表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/110

49話 聞き捨てならない

 カリス殿下が奏でる美しい旋律を聴き、つい私は口元を綻ばせた。



――この曲……。



 カリス殿下が選んだ曲。それは、私の一番好きな曲だったのだ。



 変イ長調を基調としたこの曲は、華やかさやロマンティックさを孕んだ甘い調べが、叙情的に構成されている。

 そのため、聴いているとついうっとりとしてしまう。



――技巧を誇示するための曲ではないものを選んだあたりが、いかにもカリス殿下らしいわね。



 綺麗な音に心が洗われるような感覚になりながら、私はジェリーと共にカリス殿下の演奏に聴き入った。



 そして、演奏が終わると同時に私はカリス殿下に拍手を送った。

 すると、恍惚に浸っている様子だったジェリーが、ハッと我に返り拍手を始めた。かと思えば、真っ先にカリス殿下に声をかけた。



「これリアが一番好きな曲なんだよ! 演奏してくれてありがとう!」

「それは良かったよ。楽しんでくれたかな?」

「もちろん! うっとりしちゃった。そうだ……リアがピアノが上手い人は王都でモテモテだって前に言ってたんだ。カリス殿下は、明日の舞踏会でモテモテだね! ちなみに僕の目標は、リアにモテモテになることなんだっ……」



 その話を聞き、私はジェリーと出会った頃にした会話を思い出した。



――よくその話を覚えていたわね。

 それに、私に対してまだそんな風に言ってくれるなんて……。



 今のジェリーの発言に対し、普段は大人のようだが、時折見せる幼子らしいあどけなさを感じた。

 そのため、ついその可愛らしさを噛み締めるように、私の口元は緩み自然と口角が上がった。



 そのときだった。

 緩みきった顔の状態のまま、驚きに目を点にしたカリス殿下と視線がかち合ってしまった。



 その瞬間、電光石火のごとく、私の心の中でブワッと恥ずかしさが込み上げた。

 恐らく、今の私は隠しようも無いほど、赤面しているだろう。



 ジェリーにそんな話をしたとバレたこと。

 ジェリーの目標が私にモテること。

 そして、その言葉に対して、喜びニヤけたような表情をした瞬間を見られたこと。

 この三つが、私の羞恥心に火をつけたのだ。



 よって、私はカリス殿下を直視することが出来ず、咄嗟に勢いよく合った目を逸らしてしまった。

 しかし、この行動直後にふとある思いが頭を過った。



――思わず逸らしてしまったけれど、失礼すぎたわよね……。



 そんな良心の呵責を感じ、私はカリス殿下にバレないよう横目で彼をチラッと見た。



 すると、何てことないように笑うカリス殿下が視界に映った。

 そしてそれと同時に、カリス殿下は何やら独り言つように口を動かした。



「確かにピアノが上手い人はモテるけど……俺より上はいっぱいいるよ」



 この発言に、彼の翳りの部分を見たような気がした。

 笑顔だが、どこか傷付いたような彼を感じ、私の心には何とも言えぬ切ない想いが滲んだ。



 しかしその一方で、カリス殿下は笑顔はそのままに、何やら閃いたという顔をした。



 すると、殿下は唐突に、ジェリーをピアノ近くのソファに座らせた。

 そして、殿下はジェリーの斜め前方に座ると、ジェリーを真っ直ぐに見据えて話を始めた。



「ジェラルドに、一つ教えておこう」

「……?」

「いくら人に好かれてもね、自分が好きな人に好かれなかったら意味はないんだよ」



 その言葉を聞き、ジェリーは目を見開いた。そして、より話を聞こうと前傾姿勢になったジェリーに、カリス殿下は言葉を続けた。



「人から好かれるのはもちろん良いことだけど、本当に心から好かれる相手はそのたった一人でいいんだ。だから、誰彼構わず好かれようとするよりも、その人に好いてもらえるよう誠実に頑張れたら、きっと本当にかっこいい人になれるよ」



 この発言は、私の心にも刺さるものがあり、胸にジーンと語られた言葉が広がった。

 それと同時に、ふとカリス殿下の胸元で揺れる、ウォーターオパールに目を奪われた。



――大切な人にもらったって言っていたわよね……。

 今の発言は、もしかして経験則かしら……?



