ミューテーション 4
何かにがっちりと抑え込まれて、叫ぶどころか息を吸うことも目を開けることもできない。抵抗することもできずにダイチはどこかに運ばれた。
「さア しゅッパツ シましョう」
しばらくしてロボタンの声が聞こえてダイチは目を開けた。目の中に残っている砂粒がチクチクと痛い。薄く開けた目に、計器の数々が映った。どうやら何かの乗り物の中のようだが……状況を把握する前に、エンジンのような音が響いて、ガタガタと揺れはじめた。
「皆! 居るのか!?」
ダイチは目を擦りながら叫ぶ。何かに横向きに拘束されたままだが、手足は自由になっていた。
「ダイチさん。僕はここに居ます、大丈夫です」
「私も大丈夫だ」
カイリとマシロの声に少しほっとすると、アサトのひゃひゃひゃ、という笑い声が聞こえた。ダイチは少しづつ視力の戻った目を開く。自分を横抱きに抱えている、筋肉質な男性タイプのアンドロイドとしっかりと視線が合った。
「……おろせ」
「私 は モ ト で す。 以 後 お 見 知 り……」
「おろせ!」
「了 解 で す」
野太い声が頭上で響き、ダイチはそっと優しくおろされる。くっ、と声を上げてカイリが口を押さえて俯いた。腕を組んであらぬ方向を見つめているマユの肩が震えている。
ダイチは舌打ちをして辺りを見回した。ここは、どうやら何かの乗り物の運転スペースのようだ。テセウスからアンドロイドに抱えられてここに運ばれたと考えて間違いないだろう。アサトの隣には女性型アンドロイドが立ち、カイとマユはエリーに抱えられたままだった。
そして、正面の窓からも、側面の小さな丸い窓からも砂煙しか見えない。ダイチはごほん、と咳払いをしてロボタンを睨んだ。
「ポンコツ、何がどうなってる?」
ロボタンはくるりと後ろを振り返る。
「お前のことだよ!!」
ダイチはロボタンの後頭部に向かって怒鳴った。ロボタンは憤慨したように一回上下するとくるりとダイチに向き直った。
「テセウス ニ あなヲ アケて ダッシュツ しましタ これハ フルイたいぷノ いどうヨウノ のりモの でス」
「外って……テセウスを出たのか!?」
「ソウです ガ?」
何故テセウスの外に出るのだ? どうしてそうなったのだ? ダイチは二の句が継げなかった。
「出てどうするんだよ!」
ダイチの代わりにアサトが叫ぶ。カイリが外は無人だと言っていたではないか。文明の全くないところでサバイバルするなどダイチたちには不可能だ。
「ここかラ センゴひゃくキロ くらいノ ところニ アル フルい コロニー に ムカイます」
ロボタンは当たり前のように話し出した。
「じキュウ じそク が カノウ デ あんどロイドも たくサン のこッテ いる かれラも ひと ヲ まっていマス いつデモ じゅんびハ バンたん でス」
ダイチは何をどうしたらいいのかわからずに皆の顔を見回した。
「もうそれしかないんじゃないの? 今更ただいまーって帰れないでしょ」
とアサトが呆れたように答えて、それにカイリも頷いた。マシロは目をキラキラさせて嬉しそうに笑っている。
「みんなが待ってる。早くいこう」
「え……何? じゃあ、コロニー行き決定なのか?」
ダイチがぐるりと見回すと、マシロ以外の全員が「こうなったら仕方ないだろう」マシロだけが「大賛成」というように頷いた。仕方ないでいいのだろうか、とは思うが仕方ないものは仕方がない。ダイチはロボタンを諦めに似た気持ちで見た。
「じゃあ、そうしよう。と、今更だけど……テセウスの外に出るなんて重要なこと先に言えよ」
「ダイチ さま ハ ここから デタイ と おっしゃっタ?」
あ、とダイチは手を額に当てる。「建物からバトルフィールドに出たい」と言ったつもりだったのだが、元より外を知っているロボタンにとって「外」とはテセウスの外のことだったのだ。
「……なるほどね。それにしても、あの時間でよくこれだけ用意できたな」
「……いつカ ひとヲ ゆうカ……イエ つれさり……イエイエ」
不穏な言葉が聞こえてダイチはロボタンを凝視する。ロボタンはそっと視線を外した。
「勘違い……したフリか? お前……AIにやっていい範囲を超えてるだろ」
