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81話 召集

79話の◆◆◆以下を加筆しました。(1月25日の17:58時点)

加筆の情報を出す前に80話をご覧になった方は、見ていただけますと幸いです。

 今日は決戦の日。そう意気込んでいた私は、カリス殿下の宮の来客室に呼び出されていた。そして、小さな円卓を取り囲むように設置された三つの椅子の一つに座り、ある人物と対面していた。



「エミリア、王宮からの呼び出しだなんて、いったいどういうことだ……?」



 斜め向かいに座っているアイザックお兄様はそう告げると、眉根を寄せ困惑の表情を浮かべながら、私の顔をジッと見つめてきた。

 すると、私が口を開く前に、宮の主であるカリス殿下がお兄様の質問に答えた。



「エミリアが陛下に、マティアス卿との離婚の承認要求の申し出をしました。そのため、ブラッドリー侯爵家の現当主であるあなたにも、話し合いに参加していただきたくお呼びいたしました」

「は……離婚……?」



 うわ言のように声を漏らすお兄様は、信じられないと言った様子でカリス殿下からゆっくりと私に視線を戻す。真実を確かめるように私を食い入るように見つめてきたお兄様。そんなお兄様に、私は同意を表す頷きを返した。



「エミリア、このあいだの舞踏会ではそんなこと一言もっ……。いや、それよりも何があった? お兄様に話してくれ」



 衝撃を受けた様子だったが、お兄様は意外にもすぐに冷静な態度に切り替え、私に詳細を訊ねてきた。そのため、事細かなことは言わなかったが、離婚に至った経緯について、淡々とお兄様に説明した。



「……もうマティアス様と私が夫婦を続けるのは不可能よ。それに今の状況だと、私が居続ける限り周りの人たちにも悪影響なの。だから、離婚の承認要求の申し出をしたの」



――……我ながら情けない。

 こんなことになって、お兄様を巻き込むことになるだなんて。

 私はビオラではないから、お兄様も余計に面倒事と思うでしょうね……。



 お兄様に話をするにつれ、自分の存在が無力なお荷物のように思えてくる。迷惑をかけてしまった現実を突き付けられるようで、お兄様のことを直視できず自身の膝に視線を落とす。



「……お兄様。私のことで面倒をかけてごめんなさい」



 つい謝罪の言葉が口を衝いて出てくる。すると、そんな私にお兄様が被せ気味に言葉を返して来た。



「エミリアは他でもない俺の妹だ。そんな風に言わないでくれ」

「っ……!」



 耳に届いた言葉に反射するように顔を上げお兄様の顔を見ると、お兄様は舞踏会でのかつての行動と同じく、私の頬に右手を滑らせた。そして、親指の腹で私の目の下を一撫でした。



「気付いてやれずすまなかった」



 そう言うと、痛ましげな表情をしたお兄様が私の頬からそっと手を放した。かと思えば、呆気に取られる私をよそに、カリス殿下に話しかけ始めた。



「カリス殿下、一つ質問をしてよろしいでしょうか」

「はい。何でもどうぞ」

「今日、私はマティアス卿と会えますか?」

「はい。マティアス卿を呼び出して、今まさに父上が聞き取りを行っています。それが終わり次第、我々もその場に向かいます。ブラッドリー侯爵として、貴方も御立会ください」



 その言葉を聞き、マティアス様が来ているのだと実感し、思わず身体に力が入る。



――陛下は公正さを保つために、両者から聴き取ると言っていたものね。

 マティアス様は、何と説明をしているのかしら……。



 そう思った時だった。部屋の扉から、合図のようなノック音が聞こえた。その音に対し、カリス殿下が入室の許可を下した。

 すると、入室した使用人は私たちに対し恭しい礼をし、顔を上げて口を開いた。



「謁見の間に集まるようにと、陛下から言伝を預かりました」



 思わず三人で顔を見合わせる。しかし、それは僅か一瞬のことで、「言伝は受け取りました」と返したカリス殿下の声と共に、私たちは今座っている座席から立ち上がった。

 そして、三人で謁見の間に向かって歩み始めた。



 ◇◇◇



「辺境伯なぜここに……?」



 謁見の間の前に辿り着くと、締め出されたように扉前に張り付くお義父様が視界に入った。そのため、お兄様が話しかけると、お義父様はハッとした様子でこちらに顔を向け、私の姿を確認するなり慌てた様子で駆け寄ってきた。



