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32話 彼らしさと意外性

「リア、どう? 合ってる?」



 マティアス様と話してからしばらくし、私はジェリーの部屋で一緒に勉強をしていた。

 今はジェリーのテストの採点をしているところだ。



「全部正解! ちゃんと頑張って覚えたものね。ジェリーすごいわ」



 そう言うと、ジェリーは嬉しそうにはにかんだ。その顔を見て癒された気持ちに包まれながら、私はジェリーに声をかけた。



「次はピアノの約束をしていたでしょう? そろそろグレートルームに移動しましょうか?」

「うん!」



 そう答えた直後、ジェリーは突然ハッと閃いた顔をして、私に許可を得るように質問をしてきた。



「僕、二人にみんなの名前が書けるようになったって教えてあげたいんだ! グレートルームに行く前に書いても良い?」



――ちょうど筆記用具が揃っているし、グレートルームに行く途中に二人がいる執務室があるものね。



「良いわよ。ぜひお兄様たちにも見せてあげてちょうだい」

「ふふっ、喜んでくれるかな?」

「ええ、ジェリーが書いてくれたんだもの。私なら喜ぶわ」



 そう言うと、ジェリーは何故かおもむろに立ち上がった。そして、机に向かって歩き引き出しを開けたかと思えば、引き出しから何かを取り出し、再び私の元へと戻ってきた。



「せっかくだから、リアが僕の誕生日にくれた色鉛筆で書く!」



 そう言うと、ジェリーはマティアス様、イーサン様、そしてクロードと私の名前を書いてくれた。



「マティアスお兄様は黒でしょ、イーサンお兄様はピンクで、クロードは黄色。リアは薄花色だよ!」



 私とクロードのイメージカラーは恐らく目の色だろう。そして、私がジェリーの名前も書いたら喜ぶと伝えると、ジェリーは自分の名前を自身の目の色である翡翠色で書いていた。



