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テセウスのゆりかご  作者: タカノケイ
六章 フリーウィル
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フリーウィル 4

 ダイチたちを乗せた機体は勢いよく滑走路を飛び出し、あっという間に上空に達した。


「足についている虫を払いましょう。高度をギリギリまで上げてください。彼らは低温では動けないはず」


 カイリがモニターから目を離さずに早口で告げる。ロボタンがそれを肯定するように頷く。


「わかりました」


 機械質な声が響いて機体はぐん、と上を向いた。あー、と呻き声を出してアサトがダイチを振り返る。


「た、すかった、んだよな?」

「とりあえずな」


 気が抜けたようにシートにもたれかかるアサトにダイチはシートベルトを外しながら答える。ベルトはシートに収納され、ダイチは浅く座りなおした。


「ロコ、どのくらいの時間飛べるんだ?」

『太陽エネルギーを非常に高効率に利用しています。気流に乗ればいつまででも飛べるでしょう』


 ロコの答えに、ほっとした空気がコクピットに漏れた。一瞬後、マシロがはっとしたように立ち上がった。


「ダメだ。食べるものがない!」


 必死の形相に、ダイチは一瞬たじろぐ。


「マシロ、それはちょっと置いておこうな」

「バカな。一番大事なことだ」


 ダイチは呆れて立ち上がり、不服そうに見上げてくるマシロの額を小突いた。


「落ち着け。とりあえず一日分くらいの飲み物と食べ物はあるから」

「一日だけ」


 マシロはわかりやすく絶望した顔でダイチを見返した。


『談話室があります。皆さん、そちらでお話してはいかがでしょうか』


 音声が告げると同時に、プシュ、と後ろのドアが開いた。五人が悠々と座るのに充分なソファとテーブル、大型のモニターが備え付けられている部屋が見えた。とても居心地が良さそうだ。皆喜んで移動を始めたが、カイリだけは不安そうにモニターに向き直る。


「空調に余計なエネルギーをつかいませんか?」

『大丈夫です。一番の問題は水が少ないことでしょうか』

「水ですか」

『ええ、すこし乾燥気味になるのと……』


 ロコは口ごもる。まさか、自分たちがひどい匂いであることを知っているだけに、それはきつい。ダイチはがっかりして口を開く。


「風呂に入れないのか?」

『はい』

「えー! 絶対ヤダ!! 降りて補給できないの!?」


 マユが絶叫して、こんなの絶望的! と言いながらしゃがみこんだ。ダイチも思った以上にがっかりする。思えば、シャワーを浴びられないなどということは、テセウスから離れた今、全く仕方のないことだ。サバイバル中には水で洗って済ましていたのだから。居心地の良い生活をほんのわずか味わっただけで、便利なことが当たり前になってしまった。ましてや、今まで普通に生活してきたマユには耐えられないことだろう。


「じゃあ、帰りますか? マユさんだけ」


 カイリが笑顔で言うと、マユは黙って首を振ってから口を尖らせた。


「あれは本当にごめんてっ言ったじゃん」

「聞いてないです」

「言ったってば。耳がおかしいんじゃないの? それとも頭?」


 おいおい、悪いと思ってないだろ? と言うアサトを睨みつけてから、マユは少しづつうなだれた。


「だって、誰かが居なくなったりするのはいやだったんだもん。本当は今でも少し、テセウスに戻ったほうがいいんじゃないかって思ってる」


 きちんと話さなくては……ダイチはマユの前に移動して、マユと視線を合わせようと屈みこんだ。


「これから俺がしようとしてることは、危険であることに間違いないんだ。だから、誰にも無理強いはしない。突き放して感じるかもしれないけど、マユも同じ気持ちじゃないなら、この先も俺と一緒に行動することは難しい。わかるか?」


 マユはこくりと頷いた。目には涙がいっぱいに溜まっている。


「すぐに決めなくてもいい。でも、マユがどうすればいいのかは誰にも決めてやれないんだ。自分で考えて決めるんだよ。誰のせいにもせず」


 マユは再び頼りなげに頷き、ぽとりと涙が落ちる。こんな女の子に負担をかける罪悪感が心をかすめた。ここはもうテセウスのゲームではない。そのことが心の芯に降りてきたような感覚がありダイチは戸惑う。頭では分かっていたが、本当には理解していなかったこと。それをマユは早くから感じていたのかもしれない。