「エミリアっ……本当に済まないことをした。謝っても謝り切れないだろうが、本当にすまなかったっ……!」



 そう言うと、お義父様は体裁など関係ないという様子で、謝罪をしながら廊下に片膝を突こうとした。しかし、それはカリス殿下によってすぐに止められた。



「辺境伯。これではエミリアを困惑させるだけでしょう。謝罪なら、せめて中でしてください。陛下が私たちを呼び出しました。共に入室しましょう」



 極めて冷静な様子で話しかける殿下は、まさに猛獣使いのようだ。そんなことを考えているうちに、殿下が慣れた様子で扉前の使用人に入室許可の申し入れをした。

 それからすぐ入室許可が下り、私たちは四人で謁見の間に足を踏み入れた。



 清雅な造りの空間に厳粛な空気が纏っている。その中心に、私たちは二人の人影を捉えた。そのうちの一人は私たちの方へと振り返ると、険を孕んだ鋭い視線をこちらに向けてくる。



――マティアス様っ……。



 見せかけだけでは、毅然とした動じぬ姿を演じていられるはずだ。しかし、昨日のマティアス様の言動を思い出し、私の心臓は激しく鼓動を打った。全身がまるで凍り付くかのような感覚と共に、手には冷や汗も流れ始める。

 そんな中、私は厳しいマティアス様の視線を浴びながら、距離を取って彼と横並びになるように陛下に向き合った。



「来たな。では、さっそく本題に入る」



 陛下はそう言うと、私たちを見比べるように交互に視線を動かした。その後、私たちの両脇に居る、恐らくお義父様やお兄様に視線を合わせながら、言葉を発した。



「結論から述べると、家門単位での話し合いが不十分だと判断した。私とカリスが真実性の証人になろう。今回の件について、家門同士、この場で話し合いなさい。その内容を元に、私の判断を下そう」



 結婚は個人の繋がりでなく、家門同士の繋がり。貴族であれば、そして今回の私たちの結婚の形であればなおさら家門単位での話し合いが重要になる。

 そのため、陛下の家門同士の話し合いが不十分という考えは、納得せざるを得ないものだった。



 すると、この陛下からの言葉を受けるなり、真っ先にお義父様が口を開いた。



「本当にすまなかった。何をしてくれても構わない。エミリアの好きにしてほしい」



 そう告げると、今度こそと言うようにお義父様は片膝を突いた。軍人らしい規律のあるその動きは、忠誠の儀と錯覚しそうなほどだ。

 だが、私が望むのはお義父様が私に跪く姿ではない。



「私が望むのは離婚です」



 片膝を突いたお義父様に歩み寄り、私はそう声をかけながらお義父様を立ち上がるよう告げた。だが、お義父様は立ち上がることなく、衝撃の言葉を続けた。



「もちろん離婚は同意するし、エミリアに過失がないことも周知する。それと、マティアスの次期領主権も剥奪し、私自身も役職を退任し責任を取る」

「お義父様が退任だなんてっ……!」

「マティアスは不敬の罪も被っているとティナ・パイムから聞いた。息子が不敬罪を犯して、こんな役職に就くのは不義だろう」



 その言葉には、納得せざるを得なかった。

 一方的にカリス殿下を責め、私と不倫していると決めつけた。挙句、マティアス様は一国の王子であるカリス殿下に殴りかかった。

 ここまで揃えれば、王とカリス殿下の判断次第で、十分不敬罪に相当する。



 そう考えていると、怒りの槍を突き立てるようなマティアス様の声が、ピシャンとその場に響いた。



「おかしいでしょう。なぜ、私が領主権を剥奪されるんですか!? 当人の意志が欠陥して、知らない間に結婚させられているなんて、人権侵害と言っても過言ではない。そんな婚姻が解消された途端、俺の権利が喪失するなんて不当です」



 そう言うと、マティアス様は陛下にも訴えかけるように、更に言葉を続けた。



「カリス殿下に対し、確かに不敬を犯したことは認めましょう。それは申し訳なかった。でも、不倫をしていると勘違いさせた二人にも問題はありますよね? せめて、情状酌量の余地はあるのではないでしょうか?」



 どうしてそこまで不倫だと思えるのか、甚だ疑問だ。そう思っていると、案の定マティアス様の言葉に反応したお義父様が、マティアス様に怒鳴り始めた。



「不当なわけあるか! 不倫という妄言もいい加減にしろ! とにかく、エミリアと離婚となれば、領主権を剥奪すると言っていただろう!?」

「本気でそんなことするなんて、おかしいだろうっ……!」



 話を進めたいのに、まったく話が進まない。国王陛下の前だと言うのに、言い合いを始めた二人に羞恥心すら覚え始めた。そのときだった。



「マティアス卿」



 恐怖すら感じるほどの圧のある声で、お兄様がその名を呼んだ。そして、お兄様はマティアス様の方へと歩みを進めながら言葉を続けた。



「無駄口ばかり叩くその口を、いい加減閉じろ」



 そう告げると、マティアス様の目の前で足を止めたお兄様は、美しい相貌に業腹の情を滲ませ、マティアス様を睥睨した。

 そこから、お兄様の独壇場が始まった。

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