ダイチは呆然と呟く。「人の世話をしたい」などという願望が、AIの中に存在するかどうかはわからない。だが、最初から人を連れ出すつもりで準備していたのは確かである。それでも大前提として建物の破壊はAIには許されていないのだ。
――人命を救出する場合を除いて
今回のダイチたちは飢え死にさせられそうになっていたのだから「命を助けるための破壊」といえるのかもしれない。だが、屁理屈のような判断で、自分の願いを叶えようとするAIなど聞いたことがない。この脱出そのものがNIに仕組まれていることなのだろうか。いや、それならテセウスの外に出すわけがない……。
「そんなコトより みなさン おつかレ デしょう へやニ あんない しマス ゆうハン まで シャワー でモ あびテ おまちクダサイ」
ロボタンは誤魔化すようにくるくる回りながら、ドアへと向かう。思考を止められたダイチは「そんなことより?」と深い溜息をつく。とはいえ、風呂は嬉しいし、夕飯はもっと嬉しい。
「……そうさせてもらうか」
同意を得ようと振り返ったダイチを、アサトのにやにや笑いが迎えた。
「お心のままに、プリンセス」
「うるせーよ!」
「悪い言葉遣いですわー、姫さま」
「だまれ!」
必死に起こったことやこれからのことを考えているというのに……ダイチはうんざりしながら、重かった気持ちが少し気が楽になっていることに気が付いた。アサトはいつもそうなのだ、ダイチがストレスを溜めはじめると絶妙なタイミングで抜きにくる。
――アサトが居なかったら
恐らくバトルフィールドでのサバイバルすら耐えられなかったかもしれない。ダイチはそんな思いを気取られないように、怒った顔のままロボタンに続いて部屋を出た。
上機嫌なロボタンに「こちらです」案内されたのは、狭いながらも個室だった。シングルサイズのベッドに、そのベッドと同じ幅ほどしかない開きスペースに、ドアがひとつ、壁のフックにダイチにジャストサイズと思われる洋服がかけてある。一人に一部屋づつあるようだった。
「本当に準備万端、だな」
独り言を言いながら部屋の中にあるドアを開けると、狭い手洗いとシャワー室だった。狭いながらも今までを考えれば、充分に居心地のいい空間だ。古い木の匂いも心地よい。
「このママ コロニー に むかイ マスので ゆっクリ おすごし クダさい」
ロボタンは自信満々で言ってドアを閉める。ダイチはベッドに倒れるように横になり目を瞑った。体が軋んで感じるほどに疲れているのだが、眠気は全く無かった。しかし冴え渡っているのとは程遠い。見慣れぬ素材の天井を、電池が切れた人形のようにダイチは見つめ続けた。どのくらい経ったのか、やがてゆっくりと思考が戻ってくる。
――これで……よかったのか?
熱いシャワーを浴びて汚れを落とすと、急に今までのことが現実味を伴って蘇ってくる。無我夢中で、悪い夢を見ていたような二日間……。ダイチは熱いお湯を浴びながら目を瞑る。そのままじっと動けなかった。
――思考を止めろ 振り向くな 目の前のやるべきことを見ろ
『やるべきこと、の前に自分のやったことを考えてみろ』
ふいにイチの声が頭の中に響いた。
『アサトをリスポーンよりひどい目に合わせて、自分自身を殺した。人でなし』
ダイチはシャワーを止めてタオルを掴むと、がしがしと荒っぽく体を拭いて用意してあった服を着込む。濡れた頭を拭いていると、横開きのドアがすごい勢いで開いた。髪の毛から水をポタポタと流しているマシロが立っている。
「ダイチ!」
マシロは可愛らしい水色のワンピース姿だった。当たり前だがバトルフィールド内ではワンピースなど手に入らない。手に入ったところでマシロが着るとは思えないが。今まで動きやすいパンツ姿や、男物のシャツをだらしなく着た姿しか見たことがないダイチは少なからず動揺した。
「……マシロ、ノック。部屋に入るときはノックするんだよ」
「そうだな」
一旦、ドアが閉まり、こんこん、とノックの音がした。返事をする前に再びドアが開く。
「……どうぞ」
諦め気味にダイチは呟いた。マシロは部屋に入るとくるりと後ろを向いた。背中にファスナーが付いており、片手のマシロが一人で着るのは難しそうだった。
