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テセウスのゆりかご  作者: タカノケイ
最終章 1
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最終章 11

 電磁銃が命中した手榴弾が爆発して、大きな爆音が連続して鳴った。


「当たった!」


 ダイチは部屋の中を凝視する。だが、暗闇と煙で中の様子がわからない。


「だめか」


 肩を落としそうになった瞬間、ひゅーん、とひとつひとつは微かな音が重なりあった音が響いた。そして、通路は真の暗闇と静寂に満ちる。


「おらあ! どうだ! ちくしょう! ざまあみろ!」


 予備電源を落とした。これでもう、NIは終わった。もう何もできないのだ。叫び続けたい気持ちをこらえて、ダイチは発光灯の微かな灯りを頼りに、急いでマシロの上に屈みこむ。発光灯の微かな灯りに照らされた小さな姿を見て、指先が痺れるような不安を感じた。


「終わったぞ。帰ろうな、マシロ。もうちょっとだからな」


 叶いそうにない言葉を吐いて、マシロの頬に指を滑らせた。大事に抱えあげて、なるべく衝撃を与えぬように気を付けながらも速足で歩く。ザックのある場所まで移動し、追手が来ないことを確認してから、再びマシロを床に下ろした。

 マシロのバトルスーツからも全ての発光灯を取り出してあらゆる場所に取りつける。頼りない灯りの下でマシロのバトルスーツを確認すると、腕と足、そしてわき腹が破れて大量の出血があった。

 スーツに備え付けられている修繕用のテープを穴の開いた場所に貼り付けてから、スーツに止血を支持する。出血をした部分のスーツが凹んで、スーツの機能がまだ生きていることを示した。

 ほんの少しだけ安堵して、ダイチはマシロの口にドリンクのボトルを押し当てる。マシロはこくこくと喉を鳴らして飲み、うっすらと目を開いた。


「さて、もうひと踏ん張りだぞマシロ」


 返事はなく、その目は力なく閉じた。ダイチはぎゅっと唇を噛んで、ザックのベルトを利用してマシロを背中に固定して歩き出した。

 この長い廊下を、こんなに小さなマシロが自分を抱えて歩いたのだろうか。吹き抜けのホールへと戻る道を、ダイチはこぼれそうになる涙をこらえて、唇を固く結んだまま歩く。

 長い通路を歩き、いくつかの階段を上がり、吹き抜けのホールに辿り着く。丸いロボットは居なくなっていて、見上げると遥か高くに丸い穴の形の青い空が見えた。朝が来ていたのだ。


「こん畜生。バカみたいに晴れやがって」


 疲れは極限に達していて、天気にまでダイチは当たり散らす。見上げる入り組んだ搬出用の武骨な骨組は、巨大な生物の背骨のように見えた。

 ダイチはカイリから送られた地図を細かく確認しなおした。何度確認してもここより上には、階段らしき表示がない。わかっていたことだが、この骨組を登ることを考えると気が遠くなりそうだった。無理だ、と頭のどこかが諦めていた。頑張るだけ自分とマシロの寿命が縮むだけかもしれないとすら思う。


「アサトは間に合わねえかもな。でもやるだけやらねえと怒られるしな」


 ダイチは大きい独り言を言う自分に苦笑いして立ち上がった。手掛かりに慎重に体重を預けて、足掛かりを探す。ゆっくりと確実に登ればいつか着く。目の前だけを見て登れ、と自分に言い聞かせた。だが、体力が限界を迎えていることに加えて、人一人を背負っている。命綱のないクライミングに体力だけではなく精神力も削られる。体には鉛が詰まっているようだった。


「よし。ちょっと、休憩だ」


 一休みしようと小さな足場に腰掛けて下を見ると、ほとんど登れていなかった。ふと、吸い込む空気が冷たいものから心地よいものに変わってきている気がした。

 NIが活動をやめてすぐに機械の熱が冷めるわけではない。カイリが言っていたように予備電源を落としたことで冷却装置が止まり、室温が徐々に上がりだしているのかもしれない。水が飲みたいが、それにはマシロごとザックを下ろさなくてはならず、小さな足場にはそれをするスペースがなかった。

 とっくに飲み込まれそうだった諦めが、ダイチの心を大きく支配し始めた。気力でどうにかなる限界だった。心だけで体力は誤魔化せない。力の入らない指が鉄骨から滑れば、おしまいである。


