最終章 2
「みつけた」
カイリは拍子抜けした声で呟いた。なんのことはない、ダイチのバトルスーツから救難信号が発せられていたのだ。バトルスーツから発信される信号が届くのは恐らくテセウスの直径をカバーできる程度だろう。その弱い信号を何らかの施設が受信したものをカイリが見つけ出したということになる。
――罠かもしれない
カイリは逡巡した。信号の発信先はダイチの着ていたバトルスーツの番号を示している。それは誰かに読み取られる類のものではない。だが、何者かがダイチのバトルスーツを奪ったとしたら話は別だ。
カイリは恐る恐る「通話」を押した。
『……誰だ』
スピーカーからは聞き間違いようのないダイチの声が響いた。
「僕です、カイリです」
『本物か?』
「……そちらこそ、モトさんにお姫様抱っこされたダイチさんで間違いないですか?」
ふっと笑う気配がして、カイリは安堵すると同時に泣きそうになった。この人は数時間後に死ぬ。リスポーンを拒否し、乗り換えるべきクローンもない。そして、それを望むこともしないだろう。
『すまん、勝手なことをした』
「そんなことは」
伝えられない、とカイリは思う。数年後にはNIたちは元通りになるだろう、とはとても言えなかった。何か言わなくては、と思っても焦りだけが心を支配する。
『勝手なうえにまた勝手を言って悪いんだが、なんとか迎えに来てもらえないか?」
「え……」
意外な申し出に、一瞬理解が遅れてカイリは口ごもった。ダイチなら来るなと言うだろうと思ったのだ。もちろん、そう言われたところで、行くに決まっているとはいえ、意外だった。
『頼む。マシロもいるんだ』
「マシロさんが?」
『ああ、こいつなら、もしかしたら』
ダイチは言葉を切った。生きられるかもしれない、と言いたかったのだろう。自分はだめだけれど、という言外の意を感じてカイリの胸が痛む。
マシロとて助かるかどうかはわからない。でも、それがダイチの最後の望みならば全力で助ける。カイリは止まっていた指をフルスピードで動かしだした。
「必ず行きます。今、その辺にアンドロイドがいないか検索しているところなんですが」
『ああ、これから忙しくなるのに悪いな。テセウスのやつらに説明しないとだし、コロニーも実際見たわけじゃないからどれだけ使えるか。コロニーで子供が生まれたりするのかな。見てみたかったよ』
いつになくダイチは饒舌に未来を語った。死が、本当の意味で無に還る死が、堪らなく不安なのに違いない。自分が命を懸けて作った未来を信じることで乗り越えようとしているのだろう。
そうわかっていても……勝手だ、という思いがカイリに浮かぶ。ヒーローのように自分を捨てて悦に入っているように思えた。一緒に泥の中を這いずり回る覚悟がこちらにはあったのに、勝手にいなくなることを選択したのが許せないと思った。
「見ればいいんですよ、自分で」
思わず強い口調になったカイリの耳に、ダイチがふ、と笑った気配が届いた。見透かされたような態度に苛立ちと安心感を感じ、それを失う心もとなさに支配されそうになる。
『カイリ?』
途切れた会話の後、聞こえてきたダイチの声が疑問を含んだ。
『NIはこれで終わったんだよな?』
「もちろんです。だからこうやって通信できているんですよ」
カイリは声が震えないように、明るく伝える。何がダイチに疑問を感じさせたのだろうか。NIは終わらない。それはダイチに伝えたくないことなのに。
『俺の壊したタワーの地下から、作業用のロボットがたくさん出てきてる。直そうとしてるように見える。そうか、俺が壊したのは……』
「AIが入っているんでしょう。自動修繕プログラムですよ。そのロボットをこっちからコントロールできないか試してみます……でも一応隠れてください」
