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33話 禁忌の話題

 ジェリーとのピアノレッスンも終わり、昼食を食べてから私は孤児院に行っていた。

 そして、そこで聞かされた話により、私の心の中は少しモヤモヤとしていた。



「昨日マティアス様が街に来たとき、私たちにも挨拶してくれたんです! 久しぶりに会いましたが、本当に気さくな方ですね」

「この孤児院や救済院にも、出征前はマティアス様もよく来ていらしたんですよ。本当に明るくてお優しい方です」

「マティアス様は辺境に行く前に、平民の僕に剣を教えてくださったんです! 今も僕の憧れです!」



 大人子ども関係なく、どの人も口を開けばマティアス様の情報をひたすら伝えてくるのだ。それも、良い情報ばかりだ。そして最後には皆が口を揃え、マティアス様が帰って来て嬉しいと言うのだ。



 私がマティアス様の妻だから、多少忖度をしているのかもしれない。だが、忖度だけでは説明出来ないほど、人々の顔には心の底からの喜びが滲んでいた。

 そのため、私は領民たちに微笑みながらも、内心では複雑な気持ちを抱えていた。



――領民や使用人にはこんなに優しいのに、どうして私にだけあんなにも冷たいのかしら……。

 勝手に妻になったと怒っているけれど、あれはやっぱり……過剰よね。



 私と他の人に対する態度に、あまりにも差がある。そのことを痛感し、私はわだかまりを感じながら屋敷へと帰った。



 そして、外出着から室内着に着替えるとちょうど良い時間だったため、私はディナーのためにダイニングに向かった。



――あら、まだ誰も来ていないのね?



