84話 兄妹
マティアス様たちが部屋を去り、謁見の間には私とお兄様、そしてカリス殿下と陛下の四人が残った状態になった。
すると、陛下がカリス殿下にある問いかけをした。
「辺境伯の三男は今どこだ?」
「現在、私の宮に滞在しております」
その答えを聞くと、陛下は話の相手を私に移した。
「夫人はすぐにヴァンロージアに向かうのだろう?」
「出来るならば、明日にでも出発する予定です」
「そうか。では、魔法使いに頼んで、早く到着出来るように用意しておこう」
「はいっ、ありがとうございますっ……」
陛下の良心的な申し出に礼を告げると、陛下はほんの僅か口角を上げ、再びカリス殿下に話を戻した。
「ということだ。では、カリス。そなたに任を命ずる」
「任ですか?」
「ああ。夫人がヴァンロージアに行く間、責任をもってそなたが辺境伯家の三男の面倒をみなさい」
そう告げると、陛下はカリス殿下の返答を聞く前に、この場の解散を命じた。そして、カリス殿下の肩にポンと手を置くと、振り返ることなく謁見の間を出て行った。
こうして私たちは謁見の間に取り残された。しかし、すぐにカリス殿下の一声によって、元に居た部屋に戻ることになった。
◇◇◇
誰一人喋ることなく、無言で歩みを進める。
――これで、私がヴァンロージアに行って引き継ぎさえ済ませたら……。
完全に解決したわけじゃない。しかし、今までの出来事を振り返り、思わず私の視界を透明のベールが覆った。だが、そんな私の視界に滲む涙は、部屋に戻るなりすぐに引っ込むことになった。
「エミリア」
室内に入るなり、アイザックお兄様が私の名前を呼んだ。それに応えるように、私はお兄様へと顔を向けたのだが、その顔を見てギョッとしてしまった。
「お兄様……? 何で泣いてっ……」
そこにいたのは、顔を歪めて涙を流すお兄様だった。
私の記憶が正しければ、お母様が亡くなった時もお兄様は目を潤ませこそしたが、涙を流していた覚えはない。
初めて見る姿に戸惑いを隠せず、どう声をかけていいのか分からなくなる。
すると、そんな私に向かってお兄様は泣きながら言葉を紡いだ。
「こんなにエミリアが苦しんでいると知らず、今まで本当にすまなかったっ……。いや、知ろうともしてなかったっ。ごめんな、っエミリア……」
絞り出すような声で告げるお兄様の言葉を聞き、頭を殴られたような感覚になる。まさか、あのお兄様からこんな発言を聞く日が来るだなんて、夢にも思ってなかったからだ。
だからこそ、突然の謝罪に困惑してしまう。すると、そんな私たちの様子をみかねたのであろうカリス殿下が、そっと促すように声をかけてきた。
「この際兄妹で、胸襟を開いて話してみても良いのでは? そうだ、お茶もご用意しましょうか」
殿下はそう告げると、流れるような所作で私とお兄様を椅子に座らせた。そして、使用人にお茶の用意を頼むと言い、部屋から出て行った。
それからしばらくし、扉をノックする音がした。
「どうぞ、お入りくだ――」
ノック音に応じ入室許可の言葉を言おうとしたが、言い切る前に扉が開いた。かと思えば、なんとそこからお茶を持ったティナが入ってきた。
「ティナ!?」
「カリス殿下が手を回してくださったのです。さあ、私のことは気になさらずお話してくださいね」
そう言うと、ティナはお兄様を一瞥し、扉の入り口付近に移動した。そんなティナを見て、お兄様は私がするであろう行動を察したのか、はたまたビオラ慣れゆえの行動なのか、余った椅子を一つティナに持って行った。
そして、ティナが席に座ったのを確認し、お兄様が着席したところで、私とお兄様の話が始まった。
最初に口を開いたのは、お兄様からだった。
「……大人びたエミリアに甘えてた。大丈夫だと思って、ビオラばかり優先してた。気付けば、それが当たり前になっていた」
自信満々で意気揚々としたお兄様とは思えぬほど気弱な様子に、酷く心が揺り動かされる。そんな中、お兄様は更に特別な忖度の無い言葉を続けた。
「正直、俺に甘えてくれるビオラの方が、甘えないエミリアよりずっと可愛く見えてるのは事実だ」
「っ……そうね。ビオラは甘え上手。だから、お兄様は誰の言葉も聞かず、ビオラの事しか聞いてなかったのね」
お兄様の中で確実に、ビオラと私との間に格差があったことは明らかになった。
甘えていないという心当たりは確かにある。それに、お兄様にとって可愛げのない性格だった自覚だってある。
だからこそ、格差理由が明確になったことで、何とも言えぬ苦い感情が心に広がる。
そのためか、柄にもなくかなりストレートな皮肉をたっぷりの言葉をお兄様にぶつけた。すると、そんな私の言葉を聞いたお兄様は切羽詰まった様子になり言葉を続けた。
「そう言われても仕方ないと思う……。ただ、エミリアだって俺の大切な妹なのは常に変わらない! エミリアもビオラと同じ、血の繋がった俺の大切な家族なんだっ……」
ここまで告げると、お兄様の頬をツーっと一筋の涙が伝った。すると、お兄様は胸元から私が結婚前にあげたハンカチを取り出すと、それで涙を拭きスッと懐に戻した。
――何でまだ持っているの?