――とんだことに巻き込んでしまった


 肩からぶらりとぶら下がっているマシロの手を握る。手首から先がない方の腕だった。


「……気にするな、また会えたから、いい」


 意識を失っていると思ったマシロが口を開く。心を読まれたような返事に、ダイチはその手を強めに握った。マシロはすう、と小さく息を吸い込んだ。


「すまん。まだ動けそうにない」

「謝るなよ。何か食うか?」

「それは……ダイチにしてはいい考えだな」


 ふざけてはいるが、マシロの声にまだ力はない。それでもマシロならきっと回復する。マシロなら、少し休めば動けるようになるのではないだろうか。この鉄骨も登り切れるのではないだろうか。一人で行くよう促すのに苦労しそうだが……ダイチははるか上に見える青い円を見上げ両手を揉み解す。


「よし、もうちょっと待ってろよ。あそこまで登れば食えるからな」


 少し先にある広い足場を指さして、鉄骨に指をかける。いつもだったら簡単に登ることが出来るだろう、すぐそこに見えている足場が、驚くほどに遠い。急激に上がっていく室温に整えたはずの息があっという間に乱れる。ついに一歩も動けなくなった。落下防止のため、ロープとカラビナを使って自身を鉄骨に固定し、疲労が回復するのを待つ。だが、積み重なった疲れと毒のダメージは、自分がどこにいるかすらわからなくなるほどにダイチの意識を朦朧とさせていた。

 どのくらい経ったのか、もしかしたら少し眠ったのか、ガシャンガシャンという音に驚いて目を開けた。足場の鉄の網の隙間から見下ろすと、ここを降りた時にマシロが数十体もなぎ倒した丸い作業用ロボットが押し寄せてきていた。


「マジか」


 ダイチはもつれる指でカラビナを外して、上部の突起に手を掛け、夢中で足を上げる。ロボットの伸ばしたアームがダイチの足先を掠った。ダイチがもがくようにわずかに登る間に、ロボットは折り重なるようにして高さを増した。ダイチは無我夢中で手を伸ばし、体を持ち上げる。ほんの僅か回復した体力がどんどん削られていくのを感じた。


――なんとか、あそこまで


 最後の力を振り絞ってダイチは広い足場に到着した。ロボットは、倒れた仲間の上に登ってアームを伸ばしては滑り落ちることを繰り返していたが、ダイチの到達した足場まではあと数十センチ届かない。

 

「あぶねえ……ギリギリじゃねえか」


 安心した途端に気が緩んだ。ダイチはマシロを背負ったままうつ伏せで目を閉じる。指一本動かせそうになかった。


「腹が減った」


 耳元で響いたマシロの声に目を覚ました。


「ああ、そうだったな。食う約束だ」


 言いながら思わず吹き出す。ダイチはこんな時にも関わらず、笑いが漏れた自分に驚き、驚いた自分がまたおかしくて、くっくっくと腹を押える。徒労かとも思ったが、ここまで登ったおかげで、ロボットからは届かず、マシロに何か食べさせる事が出来る。上出来だと思った。


「ちょっと待てよ。さすがに疲れた。俺、今ちょっと寝てたか?」

「知らない」


 うつ伏せのまま、腹の下に手を入れてマシロと自分を繋ぐザックの紐を握る。指に力が入らずに簡単なジョイントを外すのにも苦労して、やっと外すことができた。二人をつなぐ枷が緩むと、マシロは自力でダイチの背中から転がり降りた。首を向けるとザックを背中の下に敷いたまま仰向けになっているマシロと目が合う。どちらからともなく笑った。


「飯だ、ダイチ。これが最後かもしれないぞ」

「縁起でもねえこと言うな」


 ダイチは腕に力を込めて四つん這いになってから起き上がり、やっとのことで座る。ズルズルと移動して太い柱に背中を預けた。マシロも苦痛に顔をゆがめながらザックを外して起き上がる。ダイチが手を掴んでその体を引き寄せ、横に座らせた。いつも白いマシロの顔が赤かった。熱があるのかもしれない。マシロは深いため息をつきながら顎を上げて空を見た。つられてダイチも空を見上げた。


「青くてきれいだな」

「ああ」


 テセウスの空は人工物だった。テセウスを出て空まで飛んだ。その時も息をのむほど感動したが、ここから見る空はまた格別にきれいだった。こんなにもあそこに行きたいのに、手が届かないせいだろうか。


