最終章 10
長い夢を見ていたような気分で、ダイチは目を覚ました。体が自分のものではないかのように重い。
「何が……ここは……ええと」
病み上がりのように関節が痛み、自分の周りに膜が張っているように感じた。ほとんど真っ暗だ。と思ったら顔の上にザックがあるのに気が付く。苦笑してドリンクを取り出して一気に飲んだ。やっとの思いで起き上がって、重い頭をぶんぶんと振る。右手に違和感を感じて、目の前で開閉してみる。引きつったように小指と薬指が動かなかった。
――終了プログラムが実行されました。総員退避。落ち着いて行動してください。
赤いライトが点滅し、不穏なアナウンスが鳴り響いていた。
「終了プログラム? ……マシロ?」
感覚が戻って、脳が動き始め、初めに浮かんだのはマシロの顔だった。
「あいつ、食いもの置いてどこに行った。うまそうな匂いでもしたか?」
ダイチは軽口を叩きながら、ふらつく体を叱咤して立ち上がる。
ここがどこだかわからないし、右に進めばいいのか左に行けばいいのかもわからない。カイリに通信を試みようとすると、タイミングよく向こうから通信が入った。
「首尾はどうだ?」
NIの削除が成功したか、とは聞けなかった。それが無理なことくらいはわかっている。成功だろうと失敗だろうと、死を前にした自分のやるべきことに変更はない。予備電源を落としてNIの復興を遅らせるのだ。何気なく答えるダイチの耳に通信の向こうでカイリが大きく息をのむ音が聞こえた。
『ダイチさん!? 大丈夫ですか? あの、体は!?』
「絶好調ではないけど、なんとかまだ大丈夫みたいだ。少し眠ってたみたいで……すまん」
カイリと話しながら、ダイチは左右を見回す。
「マシロが居ないんだが」
『一度通信できました。その時にダイチさんは眠っていると言ってて……その後、何度も発信してるのに応答がないんです』
「そうか、で、現状は?」
『……やりました。全てのNIは削除されました。今、終了プログラムが作動しています』
小さくささやくような声だった。その声色にカイリは嘘をついている、とダイチは思った。
「そうか! やったな」
失望を抑え込むための一瞬の間が空いてしまったが、ダイチは喜びの声で返事をする。
『マシロさんは一体どこに行ったんでしょうか……あ、マシロさんに送ったのと同じ詳細な地図を送ります』
ピピピとスーツの腕のあたりが鳴る。地図を展開すると空中に見取り図のように詳細な地図が開いた。丁寧に現在地までが示されている。予備電源の部屋の少し前に「武器庫」と書いてある表示に目が止まった。
「よし、とりあえず予備電源に向かってみる。で、終了プログラムってなんだ?」
『このタワーの自爆プログラムです』
「自爆か。予備電源を切らずにNIが復活すれば、それも止められてしまう。そうだな?」
『……はい』
煮え切らないカイリの返事にダイチは違和感を覚えた。NIを削除できたという芝居をしているのなら、嬉しそうに伝えるべきだ。
自爆プログラムとやらで、ダイチが確実に死ぬことへの罪悪感だとしても、死んでしまうのだと思えばこそ明るい声を出すべきところで、カイリはそれをわかっているはずなのに。
「カイリ。何を隠してる? 本当のことを言ってくれ」
自分勝手に死ぬことをカイリの重荷にしたくはない。逡巡しているであろうカイリの返答をダイチは黙って待った。
『ダイチさん』
しばらくしてカイリが苦しそうに名前を呼んだ。
「うん。なんだ?」
聞き返すダイチに、またもカイリが黙り込む。
『逃げてください。マシロさんを探して。ダイチさんの体には解毒剤が入ってます。助かります。そこには今、アサトさんが救助に向かってて、だから』
しばらくして響いてきたカイリらしくないとりとめのない言葉を、ダイチはゆっくりと咀嚼する。
「つまり、本当にNIの削除に成功したんだな? で、アサトがこちらに向かっている」
再び沈黙が訪れた。どうやったのかはわからないが、カイリは成功したのだ。解毒剤が入ったとは何の事だかわからないが、今自分が動けているのはとにかくそういうことらしい。