気づかないでくれ、というカイリの願いもむなしく、ダイチの声には明らかな失望が混じっていた。なんとか誤魔化したい、カイリは必死にそのロボットのコントロール権を探る。だが、通信が途絶えているNIタワーに、NIに管理権があるロボットだ。どうすることもできなかった。
『カイリ、俺はタワーに向かってみようと思う。通信は念のため一旦切る。また連絡する』
「ダイチさん! 待ってください。ダイチさん!」
叫びもむなしく、通信は途絶えた。コンピューターの唸る音しかしない室内で、カイリは呆然と「通話が切断されました」の文字を見つめる。我に返って慌てて再通信を押すが拒否された。
「クソ!」
コントロールパネルを両手で叩き、そこに突っ伏す。ダイチは自分の行為を後悔しながら死ぬのだ。握った両手の指が真っ白になり、感覚がなくなる。再び通信を再開してみようと伸ばした指をカイリは止める。
何を言ってもダイチは諦めてはくれないだろう。迎えは恐らく間に合わない。間に合ったとしてもダイチはそれを拒むに違いない。そして、後悔に身を焼かれながら最後の一瞬まで足掻くのだろう。抜けられない螺旋からクローンを、人を、NIを解放するために。
――決して諦めずに
ふと、カイリは顔を上げる。ダイチは絶望的な事態にも、諦めずにNIを壊しに向かったのだ。ダイチが諦めていないというのに、「ここからでは何もできない」と諦めていいのか。
「いいわけないだろ!」
カイリは猛然とキーを叩く。使い慣れない動きと今朝からの疲れで腕は痺れ始めた。急に袖を引かれて、カイリは驚いて振り向く。
「タワー近くにNIに管理されていないアンドロイドが居ます。最新式です」
野太い男性の音声がシズから響く。一瞬驚いた顔をしてしまったことに公開しながらカイリは頷いた。
「ありがとう。すぐに連絡を。こちらに制御できるかどうかの確認もお願いします」
すぐに視線を戻して、画面を見つめる。あるはずだ。何かあるはずなのだ。あると思って探せ。
「あった……」
カイリは気が抜けたように呟いた。有事の際でも、NIが繋がっていなくてはいけない場所。決して野放しにしてはいけない場所は
「テセウス」
カイリは呆然と呟く。唯一残された細い糸。NIのデータが保管されているコンピューターに、たった一本だけ続く道。それはテセウスのクローン室に繋がっていた。
「どうして見つけられたんだろう」
カイリはぶんぶんと首を振る。今は「何故」を考えている暇はない。テセウスに戻って、NIタワーのメインコンピューターに侵入してNIのデータを消去する。
――そして
完全にNIを消すためには、バックアップが起動するのを防がなくてはならない。NIタワーの深部にある予備電源を手動で落として。今なら、ダイチがそこに居るのだ。
――でも、それをすれば、ダイチさんは
カイリはぐっと拳を握りしめた。
「シズさん! そのアンドロイドに通信を試みつつ、移動の手段を用意してください。テセウスに戻ります! 途中でアサトさんと合流して、その前にダイチさんに連絡をして」
自分にいい聞かせるように叫んで、隈の浮いた眼を二・三度しばたかせる。堪えきれない涙がぽつりと落ちた。ダイチに道を二つ用意する。どちらを選ぶかわかり切っているのにだ。
――後悔してる場合じゃない。でも、少しだけ
「ごめんなさい。ダイチさん」
カイリはパネルに突っ伏した。
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
「ごめんなさい」
そう繰り返しながら、号泣した。
◆
カイリからの通信を切ったダイチは、砂を掃って立ち上がった。その途端にカイリから入った着信を、苦笑いでオフにする。「ごめんな、カイリ。今は誰とも話したくない」小さく呟いて、ダイチは自分の体を確認する。落下の衝撃が体に残ってはいるものの、毒に侵されている感覚はまだない。外傷もないようだ。