一年も使えば、替えなきゃダメじゃない……。
何でよっ……。
ハンカチ一つでさえ流行があるからこそ、何期も前の流行りのハンカチをごく自然に取り出したお兄様を見て、割り切れぬ心境になった私は、唇が震えそうになるのを必死に堪えていた。
だが、そんな私の心情を知らないお兄様は、膝上に置いた私の左手を取ると、包み込むようにそっと軽く握り謝り始めた。
「ごめんなっ……。この結婚が、俺のせいで自分を犠牲にした結婚とは……っ思っても見なかったっ……。マティアス卿に言われるまで、知りすらしなかったっ……。どうして相談してくれなかった?」
――どうして相談してくれなかったですって……?
あまりに間の抜けた問いに、思わずカチンときた。そのため私はそれに対し、自分でも想像以上に冷たい返答をした。
「……お兄様に相談したら何かが変わったと思う?」
「っ!」
「あのときのお兄様に、私が相談するという選択肢があったと思う? それにお兄様にとって私は、同じ妹のビオラと違ってただの口うるさい同居人だったでしょう? 相談したとして、真剣に取り合ってくれたの?」
今日のお兄様からは、確かに私に対する愛情を感じる。
しかし、今まで蓄積された私の想いは、そう簡単に絆されるものではない。
そのため、優しく話しかけてくるお兄様に私はかなり厳しい物言いで返し、お兄様の右手から握られた左手をすり抜いた。
この私の態度に、お兄様は驚いたのだろう。途端に焦った様子で言葉を返して来た。
「エミリアの人生が懸ってるんだ。そりゃあ真剣に――」
「アイザックお兄様は、死ぬ間際のお父様の話ですらきちんと聞かなかったでしょう? だから、ビオラの言うことしか聞かないお兄様が心配で、辺境伯に頼ることを選んだのよ」
お兄様ではない人を頼ることを選んだ。
そう告白しお兄様に顔を向けると、怒った様子は見受けられない。その代わり、酷く哀し気な顔をして、私をジッと見つめる二つの瞳と目が合った。
その瞬間、私の心には何とも言えぬ複雑な感情が込み上げ、ギュッと締め付けられるように胸が痛んだ。
それから、どれくらいの時間が経ったのか分からない。数秒かもしれないし、数分は経ったかもしれない。
時間も分からなくなるほどの緊迫感が脳を支配していた私に、お兄様が掠れ声で独り言ちるように声を漏らした。
「俺はエミリアに……謝り切れないことをしてしまっていたんだなっ……」
ショックを受けた様子でそんな言葉を紡ぐと、お兄様はグッと歯を噛み締め俯いた。しかし、すぐに私に顔を向けると、いつものように裏表のない言葉を続けた。
「きっとエミリアの懸念通り、あのときの俺はビオラの言うことしか聞かなかっただろう」
「あのときの?」
お兄様の言葉が引っ掛かり、拾った言葉が声になる。すると、お兄様は「ああ」と合槌を打ちながら、今までについて語り始めた。
「エミリアが嫁いでからも、俺はそれまでのようにビオラと過ごしていた。そして、その間使用人たちは、辺境伯を頼って相談していたんだ」
やはり想定通りの事態になっていたと知り、頭が痛くなってくる。
しかし、ブラッドリーに悪評は立っていないようだった。ということは、統治自体は何とかなっている。
その何とかなっている理由は、お義父様の存在があったからということには間違いないだろう。そう考えながら、話の続きに耳を傾ける。
「それである日、俺は辺境伯に注意されたんだ。ただ、そのときの俺は愚かで……っ辺境伯に、俺より確かな手腕がある辺境伯がすべてやってくださいと返したんだ」
「えっ……」
「そしたら、さっき言ったように辺境伯に説教されたんだ」
とんでもないことを言っていたと知り、気が遠くなる。だけど、それでお義父様が説教をしたのかと納得した。
「お前が遊び惚けて散財している間、エミリアは何をしていると思う? ずっと仕事だぞ。そう言われて、エミリアはビオラと違って頑丈だし、仕事が好きだからと返したら、人生で初めて他人に殴られた」
失礼過ぎるお兄様の発言と、沸点に達した瞬間手が出るお義父様の行動をいっぺんに聞き、怒りよりもついため息が漏れてしまう。