「じゃあ、見せてくるね!」

「ええ。それじゃあ私は部屋に楽譜を取りに行ってから、そのままグレートルームに行くわね」



 こうして別れ、私は部屋に楽譜を取りに行き、その足でグレートルームに行ってジェリーが来るのを待っていた。

 それから三分後、イーサン様がジェリーを抱っこしてやってきた。



「マティアスお兄様はいなかったけど、イーサンお兄様に見せられたよ!」

「兄上は、書斎に資料を取りに行っていて居なかったんだ。それより、感動したよ。書けているだけじゃなくて、字もとても綺麗だった。エミリアさん譲りだね。ありがとう」

「とんでもないです。ジェリーがすごく頑張ったから書けるようになったのよね! ジェリー、あなたが誇らしいわ!」

「うん! 僕頑張ったよ! でも、全部リアのお陰だから、一番すごいのは僕じゃなくてリアなんだ!」



 イーサン様にそう告げると、ジェリーはイーサン様の腕から降り私に抱き着いてきた。



「リア、いつもありがとう! 大好き!」



 そんなことを言われ、思わず涙が込み上げそうになったが私はグッと堪えた。何だか感情が揺さぶられやすくなっているみたいだ。



 すると、ジェリーは抱き着いたまま私を見上げて、唐突にある提案をしてきた。



「ねえ、リア。僕、お兄様にピアノの成果も見せてあげたいんだ! 一緒に弾いてくれる?」



 なぜジェリーが一緒に弾いてくれと言うのか。それは、私が王都に行く前に遡る。



 ジェリーは私が王都に行くことを寂しがっていた。そのため、必ず帰って来る証明として連弾曲を用意し、私が帰ってきたら一緒に弾こうと約束をした。

 この約束があったため、私が王都に行っている間、ジェリーはずっと上パートの練習をしていたのだ。



 そして、私が帰って来たのは予定よりも早かったが、ジェリーは既に上パートが弾けるようになっていた。

 そのため、その練習の成果を連弾という完成した形でイーサン様に聴かせるために、一緒に弾こうと提案してきたのだ。



「良いわよ。ジェリーの上手なピアノを聴かせてあげましょう」



 そう言うと、イーサン様は嬉しそうに笑いながら「楽しみだ!」と言い、ジェリーをひょいと持ち上げ、ピアノ椅子に座らせた。



 その後、私もジェリーと横並びになるように座った。こうして、私たちは二人でイ長調のワルツを弾き始めた。



 この曲はジェリーにとって、最後の八小節分が特に難しい。厳密に言うと、最後の一小節は四分音符一拍分のみのため難しくはないが、その前の七小節のリズムが難しいのだ。

 だが、ジェリーはきちんとその難しい七小節も弾きこなし、連弾は無事成功した。



 するとその瞬間、イーサン様はこれでもかという程に、拍手を送ってくれた。



「頑張って練習したんだな! こんなに弾けるだなんて、すごいじゃないか! エミリアさんと息も合っていて、とても綺麗だったよ」

「本当!? やったー!」



 そう言って、ジェリーは喜びながらイーサン様とハイタッチをしていた。そしてその後も、イーサン様はジェリーに褒める言葉をたくさんかけていた。



――イーサン様は本当に良いお兄様ね。

 うちの雑なアイザックお兄様とはえらい違いよ……。

 それに、柔和な人だから安心できるわ。



 そんなことを思いながら、ほんわかとした気持ちで二人のやりとりを見ていた。



 すると突然、私たちの背後から足音が聞こえてきた。そして、その音に気付き振り返ると、そこにはこちらに歩み寄るマティアス様がいた。



「ジェラルド、聴こえてきたぞ。練習を頑張ったんだな。難しい箇所も、上手く弾きこなせていた。とても良い演奏だったぞ」



 そう声をかけると、マティアス様はジェリーの頭を撫でた。



 突然現れたマティアス様に驚いたのだろう。ジェリーはマティアス様に気付くなり、興奮した様子になった。

 そして、撫でられながらマティアス様を見上げて、ジェリーは思いもよらぬことを言い始めた。



「お兄様がいつも弾いてたからピアノを始めたんだ! お兄様、弾いて! あのいっちばんすごいの! 久しぶりに聴きたい!」



――えっ……!?

 マティアス様がピアノ?



 考えられなかった組み合わせに驚いて、ついマティアス様を見た。すると案の定、私がいるからか、マティアス様は気まずそうな顔をしていた。



 しかし、ジェリーのキラキラとした期待に満ちたその目に抗うことは出来なかったのだろう。



「ジェラルドの頼みだ。いいぞ」



 そう言うと吹っ切れた様子で、私たちが退いたピアノ椅子に座った。

 そして、流れるように鍵盤に指をセットした。



――右手の指を五本使う和音。

 今から弾く曲はもしかして……。



 そう思った瞬間、予想通りの強烈な第一音目が鳴り響いた。

 マティアス様が弾き始めた曲、それはピアノ独奏の中でも上級レベルのハ短調のエチュードだった。



 左手を高速で動かす難しい曲だが、音が潰れることなく、すべての音が鮮明に滑らかに聞こえてくる。

 そんな華麗な指捌きで奏でる旋律に、私は思わず聴き入ってしまった。



――何だか、彼らしい曲ね……。



 なんて考えていると、鮮烈に始まったその曲は終わりを迎えた。そのため、私とジェリーは先程のイーサン様のように、マティアス様に拍手を送った。



「お兄様、やっぱりすごい……!」



 そう言いながら、ジェリーは感激した様子でマティアス様に近付き、マティアス様の左手をにぎにぎと触り始めた。



 その光景を見てつい笑いそうになっていると、イーサン様が楽しそうに話しかけてきた。



「ジェラルドとエミリアさんが、まったく同じ顔をして聴いてるから、思いがけず気持ちが和んだよ。本当に仲が良いんだね」

「えっ、そうでしたか? 何だか少し照れますねっ……」

「いつもジェラルドと一緒に居てくれてるんだなって、改めて実感したよ。ありがとう」



 その言葉に、ジーンときた。



 子どもには一切縁がなかったからこそ、ちゃんと面倒を見られているのかが不安だった。

 一人の人間の人生を背負う、そんな責任も感じていた。



 だからこそ、今までを認めてもらったような気持ちになり、私はひっそりとその言葉を喜んだ。

 そして、イーサン様の言葉に口元を綻ばせながら、私はジェリーたちの話に耳を傾けた。



「ジェラルドも練習すれば、こんなレベルの曲いくらでも弾けるようになるぞ。基礎固めをしっかりするんだぞ?」

「うん! 頑張る!」

「よし、良い返事だ」



 そう言うと、マティアス様はジェラルド様の頭を撫で、その後すぐに嵐のように去って行った。

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