第三十六話 想いを隠して ※ギルティア視点
──さて、と。
グレンデル嬢とリネットがローズを運ぶのを見届け、俺は魔族たちに向かい合った。先ほどはローズに迫っていた魔族を吹き飛ばすため致命傷は与えていない。故に、俺を取り囲むように展開する魔族たちにも驚かなかった。
「おい、人間……お前、『死神』だろ」
「だったらどうした」
途端、両腕を失った魔族は笑い始めた。
「まさか本当に『死神』とはな! こりゃあいい。俺たちで手柄あげんぞ!」
「ラッキーだぜ! マジでついてんなこりゃ!」
「わざわざ来てくれてありがとよぉ!」
…………妙だな。
俺が『死神』だと知った魔族たちの反応は大別して二つ。
恐れをなして逃げ出すか、やけになって特攻してくるかだ。
しかし、奴らは違う。
俺の名を聞いてまだ戦意に満ちているし、何やら高揚しているように見える。
強者と戦う愉悦か?
否、狼男はどちらかというと狡猾で慎重派だ。
強者と見るや否や、仲間を捨てて逃げ出すことも珍しくはない。
だからこそ同族で同じ部隊に固められているのだろうから。
「……まぁ、いい。雑魚がどれだけ群がろうが同じことだ」
俺はSからEで区分されている魔術師の枠におさまらない。
国家級戦力。世界の特異点。女神の恩寵を受けし者。
大層な二つ名をつけられているものの、おおむね間違った評価ではないと自負している。
「特級魔術でまとめて潰してやる」
詠唱を始めると、魔族たちの足元に巨大な魔法陣が広がった。
濃密な魔力が渦巻き、詠唱により指向性が与えられる。
だが──
ニィ、と両腕を失った魔族が口の端をあげた。
「お前は確かに強ぇよ。死神。魔王様方が一目置くだけあるぜ」
「……」
「だがな、魔術を使えなきゃただの人だろ?」
「ハッ、貴様らが俺の魔術を封じることなど──」
「出来ちゃうんだなぁ、これが!!」
「!?」
その瞬間、俺の魔術陣がふっと消えた。
龍脈から吸い上げていた魔力の手応えも、霞のように無くなってしまう。
「なに……!?」
「来た来た来たぁっ! 俺たちの、時間だ!!」
豪速の蹴りを、俺は右手を盾に防いだ。
ふわりと浮いた身体が衝撃で吹き飛ぶ。
空中で体勢を立て直す隙を与えず、狼男二人の踵落としが追撃。
凄まじい速度で地面に落下した俺は起き上がりざまに短剣を放ち、狼男たちを牽制した。
(……魔力が練れない。外部からのマナが遮断されている?)
なるほど、理解した。
「……魔力嵐を利用した封印術か。小癪な真似を」
「おいおい、もうバレてやんの。さすがだな死神」
俺の前に現れた狼男たちは全員ではなかったのだ。
一部は古の魔道具を設置して俺の魔術を封じる役目を担っている。
「これでテメェは終わりだぜ、死神ぃ!」
不思議と驚きはなかった。
むしろ、魔族たちが自信に満ちている原因がようやくわかった。
どれだけ卓越した魔術師でも魔術を奪われればただの人間だ。
対して、魔族側にはまだ百人の精鋭が残っている。
奴らが勝利を確信するのも無理はないだろう。
俺とて、素の肉体能力で魔族に勝てると思うほど自惚れちゃいない。
「……あの時と、同じ状況だな」
因果は巡る。逃げた過去は追いかけてくる。
俺の脳裏にかつての記憶が蘇ってきた。