まだ眠っているマシロを倒れたタワーの陰に隠して、食料の入ったザックをそばに置き、額についた湿った髪を撫でつけた。カイリの寄越すだろう迎えが着くまで目覚めないよう、バトルスーツを操作して睡眠剤を注入させる。ダイチは立ち上がって伸びをして遥かな地平に目を細めた。
「末期の水か」
自嘲気味につぶやいて、パックを取り出して、中の水を一気に飲み干す。
――俺は失敗した
衝突により壊すことができたのは、地上の通信部と発電部だけだ。それさえ壊せば、NIの活動を停止させられると信じて疑わなかった。だが、NIは束の間の眠りにつくだけで、上部が修繕され次第、復活するのだろう。それ以外に作業用のロボットが動く理由がない。そして、復活後はアサトやカイリに向けて、本格的な排除体制が取られる。
「くそ……」
自分がしたことは事態を悪化させただけだった。取り返しがつかない、ダイチは唇をかむ。ならば出来ることはひとつ。この体が動かなくなるまで、地下を物理的に破壊することだ。少しでも復活を遅らせるために。
カイリはすべてわかっている。ちゃんと皆を連れて逃げるだろう。今は別行動しているようだが、アサトもいる。だから、彼らが逃げるための時間を稼ぐのだ。生身の体でどれだけのことができるかはわからないし、毒がいつ自分を殺すのかもわからない。だが、このままここに横たわって死を待つわけにはいかなかった。
ダイチは倒れた塔に沿って、NIタワーの根元へと歩き出した。
「お」
壊れていると思ったロボットが起き上がって肝を冷やしたが、どうやらダイチには興味がないらしく、まるで道案内のようにダイチの前を歩き始めた。ダイチはそれにゆっくりついて行く。
「なるほど、俺の存在に構ってはいられないくらいには焦ってくれてるわけか」
難なくタワーの根元に到着し、どうにか地下に潜り込めないかとあたりを見回した。ぐしゃぐしゃに潰れて基礎がむき出しになっているものの、瓦礫で入り込めそうにない。ダイチは塔に沿ってぐるりと裏側に回り込んだ。間もなく大きな搬入ゲートにたどり着く。
「開けゴマ、でもないだろうな」
呟きながら門の前に立つと、見計らったように大きなゲートが開いた。
「まじかよ!」
驚く間もなく、中から大量の重機がその重さを感じさせないスピードで滑り出てくる。危うく跳ね飛ばされそうになったダイチは、地面に転がり隙間からゲートの中に侵入した。
「うまくいきすぎてる、か」
カイリの言葉を思い出して苦笑する。上手くいきすぎているのはNIかもしれない。コロニーでNIに支配されない人間を増やされることの方が、彼らにとっては脅威だったかもしれない。生まれる子供の中にはこの状況を打開できるようなリーダーがいたかもしれない。
それなのに「自分のせいで仲間を失うことになるかもしれない」という臆病風に吹かれ、全てをだめにしかねないことをした。自棄だったのかもしれないとすら思う。
「ちょくしょうめ」
タワーの中に入ったダイチは、硬質な空間を見て呟く。火器があってもどうにもならなそうな建物相手に丸腰で何ができるというのだ。とにかく、降りてみようと思うがそもそも人間が移動するようにできていない空間で、階段などは見当たらない。きょろきょろするうちに、ごうん、という音がして床が小刻みに揺れ始めた。ダイチは慌てて物陰に身を潜める。部屋の中央に伸びる柱と思しき円柱の一部が開いて、中から同型のロボット数十体が溢れ出てきた。先ほどの重機や彼らの動くエネルギーも賄えていることを考えると、地上部の破壊はNIにとって大した損失はないのかもしれない。
――どうすれば
そのときピピ、と小さな音とともにバトルスーツの手首のあたりに光が点滅する。ダイチは驚いて現実に引き戻された。カイリからの通信……悩んだ末にダイチは応答する。
「カイリ?」
『ダイチさん! NIを壊せるかもしれません!』
カイリが早口でそう叫んだ。




