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テセウスのゆりかご  作者: タカノケイ
六章 フリーウィル
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フリーウィル 1

「お疲れでしょう。しかし休憩する前にこれから行くコロニーについてお話します。どうか楽な姿勢になってください」


 食事を終えると、ロボタンが申し訳なさそうにそう告げた。それを聞いたマユとカイリが壁際に設えられた二段ベッドの下段に腰掛け、マシロは上段に飛び乗った。ダイチとアサトは三人掛けのソファに腰を下ろす。椅子に座っていたロボタンが、皆が丸く輪になる位置に椅子を動かして座った。


「その前に、この世界の真実をお話しましょう。私の知る限りの、ということになりますが。まず、あなた方は自分でテセウスを選んで入ったと記憶していると思いますが……」


 ロボタンは少し俯き加減に床を見つめる。ショックを与えたくないのだろう。そう思うと自然にダイチの口角があがった。


「……大丈夫だ、知っている。違うんだよな」


 ロボタンは勢いよくダイチの顔を見上げる。


「……ご存知でしたか。では、マハラ高原の毒のことは?」

「マハラ? ああ、知っている……最終戦争で使われた毒だろう? それによって人の住む場所が限られた。科学者たちの努力で、地上からすべての毒を除去することに成功した。皮肉にもそのことで国も国境もなくなり星が一つに……何百年も前の話だろう」


 それは学生の頃のテキストに三行ほどの文字数で載っていた情報で、それ以上のことをダイチは知らなかった。カイリとアサトに視線を投げたが、二人ともダイチと同じ顔をしている。


「そう習った記憶があるのですね?」

「……違うのか?」

「現実には、マハラ高原にはいまだに致死量の毒が残っています。この地下街や、テセウスや、これから向かうコロニーはマハラ高原から見れば星の裏側。最も毒の被害が少なかった場所にあります。徐毒も進み、現在ではほぼ問題がないと言っていいでしょう。しかし、マハラ高原では今でも生身の人間が外を歩くことはできません。一時間もいれば、助からない量の毒を吸い込むことになります。徐々に体を蝕み、確実に死に至らしめる遅効性の毒です」


 誰も動かず、咳払いの一つもしなかった。


「悪い映画みたいな話だな、おい」


 アサトが両手で顔を覆って俯く。カイリが調べきれなかった――あるいは故意に隠され、捏造されていた――現実は、より悲惨なものだったのだ。


「生き残った人々は、いくつかのシェルターに逃れ、それぞれが生き残る方法を模索しました。あなた達が着ているバトルスーツはその頃に開発されたものです。それまで戦うことに使っていたステルス機能付き戦闘服を、毒に触れぬよう一体型にしたもの。そういった装備や徐毒やシェルター開発と並行して、環境に適応できる強化人間を作ろうとしたり、弱った体から新しい体に脳を移植する技術を開発したり。それまで人道的な見地から禁止されていた技術がどんどん実験されていきました。そんな中、ひとつのシェルターで「人類のNI化」に成功したのです」

「バトルスーツは使いまわし?」


 呆然とカイリがつぶやく。カイリの頭でどんな理解が進んでいるのか瞬間にはわからなかった。だが、口の端をあげた自嘲的な笑いを見て、テセウスはNIにとって、使いまわしのスーツと捨てたシェルターを使うような「粗末な遊び」であったのだ、ということがダイチにも伝わった。ロボタンはカイリをちらりと見て頷く。


「そうです。……話を続けますね。全人類がNI化に賛同しました。毒の恐怖に怯えることのない電脳世界で生きられる。しかも老化にも病気にも事故にも怯える必要がないのです。そのうえ、感触もある、見えるし聞こえるし、味もある。望むのは当然のことだったといえるでしょう。やがて、残っていた全人類がNIとなりました。しかし、彼らはNIになってからも、再び地上で肉体を持って生きるために、さまざまな方法で徐毒を試みました。それが功を奏して事故から百数十年、NI化から百年も経たぬうち、この辺一帯は人の生きられる環境に戻った」


