ミューテーション 3
再びロボタンが現れた時には、数時間が経過していた。焦っても仕方がないと体力の回復に努めていると、ガツンガツン、という物々しい音が聞こえて、ロボタンが出て行った小さな穴が見る間に大きくなっていった。
「たいヘン おまたセ イタしましタ ささ こちラヘ ドうぞ」
ロボタンはひょっこり顔を出して、すぐに引っ込んだ。ダイチはアサトと目を合わせて頷いて、穴をくぐる。
「うわ!」
そこに居た異形のアンドロイドを見て、ダイチは思わず叫んだ。
「ダイチ!?」
「どうした!?」
何事か、と壁の向こう心配する声に「なんでもない」と答えながらダイチは異形を観察する。それは元々が何だったのかわからないくらい様々なパーツでくみ上げられていた。形状が一番近いものは……蜘蛛、だろうか。
「かのジョ ハ エリー デス はなせマセん ガ ことバ を リカい しまス」
ロボタンがダイチに向かって小声で言う。ダイチは小さく頷いた。彼女、そして言葉を理解するということは、元々は女性型アンドロイドだったのだろうか。それとも、そもそもこの形状なのだろうか。
「きゃ!」
穴から入ってきたマユが小さな悲鳴を上げた。ダイチは慌てて口の前に人差し指を立てた。こくこくと小さく頷きながらマユはダイチの背中に隠れる。マシロ、カイリ、アサトも次々に穴から這い出してきたが、ダイチの人差し指を見て三人は悲鳴を飲み込んだ。ダイチは止めていた息をゆっくりと吐く。
「ええと、新しいお友達のエリー、さん、だ」
エリーは体を傾斜させてダイチの後ろのマユに、腕を一本差し出した。腕の先はドリルのようになっている。マユは「なんであたしに」と小さい声で愚痴ってから、恐る恐るという感じでその先にちょん、と触れた。
「よ、よろしくね」
マユは震える声で挨拶する。エリーはお辞儀のようなポーズを取ると、カサカサと部屋の隅に向かった。そこにも大きな穴が開いていた。エリーが通ってきたのだと考えると納得がいく。マシロがキラキラした目でエリーを見ているのに気がついたアサトが「おい、余計なことを言うなよ」と軽く小突いた。ロボタンは手を広げてダイチたちをエリーの居る方向へと誘った。
「さア イキましょウ ソトにでまショウ ソトです そとニいくのデス いきたイト いったノです わたしノ タスケが ヒツヨウ です」
「ああ、いこう」
張り切りすぎているロボコンに苦笑して、ダイチは歩き出す。同じように壊された壁をいくつか通り過ぎると、長い螺旋階段のある広いホールに出た。ロボタンは螺旋階段を見上げ、くるりと振り返りマユを見つめた。
「ここヲ のぼりマス シバらく といレが ありマセン おしッコ は だいじょうブ かな?」
「なっ」
マユがロボタンを睨み付ける。背の低いマユを子供だと思っているのだろうか。どちらにしても女の子に聞いていい話題ではないだろう。ダイチはマユの肩にぽんと手を載せる。
「バトルスーツに排泄の機能もついてるから大丈夫だ」
「ソウですか でハ うン……」
「黙れポンコツ!」
マユの厳しい声にロボコンは少し硬直すると、では、いきましょうといって階段を上り始める。くっくっくと声を抑えて笑うアサトの足をマユが蹴り飛ばした。ダイチは螺旋階段を見上げる。渦を巻き天空に伸びている階段の先は細く小さく、天井は見えない。ここを登るのか、と思うと少し気が滅入った。
「よっしゃあ! いくかあ!」
アサトが大声をだしてのぼりはじめ、皆それに続く。思った通り、階段は登っても登っても永遠に続くかのように上に向かって伸びていた。ホールの床がもう指の先ほどの大きさに見えるのに、未だに天井は見えない。
「きいっつー」
アサトが弱音を吐いて、はあはあと荒い息をついた。
「だらしないなあ、アサト」
マシロが後ろから、からかうような声で言う。マシロはともかく、マユやカイリが限界だろう。そろそろ少し休憩を挟んだほうがいいだろうか、と思いながらダイチは黙々と足を進めた。
「本当、男ってだらしないよね、マシロ」
マユがマシロに話しかけるなんてどういう風の吹き回しだ? それに今まで文句をひとつも言わなかったのも不自然だし、声が元気だ。ダイチは疲れも忘れて振り返る。アサトとカイリも同じだったようで、男三人が足を止めて振り返った。
「……うわあ、ずっるいなあ」
アサトが本音を吐く。マシロとマユはエリーの背中に乗っていたのだ。二人はくすくすと笑っている。
「女の子だけだもーん。ね?」
マユがマシロにウインクをする。
「そ、そうだ、女の子だけなんだ」
マシロはびっくりした顔でマユを見つめたあと、頬を染めて嬉しそうに叫んで足をバタバタと動かした。
「女の子、ねえ」
ダイチは残りの階段を見上げた。まだゴールが見えない。ため息を付くと先頭を歩いていたロボタンがくるりと振り返った。蛇腹の手をダイチに向かってそっと伸ばす。
「よけレバ わたし ガ だっコ で」
「いらねえよ」
「ソウ ですカ ザンねん デス」
「あー、もう! 休憩だ、休憩」
アサトが階段に座り込み、そのまま休憩になった。そんな休憩を何度か繰り返した数時間後、とうとうダイチたちは階段から抜けだした。そこはテセウスの入り口だった。確かに四十年前にここを通って受付をした記憶がある。……確かに? 自分の思考にダイチは内心苦笑する。ここを通った記憶を入れられている、が正しいだろう。ガラス張りのホールの外は真っ暗で、星が瞬いている。あの星は本物だろうか、映像だろうか。どちらにしてもガラスの向こう側は自分たちとは無縁の世界だ。
ダイチは記憶の糸を手繰る。ここを入れば宿舎の端だ。バトルフィールドに出るには、どこからかバックヤードに入り込まなくてはならない。一瞬だけ、自分の部屋で待つ新しいロコのことが気になった。連れて出る暇はないだろう。アサトのソフィアにしてもそうだ。
「えーと、今何時?」
「にじゅうサンジ ごじゅうナナフン サンジゅう ナナびょう デス」
ダイチの質問にロボタンが正確に答える。床に座り込んでいたカイリが顔を上げる。
「で、ここからどうやってバトル……って水!」
アサトはロボタンが差し出した水を、話も途中のまま毟り取るようにしてごくごくと飲み干した。
「おもったヨリ みなサマ が ぽんコツ で おそくナッテしまッタ そろソロ むかえ が きてしまいマス」
「なんだとコラ。え? 迎え?」
アサトが空になった水のパックをロボタンに投げつけ、不思議そうにロボコンの言ったことを反復した瞬間、爆発音がして、建物がグラグラと揺れた。
「なっ!」
「きゃあ!」
一瞬目を閉じて開くと、ホールは砂煙に包まれていた。目の前も見えないほどで、眼を開いていられなかった。まさか、ロボタンに騙されたのか? ダイチの背中を冷たいものが走った。
「こんなコト を してハ イケない ノ ですガ やむヲ えナイ ことなのデス」
どこかでロボタンの声が聞こえた。前後もわからないまま呆然としていると、何か冷たく硬いものでダイチの体は拘束され、持ち上げられた。