 カリス殿下の心の開かずの間を覗いた感覚になり、なぜかツキンと胸が痛んだ。

 どうやら、私の方がずっと感傷的になりすぎているようだ。



 そんなことを思っていると、カリス殿下の話を聞いたジェラルドは目をキラキラと輝かせながら、殿下にあることを告げた。



「僕、カリス殿下みたいなかっこいい大人になりたい!」



 先ほどの話の返しとして、まさかそのようなことを言われるとは思っていなかったのだろう。カリス殿下は笑いながらも驚いた声を漏らした。



「えっ……? ははっ、ジェラルドは本当に可愛らしいな。僕にそんなこと言ってくれたのは、ジェラルドが初めてだよ。ありがとう」



 そう言うと、カリス殿下は自然な流れでジェリーに手を伸ばした。かと思うと、ジェリーはその手の方へと駆け寄り、カリス殿下の膝の上にちょこんと座った。



――こんなにジェリーが懐くだなんて、本当にカリス殿下の人心掌握術はすごいわね。

 いや、術という表現は違ったわ……。

 きっと、殿下のもともとの性格が魅力的なのね。



 なんて思いながら、私は仲良しの二人を見て癒されていた。



 だが、その時間はジェリーの爆弾発言によって崩れ去った。



「カリス殿下」

「ん? どうした?」

「あのね、本当にカリス殿下が一番かっこいいって思ってるんだよ」

「まだ言ってくれるのか。ありがとう。でも、流石にちょっと恥ずかし――」



 恐らく、褒められすぎて恥ずかしいという旨を、カリス殿下は告げようとしたのだろう。



 しかし、ジェリーはカリス殿下の言葉を聞ききる前に、カリス殿下の膝からぴょんと飛び降り、カリス殿下に向かい合って口を開いた。



「僕ね、前まではマティアスお兄様が一番かっこいいって思ってたんだ。だけど、だけど……っお兄様はリアをいじめるからもう知らない!」



 その言葉により、部屋の空気が一気に凍り付いた。

 そして、脳がジェリーの発言を理解した瞬間、私の身体は勝手に動き、気付けばジェリーの手を掴んでいた。



 すると、ジェリーの発言にサッと顔色を変えたカリス殿下が、そんな私に声をかけて来た。



「エミリ――」

「す、すみません。今日はもうお暇しますね」



 そう言って、私はカリス殿下の言葉を待つことなく、ジェリーの手を握り、そのまま扉に向かって歩みを進めようとした。



 だが、先回りしたカリス殿下が、困惑の表情で私の前に立ちはだかった。

 そして、私の両肩をそっと包み込むようにしながら、動きを制止し訊ねてきた。



「ちょっと待ってくれ。今の発言はどういうことだ?」



 ジェリーがいるため、この質問の回答に私は酷く困った。

 しかし、咄嗟に思いついたことを殿下に告げることにした。



「それは……ジェリーの言葉の綾なんです。もう時間だわ。今日は本当にありがとうございました。それでは、失礼します」



 部屋に設置された時計を見ると、帰宅すると事前に告げていた時間になっていた。

 そのため、その事実を免罪符とばかりに、私はジェリーと共に馬車に向かって歩き出した。



 すると、カリス殿下は納得していないという表情のまま、馬車まで付いてきた。

 かと思うと、何やら喋りながらジェリーを馬車に入れ、私がまだ入っていない馬車の扉を閉めた。



 そして、私に向き直るなり、心を痛めたような表情で話しかけてきた。



「今はジェラルドも聞いてない。……エミリア、今のジェラルドの発言は本当か?」

「っあれは、ジェリーの言葉の綾なんです。き、帰宅予定時間も過ぎているので、早く帰らないと……」



 正直、苦し紛れの言い訳でしかない。

 勘違いや間違いではなく、言葉の綾という表現をしたからこそ、余計に怪しまれている気がする。



 だが、カリス殿下をこんな家のことに巻き込む訳にはいかない。

 それに、カレン家の評判や、ジェリーの将来の周囲からの評判に悪影響があってはならない。



 そんな思いで、私はこの場から直ぐに帰るために、必死で言葉を紡いだ。



 すると、そんな私にカリス殿下は困難なことを訴えかけてきた。



「今日はジェラルドがいるし、ジェラルドからマティアス卿は居ないと聞いたから君も帰す」

「ありが――」

「だが! 絶対に今のジェラルドの発言は聞き捨てならない。言葉の綾だと言うなら、それを証明してくれ」

「それはっ……」



 出来ない。そう言いたいが、言えるはずも無く私は言葉を詰まらせた。



 すると、カリス殿下は見逃さないとばかりに、そんな私を真剣な表情で見つめて来た。

 だからこそ、気まずくなり私はカリス殿下から目を逸らしたが、なおも殿下は言葉を続けた。



「明日は舞踏会だ。今日から舞踏会の時間にかけて、準備で話どころではないだろう。だがその代わり、明後日、カレン家に訪問するから、そのとき必ず説明をしてもらう」



 明後日だと日時まで指定され、私は思わず逸らしていた顔をカリス殿下に向けた。

 すると、ベニトアイトの瞳と視線が交わり、決定事項だという彼の揺るがぬ意志と、本心からの心配の色が伝わってきた。


 そのため、私は彼のこの言葉に反論することは出来ず、そのまま馬車へと乗り込んだ。

次話、カリス殿下視点です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