だが、お兄様はそんな私に気付きながらも、なお話を続けた。
「辺境がどんな場所か知っているか。エミリアにとって孤独はあれど、娯楽なんて無い土地だ。だが、それよりも問題がある。いつ戦地になってもおかしくない、一番危険な領地ということだ。そんなところに侍女一人だけで行ったエミリアに、同じ言葉がかけられるか!? と言って怒られた」
その話を聞き、私の脳内には結婚すると告げた時のお兄様とビオラの会話が流れた。
『お姉様辺境なんかに行くの!? 私がそんなことになったら、アイクお兄様、ぜーったい止めてちょうだいね?』
『エミリアは頑丈だから良いとして、こんなか弱いビオラをそんな野蛮な場所に行かせるわけないだろう? 心配するな。お兄様が守ってやる!』
息をするように、似たレベルのことを言われていた。
そのことを思い出し、お兄様が私を大事に思ってくれていないと思った当時の感情が、グッと胸に込み上げる。
だがそんな私に、お兄様は話を続ける。
「当たり前だよな。でも、この当たり前があのときの俺は分かって無かった。それから辺境伯に何度も怒られて説教されて、ようやく俺は領主の何たるかから学び始めたんだ」
そう言うと、お兄様は表情を険しいものへと変えた。
「俺がちゃんと仕事を始めた時、領地で俺やブラッドリー家に対する不満が、かなり溜っていると分かった。そして、その不満は辺境伯が手を回して処理していたことも……。だが、これからは自分でやると決めてからは、本当に情けないくらい失敗ばかりした。そのとき、辺境伯に助けを求めたら、多忙な人だが快く根気強く教えてくれた」
その話を聞き、私は驚いた。そこまで困った状況になっているとは、お義父様もお兄様も私に伝えてこなかったからだ。
お義父様の理由は気遣いだからと分かる。
しかし、お兄様はビオラ伝いにでも大変だと手紙を送ってきそうなものだ。それが無かったからこそ疑問に思った私は、そのままお兄様に質問をぶつけた。
「何でそんなにも大変だったのに、私には伝えなかったの? お兄様でなくともビオラが伝えてきそうなのに、それも無かったわ」
「俺が止めたんだ。エミリアは心配性だろ? 自分の領で精一杯なのに、大変だという情報だけ言われても余計困らせると思ったんだ」
確かにその通り。だが、私の性格を把握したうえで、敢えて送らなかったとは考えてもみなかった。
それだけにこの答えを聞き、お兄様は思った以上に成長をしているのだと改めて実感する。そのため、感動にも似たような驚きの感情を抱えた私は、更にお兄様へと質問を続けた。
「ええ、確かにお兄様の言う通りだわ。……それで、今は?」
「何とか、ようやくスタート地点に立った……といったところだと思う」
先程までお兄様に怒りを覚えていたというのに、お兄様がだんだんと領主としての責任を自覚し始めたことを知り、安堵の念を覚える。
すると、お兄様はもう一度私の手を取り、今度はしっかりとした力で握ってきた。
「エミリアにとっては今更過ぎるだろうが、これからは何でも我慢せずに教えて欲しい。必ず力になる。これまでについても、エミリアさえ良ければ本音で教えて欲しい。直すからっ……」
その言葉を聞き、私は腹を割ることにした。そして躊躇いはあるものの、思い切って童心に戻ったようにお兄様に本音をぶつけてみた。
「……本当に傷付いていたのよ。ビオラの話しか聞かないって言ったけれど、それよりも何よりも、お兄様は私のことは好きじゃないと思ってたから、言うにも言えなかったっ……」
まだ続きがあると言うのに、言い出してみると予想外に感情が込み上げてくる。そのせいで、自ずと涙が込み上げそうになる。
「っ知らなかったでしょ? 私、結構堪えていたのよ? お兄様やビオラの私に対する言葉選びや、二人だけが楽しそうに過ごしている時の部外者感や疎外感がつらかったっ……」
別に、宝物のように私のことを大事に大切にして欲しいとか、気にかけて欲しいとか、そういうわけではない。