「うん。ゆっくりでいいから。ただ、勝手なことだけはしないって、約束してくれるか?」

「それはもう絶対にしない。約束する」


 ダイチは曲げていた腰を伸ばして、勝手なことはしないとしっかり肯定したマユの頭を撫でる。一連の流れが終わるのを待っていたかのようにロボタンが振り返った。


「私の計算では、現存するNIが扱える飛行物体はこの機体に追いつけませんし、この高度で飛ぶこともできません。彼らを引き離してから水を補給して、つかまる前に再び飛び立つことが可能です。とはいえ、追跡されていますので完全に振り切っても猶予は一時間程かと。ロコさん、いかがでしょう?」

『はい、可能です。水を間違いなく補給できる場所に着陸しましょう。一度保水すれば、ろ過器がありますから、しばらくは快適に過ごせます』

「素晴らしい。人というのはどこまで……いえ。私も無茶をしましたのでエネルギーが減りました。供給させていただいても?」

『もちろんどうぞ。マスター?』


 AI同士の会話を遠く聞きながら、これからに思いを馳せていたダイチは、ロコに呼ばれて我に返った。


「ああ、なんだ? ロコ」

『この機体の状態のことは隅々までわかっていますが、食料庫と備品室の在庫が未入力なのです。無駄足かもしれませんし、あったとしても使い物にならないかもしれませんが確認してもらえないでしょうか。映像だと幾つかのコンテナが見えるのです。もちろん話し合いが終わってからで結構です』

「食料庫は私が行ってくる」


 話を最後まで聞かずにマシロが飛び出した。アサトが肩をすくめてダイチを見る。


「話し合いは後でいいみたいだね。ダイチ、俺たちは備品室を見てこよう。マユ、何か飲み物でも用意しといてよ。食料の中にコーヒーも残ってたはずだし」

「はあ? なんであたしなのよ」


 マユはアサトを睨み付ける。いつだって雑用はカイリの仕事でマユは絶対に手を出さなかった。


「ロボタンは充電中。カイリは忙しい。マシロちゃんは行っちゃったし、俺たちも作業がある。さあ残ってるのは誰でしょう」

「わかったわよ! まずいとか言わないでよ」


 マユはぷんぷんとしながらコクピットの奥にある部屋の更に奥に見える給湯室に向かった。アサトは全く、というように眉を寄せて見せ。ダイチはそれに笑い返した。


「行こうか」

「ああ」


 ダイチとアサトは連れ立ってコックピットの搭乗ハッチとは逆側にある、手すりのついた細い階段を降りる。階段は細い作業通路のような廊下に繋がった。両脇に鉄製の引き戸がいくつもならんでいる。なんだろうと手を伸ばすとプシュ、とドアが開いた。


『個室になっています。倉庫は奥です』


 天井付近から音声が響いた。


「了解、ロコ。で、アサト。何の話だ?」

「なにが?」

「とぼけるなよ」


 あまり幅の広くない廊下を二人並んで歩く。わざと二人になった意味は分かりきっている。皆に聞かせたくない話があるのだろう。


「や、たいしたことじゃないんだけどさ。あ、その前に」


 アサトはバリバリと頭を掻いた。


「お前、カイリとマユが実のところ両思いなことに気づいてる?」

「は?」


 ダイチは思わず立ち止まる。カイリとマユが? いつから? マユはカイリと何かあって、カイリを怖がっているのではないのか? 記憶を辿ってみるが全く何もヒットしなかった。


――そういえば、さっき手を繋いでいた?


 困惑するダイチの顔を諦めたように見つめて、アサトは大袈裟なため息をついた。


「二人ともお互いをかなり意識してただろ、最初から。まあ、マユの方は昔からの知り合いだったから当然だったかもだけど。しかし本当、おまえは鈍いよな」

「そうか? お前の勘違いじゃないのか」


 昔から、ダイチは恋愛事に弱かった。どうすれば誰が誰を好いているかがわかるのだろう? アサトのその辺の感覚はダイチにとって超能力のように感じられる。


「まあ、だから。マユのことはカイリに任せて、気軽にマユの頭を撫でたりしないこと」

「了解。でもお前もよくマユのことからかってるじゃねえか」

「俺はわかってやってんの。お前は素だから性質が悪いよ」


 うなだれるダイチを見て、アサトが声を立てて笑った。


「人類の今後とか、そりゃ大事だけどね。恋愛も大事なんだよ、わかる? わかんねえだろうなあ。おまえどうせマシロは俺のことが好きだとか思ってんだろ?」

「違うのか?」


 ダイチの質問には答えず、アサトは両手を上げ「お手上げ」のジェスチャーをする。


「お、あった。備品室。ロコ、電気お願い」


 シャッとカーテンをめくって部屋に入っていくアサトをダイチはぼんやり見送った。マシロはアサトに恋愛感情を抱いていないのだろうか。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。ダイチも部屋に入ってコンテナの蓋を外して中身を確認し始めた。しばらくしても何も切り出さないアサトに、ダイチは作業の手を止めて向き直る。