 ダイニングに行くと、使用人の姿しか見えなかった。よって、当然マティアス様は来ていない。



――約束通り、来てくれるかしら……。



 そんな一抹の不安を覚えたところで、ダイニングの扉が開き、マティアス様とジェリーが一緒に入ってきた。

 ジェリーは嬉しそうに、皆で初めてのディナーだとウキウキしたとした様子を見せている。



――一応、約束通り来てくれたのね。



 そう思いながら席に着くと、間もなくイーサン様もやって来たため、私たちは四人で食事を始めた。



 私は自分でマティアス様を誘っておきながらも、気まずい雰囲気になったらどうしようかと少し焦っていた。だが、その不安はジェリーの存在により払拭された。



「お兄様、今日のピアノすっごくかっこよかったよ! だよね、リア?」

「そうね。迫力と美しさがあって素敵でした」



 突然話を振られて驚いたが、私はただただ思ったことをそのまま感想として述べた。すると、ジェリーは私の感想を聞き、キラキラと目を輝かせながらマティアス様を見つめた。



 そんなジェリーの顔を見て、マティアス様はジェリーの言わんとすることを察したのだろう。強張った笑顔を私に向け、とてつもなく棒読みな感謝の言葉を告げてきた。

 すると、ジェリーはホッとしたように満足げな笑みを見せた。



――ジェリーの前では、流石に普通に接そうとはしてくれるのね。

 ジェリーは純真無垢な子だし……気付いていないようね。



 そう思いながら少し一安心していると、おもむろにジェリーが話題を変えた。



「そうだ、今日リアはどこに行っていたの?」

「孤児院に行っていたのよ」

「あっ、そっか! 売るって言ってたもんね!」



 謎が解けてスッキリしたというような顔で、ジェリーがそう言葉を返して来た。



 すると、今の会話に何か思うところがあったのだろう。意外なことにマティアス様が私に話しかけてきた。



「孤児院に行って、何をしたんだ?」

「俺も気になるな」



 イーサン様も興味ありげに口を開いた。そのため、私は二人に今日の活動について話し始めた。



「今日は孤児院の中でも年齢が上の子たちと、孤児院で育てた綿花を使った作品を売る手伝いをしていたんです」



 なぜ私がこんな活動をするに至ったのか。それは、孤児院の子どもたちが目安箱に投書をしたことがきっかけだった。

 一部の子どもたちが、自分たちも孤児院の助けになりたいと言い始めたのだ。



 では、どういう手段で助けたいのかと訊ねたところ、自分たちが生活するためのお金を、少しでも自分たちで稼ぎたいという答えが返ってきた。

 しかし、児童労働をさせるわけにはいかない。ということで、孤児院で何か作品を作って売ってみたら良いのではないかという提案をした。



 すると、ある子どもが綿花を孤児院で育てて、それで作品を作りたいと言い始めた。そのため、その子どもたちの自発的な考えを汲み、孤児院の庭の一角に綿花を植えたのだ。



 そして、私が社交期になり王都に行っている間に、収穫や糸紡ぎが無事成功し、作品の一部が完成したため、今日ついに売ってみようということになっていたのだ。

 ちなみにその結果だが、作った作品は無事すべて完売した。



 その後、学堂で計算を教えてもらっている子どもたちは、自分たちで今日の売り上げを計算した。その次に、育てるためにかかった費用等を差し引き、純利益を導き出した。すると、少額ではあるが黒字だったことが分かった。



 こうして、子どもたちは自らの生活費の一部を自身で稼ぐという体験をした。



 このことを二人に説明すると、マティアス様が昨日までより少し厳しさを緩めた声をかけてきた。



「働く体験もできるし、商売の仕組みを理解するきっかけにもなる。目安箱も……なかなか良い案だ」



 悪いが私は耳を疑いそうになった。



――今、マティアス様が私に向けて言った言葉なの……?

 明日、槍でも降るのかしら?



 そんな気持ちで茫然とマティアス様を見ていると、マティアス様は私から目を逸らした。

 だが、私は少しだけでも鬼門であるマティアス様に認められたような気持ちになり、目は逸らされたものの心は少し軽くなった。



 それからしばらくした頃だった。イーサン様が何かを思い出したように、唐突に話題を変えた。



「そう言えば、今日ライザを見かけてないな……。ジェラルド、ライザはいつも優しいだろう? 優しい人がいっぱいいて良かったね」



 そう言ったかと思うと、マティアス様がイーサン様に被せるようにジェリーに話しかけた。



「俺もライザを見かけないと思ってたんだよ。ジェラルド、普段ライザとはどう過ごしているんだ?」



 その言葉を聞き、私は自身のとんでもない過ちに気付いた。



 実は、万が一のことを考えて、マティアス様とイーサン様が戦場にいる時は、ライザのことは二人に伝えないでおこうという取り決めをしていたのだ。



 もちろん、二人ともがライザの出来事を聞いて、動揺しない可能性もある。

 だが、多くの人々の命が懸っている分、戦場にいる指揮官という立場の人間の心に荒波を立てるような報告を、敢えてする必要は無いだろうと結論付けたのだ。

 そのため、お義父様はライザのことを戦地にいる二人には報告しなかった。



 しかも、ライザは依願退職という形式で仕事を辞めた。よって、私はライザの資料を大量解雇の書類とは別のところに保存していたのだ。

 したがって、昨日マティアス様に渡した書類を通し、二人にライザの所業を把握してもらうことは不可能だった。



――この二人の様子じゃ、ジェロームも報告していないのよね……。 



 そう思いながらジェロームがいるところを見たが、彼はいなかった。そう言えば、少し前に使用人に呼び出されて部屋を出て行ってた。

 そのため確かめることは出来ないが、恐らくマティアス様やイーサン様が王への報告書の作成の仕事をしており、隙間時間はジェリーといたため、ジェロームもライザのことを報告し損ねたのだろう。



 それに、昨日は主に大量解雇と、ティータイムの説明をしたところで、マティアス様は調べ物のために家を出て行ったということを軽く聞いた。



 一方、イーサン様はディナーに来たが、報告書の提出期限がと言いながら五分とダイニングに居なかったため、ライザのことなんて考える暇もなかった。



――ああ、私なんて最低なことをしてしまったの……。

 ライザについて話すという考えが、すっかり抜かっていたわ。

 資料も渡し損ねるだなんて……。



 一年半以上、何もなく過ごしていたし、ライザよりもデイジーの存在が当たり前過ぎて、それが自然だと思ってしまった。

 また、二人が帰ってきて三日目の今、私は自分のことでいっぱいいっぱいになってしまっていた。



 だが、そんなことは言い訳でしかないだろう。



――起ったことはもう取り消せない。

 とりあえず、今はジェリーが第一優先よ!



 そんな思いで、私は咄嗟にジェリーに駆け寄った。

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