「ダイチが隣にいるからかな」


 マシロがぽつりとつぶやく。ダイチは視線をマシロに移す。マシロは空を見上げたままだった。こちらを向いてほしい、という気持ちと、美しい横顔を見ていたい気持ちがダイチの中に同時に起きる。


「ダイチが一緒だと何もかもが違ったんだ。鹿もうまかったし」

「鹿も違ったのか」

「うん。何もかもだ」


 マシロがゆっくりとダイチに視線を移す。


「私はずっと一人だった。誰も私に興味を持たなかったし、私もそうだった」

「うん」

「ダイチは、私を助けてくれた。私にたくさん教えてくれた」

「ああ」

「私はダイチと居ると楽しい。ダイチが居ないと寂しい。ずっと一緒に居たいと思う」


 マシロの赤い瞳がまっすぐにダイチを捉えている。


「ダイチ。これが、愛している、か? ダイチも私を愛しているのか?」


 こくん、と窺うように首をかしげるマシロの頬に、白くて細い髪がかかる。無意識のうちに、ダイチはその髪をマシロの耳にかける。マシロはくすぐったそうに首をすくめた。


「俺は……マシロを愛している。だが、お前の気持ちは知らん」


 照れくさくなって、ぶっきらぼうに言って顔を背けた。逃げたダイチの視線を追うように、マシロが体を傾けて、ダイチを下から見上げた。


「キスをしよう、ダイチ」

「は?」

「するんだ。マユが言ってた。ダイチとしろと」


 あいつめ、とダイチは苦笑する。余計な……いや、いい仕事をしやがって。ダイチはマシロに向き直り、ぎゅうと目を閉じるマシロの顎にそっと手をかけた。こんな終わり方も悪くないのかもしれないと思うなんて、陶酔にも程があると思いつつ、マシロの小さな肩を両腕につつむ。

 マシロの細い呼吸が止まってしまうのではないかと不安で、優しくそっと触れただけで離した。目を閉じたままのマシロの頬を涙が濡らしている。


「あれ、おかしい。嬉しいのに寂しい」


 薄く目を開いて、泣きながら笑う顔に堪らなくなって、ダイチはマシロを強く抱き寄せた。髪を撫で、頬を撫で、両手で血の気の失せた小さな顔を包む。


「ごめん。マシロ、ごめん」

「何故謝る?」

「お前を一番に考えるべきだったのに」

「違ったのか? ひどい奴だな」


 お道化たように言って微笑むマシロの顎に手をかける。


「ごめん」

「謝るな」

「お前を愛している」

「うん、そっちがいい」


 再び目を閉じたマシロの唇にもう少しで触れるという瞬間に、マシロがぱっちりと目を開いてダイチの唇を避けた。


「おまえなあ……どうした? 腹減ってたの思いだしたか?」


 ダイチはがっくりとうな垂れる。そうだとしたら雰囲気もなにもあったものではない。だが、それもまたマシロらしくて愛おしい。


「マシロ?」


 返事をしないマシロを見ると、何もないはずの空間を見つめて目を見開いていた。敵か、とダイチも驚いて振り返る。

 そこには一体のアンドロイドが音もなく浮遊していた。男性とも女性ともつかぬ中世的な顔立ちに、これもまた中世的な体のライン。美しすぎる外見は、逆に人間らしさが欠如している。

 飛び方から、相当に高性能なアンドロイドであることがわかった。


「くそったれが! 今、取り込み中だよ!」


 ダイチは怒鳴って電磁銃に手を伸ばした。アンドロイドはダイチの手がホルダーに届くのを待たずに、背中から伸びた触手でダイチとマシロを絡めとった。


「離せよ、このやろう。マシロ!」


 ダイチはぼんやりとアンドロイドの顔を見ているマシロに手を伸ばす。マシロの目から涙が一筋流れた。


「マシロ! 大丈夫だから。手を伸ばせ!」


 ダイチは精いっぱいの抵抗をしながら、指先をマシロへと伸ばす。


「ダイチさん。落ちてしまいますから暴れないで。マシロさん。さあ、捉まってください」


 アンドロイドが美しい声でそう告げた。


「博士?」


 マシロがアンドロイドに向かって呟く。マシロはどうしてしまったのか、それよりも、こいつは何故俺たちの名前を知っているのだ? わからぬままダイチは夢中で抵抗する。


「このボディは太陽光で動くので、ここまで来ていてくださって助かりました。充電が十分ではありませんでしたからね。さあ、一気に地上に出ますよ、しっかり掴まっていてください。いいですか? おててはなかよし。おててはなかよしですよ」

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