「で、本題は?」

「お前、本気なのか?」


 ダイチの質問に、少しの間をおいてアサトは質問を返す。何のことだ? とは聞かなくても分かった。


「本気だよ。俺はNIとクローン再生のシステムを壊す」


 アサトはふーん、と自分のあごの辺りを撫でる。この思いは勝手なことだ。アサトをリスポーンさせたように、自分の我を通そうとしているだけの行いである。


「そっか。んじゃあ俺もいっちょ噛むしかねえなあ」


 軽く言われて、ダイチは手を止めてアサトの横顔を見た。


「本当は頭にきたんだ。マジ、お前のこと殺してやろうかと思ったよ」


 にっと笑うアサトにダイチは口を閉ざす。ああ、本当に許されたのだ、とダイチは思った。許したからこそ、口に出している。


「でも、こうなったものは仕方ねえしさ。オマケの人生にお前が無理矢理押し込んだんだ。責任とって面白くしろよな」

「ゲームじゃ俺とお前のコンビは負けなしだったろ。人工知能との最終戦争リアルバージョン。面白そうだろうよ」


 本当に巻き込んでいいのだろうか。声に含まれるだろうとまどいに気付かれるのは承知の上で、なるべく軽く返事をする。アサトはそれに気付かないフリをして、屈んで次のコンテナを開けた。


「いいね。やりがいありそ」


 アサトはにやりと笑い、ダイチも笑い返す。だが、マユの不安に感染したかのようにダイチの心には別のものが忍び込んだ。またアサトを失うかもしれないし、他の仲間にも何が起こるかわからない。もちろんダイチの身も同じことだ。自分の感情のままの行動に人を巻き込む身勝手を繰り返すのか。


「おい、これ」


 アサトが空けたコンテナの中を見て、振り返りダイチを見上げる。


「何だ?」

「ジェット推進機能付きウィングスーツ、だってさ」


 アサトはコンテナに印字されている文字を読みあげる。


「これが動けば、NIに気付かれずにこれから降りられるんじゃないか?」


 アサトは真剣な顔で頷いた。その後、ふう、と息を吐いて、アサトはコンテナの蓋をバチン、と締めた。立ち上がってダイチの肩に、ぽん、と手をのせる。


「俺たち、運がいいな」


 本当にそうだろうか。ダイチは曖昧に笑った後、首を縦に振って「ああ、そうだな」と答えた。不安と戸惑いを誤魔化すように、他のコンテナの確認を再開した。



 すべてのコンテナをチェックし終わってコクピットに戻ると、小さなコンテナの前にマシロがぺたりと座り込んでいた。足音に気が付いたのか、振り返ってこの世の終わりのような顔を二人に向ける。


 「こんなのしかないんだ」

 

 マシロの指差すコンテナの中には銀色のパックのようなものがぎっしりと詰め込まれている。封を切ったものがひとつあり、何かカサカサした茶色いものが床に散らばっていた。


「しかも賞味期限が八十年前ですよ。マシロさんは食べましたけど」


 カイリはあからさまに信じられないという顔をして茶色い塊をダイチに差し出す。


「なんだろうな、これ。ロコ調べられるか?」

『今、成分を調べています。お待ちください、マスター』


 ダイチは目の前でその塊をくるくると回し、匂いを嗅いでみた。嫌な匂いはしない。むしろ香ばしい香りがする。マシロは恨めしそうな顔で塊を見つめる。


「まずくはないんだ。でも、これじゃ」

「マシロちゃん、聞いてね。今ここには一日分の食料があるでしょ?」


 うなだれたマシロに、アサトがザックを指さして噛んで含めるように話す。


「数時間後に水の補給で降りるから、水を汲む間の一時間くらいかな? あれば魚くらい取れるかもしれないよ」

「そうか、わかった。一時間だな? 私が必ず肉を仕留めよう」


 にわかに元気になったマシロが、強く決意表明をするとすぐに、プシュ、と談話室の扉が開いてマユが顔を出した。


「ねえ、お茶のむんでしょ! とっくに準備できてるんだけど!」


 待ちくたびれたマユに怒鳴られて、四人はいそいそと談話室へと向かった。

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