「だけど、アサトの迎えは自爆まで間に合わないんだろ?」
『大丈夫です。間に合います。モトさんもシズさんも一緒ですから、大丈夫です。NIが復活したら、また壊せばいいんですよ』
初めてカイリが強く言う。だが、予備電源を落とさなくても脱出することは不可能なのだろうと思った。降りるだけで数時間かかったタワーを、同じだけ登らなくてはいけないのだ。そして、恐らくアサトは自爆までに間に合わない。それがわかっているからカイリもまず初めにそれを言わなかったのに違いない。
「アサトには、危ないから来るなと言ってくれ」
『ダイチさん、お願いです。僕のために逃げてください!』
叫ぶカイリに、ダイチは口の端を上げて笑った。どこまでも優しく甘い。予備電源など構わずに逃げたが間に合わなかった、ならカイリの心は少しは穏やかになるだろうか。それとも、助かったかもしれないダイチを死地に送ったことを悔やみ続けるだろうか。
「ああ、そうだな。死ぬのは怖いから、やっぱり逃げることにするよ」
『ダイチさん! 予備電源は構わずに逃げてください! ウィングスーツもあります。助かりますから!』
さすがにマシロにすらばれる嘘は通用しないか、とダイチは苦笑する。
「カイリ、全ての原因を作ったのは俺だ」
ダイチは含めるようにはっきりとした発音で告げる。
「俺は俺のしたことを背負う。お前の罪悪感はお前が背負え。ただ、それは俺の本意じゃないし、そもそも全く必要のないものだ」
『わかっています。だけどダイチさん、お願いです。間に合うかもしれないんです』
「じゃあ、あとでな」
『ダイチさん! 脱出をサポートします! 通信を切らないで!』
すまない、と呟いて通信を切って、ダイチは走り出した。まずは武器庫に向かう。ロボットに充電されたエネルギーはすぐになくなることはない。司令塔をなくして、本来のプログラム、たとえば侵入者の排除などの、本来の目的に立ち戻って行動する可能性もあるだろう。
そうなれば、マシロと違って、自分では素手でロボットに立ち向かうことはできない。武器が必要だった。それに、予備電源をキーワードで落とすことが出来なかったら、物理的に破壊するより他ない。そのためにも武器があった方がいい。
「ここか」
暗闇に入り組んだ通路を進み、何の変哲もない扉の前でダイチは立ち止まった。人が使う場所であれば「火気注意」の表示くらいあって良さそうなものだが、何もなかった。この武器は一体誰が何の目的で使うために準備したのだろうか。ダイチは沸き上がる疑問に蓋をする。
何にせよ、ありがたいことに違いはないのだ。扉の横のパネルに手のひらを合わせる。ピピと認識する音と共に扉が開いた。施設の電源がまだ生きていることに感謝しつつ、武器を選ぶ。呆れるほど長い記憶の中には、ゲームの中、あるいは実際に、これらの銃器で「遊んだ」記憶がある。なるべく突破力と破壊力があり、且つ動きやすく、照準の合わせやすいものを。
――焦るな
ダイチは自分に言い聞かせる。マシロが自分を放置していった。それはつまり、ダイチを抱えたままでは対処しきれない何かが起こったのだ。マシロに限って滅多なことはないはず、そう思いながらも不安が胸を押しつぶし、あてもなく探しに走り出したくなってしまう。
「これは」
ダイチはひとつの武器を見て声を失った。
ECMランチャー。
機械を狂わせる電磁波を出す大型の武器だが、人体には何の影響もない。対機械兵器専用の武器が何故ここに? と不審に思うも悩んでいる時間はない。太いストラップを持ち上げて背中に担いだ。他にも扱いやすそうな小さな電磁銃を掴み、バトルスーツのホルダーに差し込む。アンティークとも言えそうな手榴弾のいくつかも腰のベルトにセットした。これだけの武器があっても、使い慣れた刀が手元にないことに不安を感じて手のひらを握りしめる。
「よし」
ダイチは頬を叩く。体調は万全とは程遠い。だが、動けないというほどでもない。
――マシロを探し回るより、予備電源が先だ。多分、そこまでのどこかにいるはず