二人と一緒に、遊び惚けて浪費することを共にしたいわけでもないし、ビオラとお兄様のようにまるで恋人のような接し方をしたいわけでもない。
ただ、同じ兄妹や家族間で、これ見よがしに関係値の差を痛感することがしんどいのだ。それに、楽しそうな二人を横目に、自分だけが責任のある役回りをさせられることは、いくら仕事が好きだとて良い気はしない。
何年も続いて慣れたと自分に言い聞かせたが、やはりつらかった。
涙を誤魔化したくて、その気持ちを軽口っぽく伝えようとした。しかし、これまでの想いが、コップから溢れ出した水のごとく止まらなくなった私は、堪えきれず涙を零した。
すると、涙と共に感情を発露させた私を見たお兄様は、悲しみを孕んだ切なげな表情をし、感極まった様子で口を開いた。
「エミリアっ……ずっと苦しめてすまなかったっ……。っ……エミリアもビオラと同じで大好きだし愛しているのに、俺は最低だっ……。ごめん、エミリアっ……」
そう言うと、お兄様は泣き声をあまり漏らさないものの、私とは比べものにならない程の涙を流し始めた。絶世の美男子と言われるお兄様は、今や涙でぐちゃぐちゃだ。
その顔を見ていると、なぜか冷静な気持ちになり、スーッと涙が引っ込んでいった。
そのうえ、私よりも号泣するお兄様を見ていると、何だかちょっと笑えてきた。
今、笑うようなタイミングではないのは分かっている。だが、真剣に考え泣いているお兄様を見て、何となく心が軽くなったような気分になってきたのだ。
裏表がない性格だと分かっているからこそ、謝りながら泣くお兄様の姿に、少し期待を見出してしまったのだろうか?
それより、そろそろ謝られてばかりもつらい。こんな言葉だけの謝罪は、マティアス様でこりごりだ。そんな気持ちも湧き始めた私は、涙が止まりそうにないお兄様に告げた。
「もう謝罪の言葉は聞きたくないわ。お兄様、私は言葉よりも行動で示す人が好きよ。ねえ……これからは私の言うことにも耳を傾けてくれる?」
問いかけになると、少し心の気弱さが滲んでしまう。まだ、過去のお兄様の方が、脳裏に色濃く残っているからだろう。
ただ幸いなことに、号泣しているお兄様は気弱を見せた私の様子に気付かなかったらしく、ポカーンと魂が抜けたような顔でポツリと呟いた。
「それだけで良いのか……?」
「それだけが今まで出来ていなかったんでしょ? でも、本当にそうしてくれたら私は嬉しいわ。だって、私たち家族じゃない。仲が良い方がいいもの」
そう言うや否や、お兄様は立ち上がると椅子に座ったままの私をきつく抱き締めてきた。
「エミリアっ……今までごめんな。お兄様、絶対にエミリアに辛い思いはさせないし、ちゃんと話も聞くからっ……。こんな当たり前さえ出来ずにすまない。これからは、きちんと行動で示すからなっ……」
「お兄様! 苦しいわっ……!」
「ああ! でも、エミリアに俺の愛を伝えたくてっ……」
「っ……馬鹿ね、お兄様」
苦しい苦しいとお兄様に抵抗しながらも、耐えられる苦しさに留めて私を抱き締めるお兄様の行動に、習いたての言葉を使いたがる子どものような人だなと思う。
だけど、こうして変わり始めたお兄様に期待して、私も恐る恐る腕を回して、そっとお兄様を抱き締め返した。
その瞬間、首筋にお兄様の涙が伝う感覚がした。
きっと、お兄様のビオラへの格段な態度は変わらないだろう。しかし、私のことも尊重してくれるようになると、そんな確信を持った。
それと同時に、やはりお兄様は他人でなく兄妹なのだと改めて思い知った。
◇◇◇
お兄様が離れてからしばらくすると、目を真っ赤にしたティナが口を開いた。
「お話の途中失礼します。エミリア様、恐らくジェラルド様が心配されていますので、お顔を見せに行ってあげた方が良いかと……」
そう言われ時計を見ると、もう時計の短針はここに来たときから一つ左に移動している。
――もうこんなに時間が経っていたのね。
ティナの言う通り、不安がっているでしょうからそろそろ顔を見せに行かないと……。
そう思っていると、アイザックお兄様がティナに話しかけた。