 カイリが細く溜息をついて、アサトが頭をバリバリと掻いた。


「その頃には、マハラ高原にNIのすべてを集約するタワーが建っていました。徐毒の一番遅くなるそこに建てた意味は私にはわかりません。そのうちに、クローンに記憶、つまりNIの人格を移植する技術が開発されました。私たちは期待しました。彼らはとうとう帰ってくるのだと……それなのに、誰も戻ってはきませんでした」


 ロボタンの黄色い片目がチカチカと瞬いた。


「その後……それこそ私にはわからないのですが、NIたちは古いシェルターの中で、クローン再生した人々が争うおかしなシステムを作り出しました。それで「人類は存続している」ということにでもしたいとでも言うのでしょうか」


 ロボタンは伺うようにダイチとアサトを交互に見る。自分の中にある偽の記憶、カイリの見つけ出した情報は偽物だった。となれば、ロボタンのこの記憶だって怪しいものだが……ダイチは混乱した頭をそっと振った。事実として考えなくては答えなどだせない。


「あなたたちの生殖機能が奪われていることは?」

「……わかっている」


 ダイチの返事に安心したようにロボタンは頷いた。


「そうなのです。現状ではクローンを作り出すことであれば無限に出来ます。廃棄されたクローンですら遺伝子情報が残っていれば再生可能でしょう。でも新しいヒトはもう生まれてこないのです。……それは人類滅亡と実は同義ではないでしょうか」


 おそらく……そんなことには、きっとNIも気がついているだろう。ダイチはNIの思いを想像する。気がついて尚、恐ろしくて現実に戻ることができないのだ。かといって、自分たちではない誰かが、そこで子供を産み、育て、繁栄することも許せないのだろう。


「これから行く私たちの住んでいるコロニーは、、毒を浴びても生きられる、体力があり再生能力が高い「強い人類」を作り出そうとしていた実験施設です」


 そこでロボタンはちらりとマシロを見つめる。何かのピースがカチリとはまった気がして、ダイチはそっとマシロを見上げた。マシロの顔には何の表情も浮かんでいない。


「あそこにはそういった実験体以外に、何の操作もされていない卵子と精子、生殖能力を持つヒトの胚が冷凍保存されて残っているのです。もちろん、NIが管理しているものがどこかにはあるかもしれませんが、管理下にないのはあそこだけなのです」


 ダイチはゆっくりとロボタンに向き直り、片方しか点いていない黄色い目を食い入るように見つめた。つまり、このアンドロイドは新しい人類をそこから始めようとしているのだろうか。その目の黄色が輝きを増す。


「私たちは、それを使って人類を作り出すことは出来ない。そうプログラムされているのです。その権限がないのです。だからあなたたちを待っていた。……私たちは……」


 かしゃん、とロボタンは立ち上がる。


「人のために作られた。人のために……。私たちは動く意味がなくとも動き続けなければならない。壊れたら自己修繕しなくてはいけない。でも人を作ってはいけない。人の為に作られたのに……人が居ないのに……」


 ロボタンは黙り込み、やっとこのような両手を交互に絡めては外す。落ち着きを取り戻そうとしているような所作に、ダイチは心を打たれずにはいられなかった。プログラムだ、と思い込もうとする努力は全く意味をなさない。


「あなたたちを……あの唯一の希望のコロニーへお連れいたします。そこでの判断はあなたたちに委ねます」

「……そうやって人を作ったとして、守り抜くことが可能だと思うか?」


 ダイチは思考を切り替えて、誰にともなく呟く。


「NIはナチュラルヒューマンを認めていません。おそらく、管理下に置こうと躍起になるでしょう。簡単ではありません。もちろん彼らはそうやって生まれた命を殺すことは出来ないのですが」


 ロボタンは正直に答える。だろうねえ、と言いながらアサトが頭を掻いた。殺されなくても閉じ込められて管理され、NI化を促されたら……同じことの繰り返しになる。カイリが顔の前で両手を合わせて一点を見つめたまま口を開いた。