自分に言い聞かせて部屋を出る。万が一居なかったとしても、予備電源が落ちたことを知れば、そこから地上に出る経路上にマシロも向かうだろう。闇雲に動き回って、体力と時間を無駄にするのは得策ではない。
頭に入れ込んだ地図に従って、予備電源のある場所に急いだ。目的地に近づくとなにやら異様な気配に胸騒ぎがした。少ししてその正体に気づく。オイルの匂いがしているのだ。ロボットやアンドロイドの関節を動かすためのオイル。微量では匂わないだろうそれの匂い……。
ダイチは足を速めて予備電源室にたどり着き、壁にへばりついてそっと中を覗き込んだ。まずは折り重なるように壊れて重ねられたロボットの残骸の山が目に入った。その頂上に立った血まみれのマシロが腕を前に突き出して、スローモーションのようにゆっくりと倒れてゆく。
獲物が力を失って倒れるのを待ちかまえるように腕を振り上げる、何体ものロボットの鋭い腕先が目に入った。ほぼ暗闇の中、ロボットの頭部の赤い光に照らされて尚、青白くみえる顔がゆっくりと落ちてゆく。
「マシロ!」
頭の中が真っ白になった。それでも体は反射で動く。ダイチはホルダーから電磁銃を取り出して、マシロを囲む三体のロボットに向けて続けざまに何発も撃ち込んだ。
きゅん、きゅん、きゅん、きゅん、きゅん
威力と似合わない音が響き、ロボットは透明な頭部や半身を消失して倒れた。ギリギリのところで、マシロの体は鋭い腕先を逃れ、残骸の山の上に倒れる。
ダイチは銃をホルダーに戻し、背中に抱えたECMランチャーを担ぎ上げて肩の上に構える。間髪入れずに残骸の山の右側に向かって放った。軽い衝撃波のあと、ロボットたちは電池の切れたおもちゃのように崩れた。
焦る気持ちとは裏腹に、アサトとよく遊んだ戦場のゲームのような光景だと思う自分が居た。あの山の上には旗があり、虫のようにわいてくるロボットやアンドロイドの兵士たちを蹴散らしてそれを取れば勝ちだった。ダイチとアサトのチームは負け知らずだったが、アサトは居ないし、ダイチの体力は無尽蔵ではなく、山の頂上にあるのは旗などではない。
「マシロ!」
ダイチは大声で叫びながら、ECMランチャーを続けざまに撃ち、道をこじ開けて歩き出した。ロボットは面白いように倒れるが、武器は重く、折り重なった残骸が邪魔で走れないのがもどかしい。
「マシロ! マシロ!」
何度呼んでも、マシロに反応はなかった。ヒヤリとしたものが背中を伝う。マシロの体力が異常だとしても、死なないということではない。なにしろ自分が一度殺しているではないか。体の痛みも忘れて全力で残骸の山を登る。
「マシロ? マシロ!」
抱え上げると、マシロがゆっくりと目を開いた。
「あ……」
「大丈夫だ、しゃべるな」
ダイチはあたりを見回し、ECMランチャーのエネルギーの残量を見る。どうやら、予備電源の操作パネルまで行って戻ることは無理だ。悩む間にも、来るときに押し開いた道は押し寄せるロボットたちで細くなり始めていた。真ん中、右、左と三発撃って、道を確保する。
――あと、四発ってとこか
ダイチは予備電源を狙った。一発・二発……予備電源といえ機械なのだから、これが効かないずはないのだが、ポツポツと小さく付いている明かりが、予備電源がまだ生きていることをダイチに知らせる。ECMシールドがかけられているのかもしれない。
「くそ!」
ダイチは残量のなくなったECMランチャーを放り投げる。マシロを抱えて、残骸の山を駆け下り、まっすぐ前に走った。通路に出てすぐに振り返る。ロボットは入口目前まで押し寄せ、そこで止まった。どうやら部屋からは出られないらしい。
「……予備電……壊せ……ダイチ」
静かになった空間に、マシロの低い声が響いた。
「わかった。射撃はあんまり得意じゃないんだけど」
ダイチは、静かにマシロを床に横たえる。右目が霞んでいた。ゴリゴリと強くこすって、予備電源の位置を確認する。腰のベルトに付けた手榴弾のピンを次々と抜いて部屋の中に高く放って、電磁銃を両手で構えた。放物線を描いて落ちてゆくそれが、予備電源の装置に最も近づいたところで引き鉄を絞った。




