第二十六話 王都デート③
推しに連れられてやってきたのは下町の中でも上品なお店でした。
『アミュレリア洋服店』という名前のお店です。
どこかで聞いたことがあるような名前をしていますね。
「いらっしゃいませ」
「邪魔をするぞ」
出迎えてくれたのは恰幅のいいおばさまでした。
「どうぞゆっくりご覧ください……って坊ちゃま!?」
「坊ちゃまはやめろ」
驚きのあまり飛び上がったおばさまにギル様は嫌そうに言います。
「服を買いに来た。こいつの服を見繕ってほしい」
「ぼ、坊ちゃまが女性を……!! 大変だ、大変だ!! 今、商会長を呼んできますので!!」
「呼ぶな馬鹿者! 帰るぞ」
「あぁぁぁあ、そんな、後生ですから私共に仕事をさせてくださいませ!!」
おばさまが泣きつくと、ギル様はわたしの耳元で囁きました。
「従姉の店だ。今だけは認識阻害を解除する」
「Si。お気遣いありがとうございます……ですがなぜここに?」
「君が服を持っていないとリネットが教えてくれたのでな」
リネット様、もしかしてわたしのために……?
嘘。やばいです。なんだかじぃんと胸が熱くなってきました。
今すぐリネット様に会いに行って抱きしめてあげたい気分です。
まぁ無理ですけど。せっかく推しとお出かけですし。
お土産いっぱい買って帰りましょう。
パチン、と推しが指を鳴らした瞬間、
「だ、大聖女様~~~~!?」
「声がでかい!」
認識阻害が解けた店主が悲鳴じみた叫びをあげます。
……この店、本当に大丈夫でしょうか?
◆
「とりあえず私服を五着ほど。ドレスは二着で良い」
「かしこまりました。……少ないようですが、よろしいので?」
「構わん。貴族というわけでもなし。無駄に多くても困るだけだろう?」
「Si。ぶっちゃけ五着もいりませんが」
残念ながらわたしの意見は無視されたようです。
都合の悪いときだけ聞こえない耳を持っていらっしゃいますね、この推しは。
そういうところも好きですけど。尊い。
「あのー。ギル様。わたし手持ちがありません」
「気にするな。今日の出費は全部俺持ちだ」
「えぇ!? ですが、なぜギル様がわたしの服を……?」
「俺が買いたいからだ。悪いか」
「いえ、悪くはありませんが……」
さすがに申し訳ないような。
「……あれだ」
ギル様は顎に手を当てて、思いついたように言いました。
「先ほども言ったように、ここは俺の従姉がやっている店でな。『金を余らせているなら少しでも店に金を落とせ』とうるさかったんだ。そんな時にちょうどリネットから話を聞いたものだから、部下に服を買ってやるのが妥当だと判断した。理解したか?」
「坊ちゃま、商会長からそんな話は聞いて……ひぃ! なんでもありません!」
ギル様、店主様を射殺すような目で見るのはいかがなものかと。
めちゃくちゃ怯えてますよ……何か言おうとしたみたいですけど。
「では大聖女様……失礼、ローズ様。こちらに」
「はい」
しばらく着せ替え人形になったわたしです。
店主とギル様がああだこうだ言っているうちにお買い物は終わりました。
荷物は全部転移魔術で家に送ってました。超高等魔術を雑に使いすぎでは?
「では次に行こう」
「ギル様ギル様、なんだか甘い匂いがしますよ」
「……そうだな。腹も減って来たし、何か食べるか」
「Si!」
推しと二人きりで食べるご飯は格別でした。
いつも隊舎で一緒に食べているとはいえ、また違った味わいがありますよね。
貴族街みたいに格式ばったところじゃないので疲れないのもヨシです。
はぁ~~~……こんなに幸せでいいのでしょうか。
「ギル様、リネット様にお土産を買ってあげたいのですが」
「ほう。何をだ」
「魔導工具一式と手ぬぐい、汗の匂い消し用のスプレー、えぇっとそれから……」
「分かった」
一を言えば十を分かってくれる推し、さすがです。
もちろん魔導具類だけじゃなくて、食べ物や小物なども買いましたよ。
転移魔術で直接送っていたのが味気ない気もしますけど。
リネット様、喜んでくれると良いですね。
「では次に行こう」
ずっと下町を歩いていたわたしたちですが、今度は貴族街のほうへ行きました。
道行く憲兵隊はギル様の顔を見るなりギョッとした様子です。
まぁ、前線にいるはずの『死神』が王都にいたらびっくりするでしょうね。
やはり王都というだけあって、憲兵隊はたるみ切った感じでしたが……。
「──大人しくしろ! この盗人め!」
「誤解です、誤解なんです!」
「言い訳は拘留所で聞かせてもらう。いいから歩け!」
……おや? あれは。
そうですか。どうやら第一の仕掛けが発動したようですね。
ふふ。ユースティア。次はあなたの番ですよ?
「おい、悪い顔になっているぞ」
「そうですか?」
呆れたようなギル様の言葉にわたしは頬をこねくり回します。
今は奴らのことなんてどうでもいいですね。
「次はここだ」
「『アミュレリア宝飾店』……先ほどの系列店ですか?」
「あぁ」
しかし宝飾ですか。
ギル様ってアクセサリーの類に興味あったんですね。
「あの、自惚れでしたらすみません。もしかしてまたわたしに?」
「他に誰がいる」
「………………リネット様とか?」
「部下ではあるが、宝石を贈るような関係ではないな」
……わたしたちってどういう関係でしたっけ。
少し考えてすぐに思い至ります。つまりは推しとファンです。
これは推しのファンサービスであって、他の意味はないということでしょう。
そう思うことにします。心臓に悪いので。
さすが貴族街というべきか、お店の中はキラキラしていました。
色とりどりの宝石たちがアクセサリーに加工されて飾られています。
「いらっしゃいませ。ギルティア様。ようこそお越しくださいました」
ふむ……ギル様の来店にもピクリとも動じない店主。やりますね。
これで露骨に態度を変えるようなら消し炭にしてやるところでした。
「いくつか見繕いたい。見て回っても?」
「もちろんでございます。あ、ちょうど今、」
「──ギル?」
店の奥からひょっこりと女性が姿を現しました。
深紅の貴族服を上品に着こなした女性を見て、わたしの脳がスパークします。
ギル様と同じ紺色の髪、まあるいエメラルドの瞳。
そしてアミュレリア。従姉。服飾店、宝飾店とくれば嫌でも分かります。
「ギルじゃない! 久しぶりね!」
アミュレリア・ハークレイ。
第二王子セシル・ファルドの婚約者にしてギル様の従姉が居ました。