「こんなのしかないんだ。閉めてくれ」
……マシロの世話をするアンドロイドが必要だな、と思いながらファスナートップに手を掛けて、ダイチは息を飲んだ。マシロの背中、肩甲骨の下あたりから腰骨にかけて、うっすら鱗のようなものがついている。ダイチは黙ってファスナーを上げた。ふいに胸の奥が熱くなり、ダイチは後ろからマシロを抱きすくめる。
「ダイチ?」
不思議そうなマシロの顔がダイチを見上げる。
「……ダイチ、どうした? 寂しいのか?」
マシロはそっとダイチの手を自分の手で包み込んだ。手首から先のない腕の引き攣った傷が痛々しい。ダイチは返事が出来なかった。
「寂しかったら、泣いていいんだぞ?」
マシロはゆっくりとささやく。ダイチは一瞬だけマシロを抱きしめる腕に力を込めて、ゆっくりと腕を離した。マシロの肩に手を添えて、そっと押す。何かがびりり、と引きちぎられるような気がした。
「泣かねえよ……髪、ちゃんと乾かせよ」
自分でも情けないくらいと思うほど、ダイチの声はかすれていた。せめて、歪んだ顔は見られないよう、自分の肩にかけていたタオルをマシロの頭にかぶせ、ごしごしと拭きながら背中を押して通路へと押し出した。
「大丈夫なのか?」
心配そうなマシロの声に顔も向けぬまま、親指だけ立ててみせる。
「そうか、じゃあ、あとでな」
納得できない様子のマシロの声と同時にすっとドアが閉まり、ダイチは崩れるようにベッドに腰掛けた。腹が減ったな、そう思ったら笑えてきた。どんなときでも腹は減るし、眠くなる。自分の意思とは別に、体は生きようとしている。自分の意志とは別に? ダイチは、自分の手をじっとみつめる。
――強くなれ、皆を守るんだ
ぐっと拳を握り締める。ゆっくりと指を開くと、部屋にノックの音が響いた。
「お 食 事 で す」
「……わかった。今行く」
ダイチは一度ぎゅっと目を瞑ってから、よし、と叫んで立ち上がった。ドアに手を掛けたまま、ニッと笑顔を作る。息を吸い込んで引き戸を開けると先ほどのアンドロイド……モトが迎えに来ていた。
「こ ち ら で す」
案内についていくと、乗り物の進行方向とは逆――最初に乗り込んだ操縦スペースから居住スペースを挟んだ反対側には食堂の設備が整っていた。きちんと調理された料理が並んでいて、既にマシロが搔きこむように食べている。到着したのはダイチが最後で、空いている席に腰掛けると、女性型のアンドロイドがグラスにワインを注いだ。
「カのじょは シズ でス」
「ありがとう、シズ」
ロボタンに紹介されたシズはお辞儀するようにゆっくり顔を傾ける。発声器官が壊れているのかもしれない。ダイチはテーブルに並ぶ食事を見回す。
「すげえな」
「本当、ありがたいです」
思わず口をついた一言に、カイリが深く頷く。ずっと調理を担当していたカイリにとっては、しみじみ言うほどの感動なのだろう。久しぶりのまともな食卓に、ダイチは無言で空腹を満たした。
食べ終えると、マユとカイリが「お先に」と部屋を出て行った。マシロは食べながら舟をこぎ始め、動かなくなった。部屋にお連れします、とシズがぐっすり寝ているマシロを抱えて出ていった。
「俺たちも寝るか、今後のことは明日でいいだろ?」
アサトがあくびをしながら自然な笑顔で笑った。ダイチもつられて笑顔になる。瞬間、叫びだしたいような気持ちになった。立ち上がるアサトに続いてダイチも立ち上がる。通路は擦れ違うには体を斜めにしなければならない程度の幅で、ダイチは斜め前を歩くアサトの背中を見つめた。
「……なあ、アサト」
「なんも言うなって」
ダイチの声色から何かを察したのか、アサトはボリボリと頭をかいて言う。
「聞けよ」
ダイチは思わず強くなった声に自嘲する。結局俺は謝罪で自己満足したいだけなのだろうか。
「……あ、どうも挨拶が遅れました。あなたの親友の記憶を貰ったクローンのアサトです。以後よろしく」
振り返り、下手くそなウィンクをしてアサトはダイチに背を向ける。こうなったらアサトはどうしようもないことは、ダイチが一番良く知っている。
「……すまない」
部屋の中に消えていくアサトの背中に、ダイチは聞こえないほどの声で呟いた。




