよぉー」
「上手くいけば勇者や大僧侶を超えられるぞー、ファイトー」
「「「はぅううっ!?」」」
負け犬三人が傷付いているが気にしている余裕はない。
俺たちが期待を込めて見守る中、当然のように泡は弾けてムートン君が大地に落下した。
「め、めぇぇ……めぇええええええっ!?」
まるで恥を吹き飛ばそうとするかのように大聖堂内を爆走するムートン君。
「駄目だったかぁ」
「駄目だったねぇ」
他人事のようにつぶやきながらお互いにお互いを見合う俺とカノちゃん。
「しかし恥をかくのもまた成長には重要な要素だ、俺の弟子としてこの機会を生かし更なる成長を遂げておいで」
「うーん、だけどお手本を見せてもらうのも成長には重要だと思うなぁ……弟子の成長の為に一肌脱いでよ」
「あはは、それも悪くないけど何事も体験したほうが確実に力になるよ……ほら、頑張って」
「で、でもでもさぁ……だったら僕よりサーボ先生が経験して力を身に着けたほうがいいと思うよ、頑張ってね」
(こいつ……弟子の分際で俺に逆らおうっていうのかっ!?)
俺に口先で勝てるものか。
思い知らせてやろう。
「カノちゃん、嫌がってる場合じゃないよ……世界の為にもこれはしなければいけないことなんだ、我儘を言ってる場合かい?」
「うぅ……そ、それはそうだけど……サーボ先生がやってもいいんじゃないかなぁ?」
「勿論カノちゃんが失敗したらやるよ……ただ色々と考えたいことがあるから先にやって観察させてほしいんだよ」
「……絶対うそだぁ」
(今更何言ってんだか……俺は全身嘘塗れだよ……最もこれに関しては嘘じゃないけどな)
どうせ大僧侶ですら失敗してるのだから、今更俺がミスったところで何とも思われないだろう。
それよりも万が一にも宝箱を開けられる可能性があるならやるべきだ。
(まあ嫌なのは嫌だからカノちゃんが開けてくれればそれでいいんだけどなぁ……)
「嘘じゃないよ、だからほら……手をついて……」
「うぅ……わかったよぉ……やってみるけど、期待しないでね……」
「ああ、駄目で元々だ……大僧侶ですら駄目だったんだからね」
「はぅうっ!?」
テプレ様がまたダメージを受けているが、あんな役立たずはどうでもいい。
「仕方ない、仕方ない、誰だってあんなものはクリアできない……」
「気にしない、気にしない、きっとあの二人も失敗しますよぉ……」
「めぇええ……めぇええ……めぇええ……」
「うう、皆さんありがとう……これが絆ですね……」
気が付けば負け犬の会にムートン君まで加わっていた。
(お前らさぁ、そこは一応成功するよう祈っとけよ……)
まあそんなことはどうでもいいので放っておこう。
「よ、よし……じゃあやってみるねっ!!」
勢いよく本の表紙を触ったカノちゃんが泡に包まれて浮かび上がる。
(この状態で外から泡を割ったらどうなるんだろう……危険だからやらないけど)
「……カノ」
「……カノさん」
「……カノ様」
「……めぇええ」
皆が見つめる中、大盗賊の称号を受けた少女を包む泡がふっと膨らみ……弾けた。
「うわぁあっ!?」
(だよなぁ……はぁ……やっぱりこうなるのかぁ……)
「ここはぁ……さ、サーボ先生……っ!? ぼ、僕は……あ、あぁああああっ!?」
顔を真っ赤にして大地をバンバンと叩くカノちゃんに忍び寄る三人と一匹。
「仕方ない……仕方ない……」
「気にしない……気にしない……」
「忘れましょう……忘れましょう……」
「めぇええ……めぇええ……」
「み、皆ぁ……うぅ……温かいなぁここは……うぅ……」
(おいおい、どいつもこいつも……はぁ、こうなったらやるしかないかぁ)
俺は落ち込んでいる皆を置いて一人台座の前に立つと、軽く深呼吸してからそっと本に手を重ねた。
「っ!?」
途端に目の前が暗転して、俺は自然と瞼を閉じるのだった。
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