「ティナ。ジェラルド様とは、エミリアの幼い義弟のことか?」
「はい、左様でございます。ジェラルド様は、本当に心からエミリア様を慕い、支えてくださっているお方です」
その説明を聞くと、お兄様は「そうなのか?」と私に問いかけてきた。そのため「あの子がいたから、こうしてここにいられるのよ。賢いし勇敢で、とても可愛らしい子よ」と返すと、お兄様はハッと驚いた顔をした。
直後、私に頼みごとをしてきた。
「エミリア、俺をその子に会わせてくれ!」
◇◇◇
お兄様の頼みを聞き、私はお兄様も連れてジェリーの元へと向かうことにした。
「お兄様。知らない人には警戒心が強い子だから、絶対に怖がらせないでね」
「当たり前だ。俺が恩人を怖がらせるわけないだろう」
そう言うと、お兄様は「心配性だな~」と言いながら頭を撫でようとしたので、その手をすり抜けて扉を開いた。すると、扉を開けた直ぐ先に目的の人物がいた。
「リア! お帰り! 大丈夫だった!?」
そう言いながら、ジェリーは私に駆け寄ろうとした。しかし、私の隣立つ人物、お兄様に反応して駆け始めた足をすぐに止めた。このことは想定内……。
よって、私はジェリーの警戒心を解くべく、ジェリーにお兄様を紹介することにした。
「ジェリー、驚かせてごめんね。この人は、私の兄のアイザックよ」
そう告げると、ジェリーは心底驚いたというような表情で、お兄様を見て固まってしまった。まるで、お兄様にメデューサの能力が宿ったようだ。
そんなことを考えていると、お兄様は長い足を生かしてあっという間にジェリーの前へと辿りついた。すると、ジェリーの前に片膝を突いて跪き、ジェリーに話しかけ始めた。
「ごきげんよう。エミリアの兄でブラッドリー侯爵家の当主、アイザック・ブラッドリーだ。君は、ジェラルド・カレンだね? エミリアからは賢く勇敢な子だと聞いている。エミリアと一緒に居てくれてありがとう」
そう言うと。お兄様は先ほどまで泣いていた人とは思えないような、輝く笑顔でジェリーに微笑みかけた。
するとお兄様が話しかけてから数秒後、石にされた呪いが解けた様子のジェリーは、少し緊張気味にお兄様へと言葉を返した。
「は、はじめまして! ジェラルド・カレンです。リアのお兄様……。会えて嬉しいですっ!」
「なんて愛らしい子だっ……。天使じゃないか……」
お兄様が感銘を受けた様子で心の声を零した。
――そんなビオラに対するような物言いで接したら、ジェリーが引くんじゃ……。
ついつい老婆心から、そんなこと思ってしまう。
ところが意外なことに、ジェリーはパァーっと花の咲くような笑顔で、悦に浸ったお兄様に微笑みかけた。
その光景を見て、驚きを隠せなかった私は、同様に驚くティナと目を見合わせた。だが私たちは動向を確認すべく、すぐに視線をジェリーたちの方へと戻した。
その際、ふとジェリー越しにいたカリス殿下が視界に入った。殿下の顔を見れば、私たちと同様に驚いた反応を示しているのが伝わる。
しかし、殿下はすぐに見守るような優しい笑顔になったかと思うと、ジェリーに明るく声をかけた。
「ちゃんと挨拶できて偉いな、ジェラルド」
「うん! リアに挨拶は大事なことだって教えてもらったから。それに、リアのお兄様でしょ? リアの大切な人なら、僕も大切にしないと!」
そう言うと「ねっ! リア!」とジェリーが笑いかけてきた。その返しにカリス殿下は、面食らったというような表情をした直後、フフッと楽しそうに笑い出した。
無論、お兄様は完全に心を射貫かれた様子で「かわいいなぁ」と言いながら、ジェリーに微笑みかけ続けていた。
すると、この「かわいい」という言葉がジェリーの琴線に触れたのだろう。へへっと嬉しそうに笑いながら、ジェリーはお兄様に向かって唐突な爆弾発言をした。
「アイザック様はリアと顔がそっくりだから、かっこいいけど綺麗!」
この純粋な子どもらしい発言と屈託のない笑顔により、お兄様は無事ジェリーに陥落した。
めちゃくちゃ長文すみません<(_ _)>