「……NIは簡単にコピーしていいものじゃないはずですよね。そして今、すべてがマハラ高原のタワーに集約している。つまり、そこを落とせれば」

「カイリさん」


 カイリを遮ってロボタンが立ち上がる。


「NIは命ではないかもしれない。でも、それを壊すことは殺人であると私は考えます」


 カイリは目の前に組んだ腕をゆっくりと下ろした。


「……生きる権利を手に入れるためには、戦うしかないじゃないですか。話し合いが通じる相手じゃないんだから」


 カイリが言葉に込めた怒りは、ダイチも共通に持っているものだ。おそらく、ここにいる全員が抱えている怒りだろう。記憶を捻じ曲げられ飼われていた屈辱が、彼らに仕返しをせよ、と心の隅で囁く。ロボタンは黙って椅子に座りなおし、静かにゆっくりと言った。


「あなた方がそれを望んでも、わたしは手伝うことが出来ない。「人を殺してはいけない」……人がわたしにそうプログラムしたのです」


 カイリは息をのみ、アサトはため息をついて視線をそらした。


「……でも、それが生きるということだろう?」


 マシロが二段ベッドの上から不思議そうな顔を向けた。これまで、話し合いには全く興味がないように参加しなかったマシロの発言に視線が集まる。


「私たちは他の命を奪わなくては生きられないように作られているのだから。それがどんなに悪いことだとしても私はNIにはなりたくないから、必要があればそれを壊すぞ」


 マシロはきっぱりと言い切る。アサトがうーん、と大きく息を吸い込んで吐き出した。


「……もちろん、戦わない社会、それは理想で正しいよ。でも、争いは起きるし正しくないことも起きる。仕方がないとは言いたくないけど、ここは理想郷じゃなくて現実だろ」


 いつになく真面目なアサトを誰も茶化さなかった。それだけ、誰もが今自分たちが選択することの結果を恐れている。ダイチは疲れた顔をした仲間たちを見回した。


「戦えば仲間を失うかもしれない。でも、この世界を変えられるのは異常な螺旋から飛び出せた俺たちだけなんだ。かといって、だから俺たちはそれをすべきである、というわけでもない」


 ダイチは言い終えてロボタンを見つめる。ロボタンは電池が切れたように動かなかったがゆっくりと口を開いた。


「綺麗事では何も為しえないということでしょうか」

「為しえるかもだけど、決意と覚悟が必要だ、ということです」


 カイリはしっかりとした声で言い切る。恐らくカイリの中で気持ちは決まっているのだろう。ロボタンは決意したように顔を上げた。


「NIの施設は一箇所に集約されています。地上部には通信と発電の施設。地下に全NIのデータを集約したコンピューターがあります」

「……詳しいな」

「秘密にする必要がないのです。彼らに敵は居ないのですから」


 ふ、とアサトが鼻で笑う。


「ここに、居るんだけどな。なるほど、俺たちの存在は計算外、もしくは取るに足らない、か?」

「NIの集約されるコンピューターはマハラ高原にある。人間が入り込めない毒に汚された区域です。ことは簡単ではありませんよ」


 ダイチはロボタンに頷きながら、ここでこれ以上の議論をする必要はないと判断した。コロニーに生きて辿り着く、すべてはそこからなのだから。ダイチの気持ちは決まっている。だが、それを仲間に押し付けるつもりはなかった。


「よし。皆、コロニーに着くまでに、自分がどうしたいか考えておいてくれ。何を選択しても恨みっこなしだ。俺たちの中でくらい強制はなしにしたい。例えそれが別れになってもだ」


 ダイチはなるべく軽い口調で話す。


「少し仮眠をとろう。起きたらまた歩くぞ」


 ダイチは笑いながら立ち上がって、もう一つある二段ベッドの下に横になる。ダイチが抜けたスペースにアサトが足を伸ばし、カイリはダイチのもぐりこんだ二段ベッドのはしごを登っていった。


「おやすみ!」

「おやすみ」

「……なさい」


 明るいダイチの声に帰ってきた返事はまばらだった。ダイチは布団に潜り込んでじっと自分の手をみつめた。NIを壊して、人類を生き物として正しい姿に戻す。開いていた手をぐっと握りしめる。


――必ず


 何故、自分が悲愴なまでにそれを願うのかわからない。でも、この螺旋を壊す。解放するという思いは、避けようもなくダイチの心を占めた。興奮して眠れそうにない心を押さえつけるように、ダイチはぎゅっと目を瞑った。

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