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恐るべきは不治の病 その後な小話


寝台の上で、ぱちっとラファエルは目を覚ます。

いつもの自分の部屋――自分の寝台。一人で。部屋は、いつもと変わらず静かだった。

……あれは、やはり夢だったのだろうか。


ラファエルは起き上がり、頭を抱え込んだ。

――なんという夢を見ているのだ!


病気になるなんて初めての経験で……熱にうなされた自分は、敬愛する主君をけがし、性的な欲望のはけ口にするような夢を見てしまったらしい。

不敬なんてものではない。どんな顔をしてユーリを見ればいいのか――ああ、いますぐ腹を斬ってしまいたい……!


頭を抱え込んだまま寝台の上で一人悶絶していたラファエルは、ふと頭を振った視線の先で、あるはずのないものを見つけた。


寝台から少し離れた椅子の背もたれに、明らかに自分のものではない服がかかっている。

見覚えはある。昨日……いや、夢の中で、ユーリが着ていた服……自分が引き裂いてしまった……。

椅子に掛けられた服も、夢の中でラファエルに引き裂かれてしまったのと同じ有様……。


部屋の外から――正確には、ラファエルのほうが寝台のある部屋の奥である――話し声が聞こえてくる。


ユーリの声だ。

聞き間違えるはずもなく、ユーリの声を認識した瞬間、条件反射のようにラファエルは寝台から飛び起きて隣へ駆け込んだ。


「やあ、おはよう、ラファエル。といっても、いまは夕方だが」


大柄なラファエルが飛び込んできては、物音で気付かないはずがない。ユーリは振り返り、ラファエルに向かって笑いかけた。


その神々しさに、うっとラファエルは立ち止まる。

微笑むユーリは美しく……しかも、ラファエルの服を着ていて……ぶかぶかの自分のシャツを羽織る姿はラファエルの語彙力では表現できないほどのもので。

……なんで自分の服。


「着てきた服は、キミにダメにされてしまったからね。代わりにキミの服を一着、拝借させてもらおうと思ったのだが」


聞かれずともラファエルの疑問を察し、ユーリが説明する。


「やはり大きいな。家人に頼んで一番小さいものを持ってきてもらったが、袖が余りまくっている」


ユーリが両手を広げてみても、袖はダランと垂れたまま。シャツの丈は、ユーリの膝下まで隠している――それでも、動けば白くすらりとした足は、太ももまで見えた。


――なんだこれ可愛すぎる!

と、一人腹の内で絶叫しているラファエルの内心に気付いているかどうかは定かではないが、ユーリは自身の化神に振り返る。


「セレス、城に戻ってボクの服を持ってきてくれ。さすがにこれでは城に帰れない」


分かった、とセレスは頷き、部屋を出て行った。ユーリの可愛さと破壊力に脳をやられているラファエルは、そんな二人のやり取りも耳に入らず、葛藤し続けている。


ラファエル、とユーリが呼びかける。


「城に戻ろうかと思ったが、キミの治療はもう少し必要だろうか」


その言葉に、ピタッとラファエルの葛藤が消え去った。急激に頭が醒めていき……むしろ直情的な熱に支配されていっているような気がしなくもないが、ともかく。

間髪入れずに頷くラファエルに、ユーリは笑顔のまま。


分かった、とラファエルの手に自分の手を重ねる。


「では、今晩はキミの屋敷で世話になることにしよう。バックハウス家の朝食が楽しみだ――同じものを食せば、ボクもキミのような筋肉が手に入れられるかもしれないな」


朝食。

その単語で、家の者にユーリのための食事を用意するよう命じておかなくては、ということをラファエルも初めて気付いた。


繊細なユーリに自分と同じ食事をさせるわけにはいかないことぐらいは、ラファエルも理解している。


急いで家人に命じ――ひとたび寝室へ引っ込んでしまえば、ユーリ以外の何も頭に残らないと分かっていたから、その場で家の者を呼びつける。

服を着てからな、とやんわりユーリに諫められながら。


すべての理性を手放して寝落ちしたラファエルは、目が覚めてからいままでずっと、全裸だったのである。まったく気付かなかった。




それから一夜明け、翌朝。

城へ戻って来たユーリは、自身の政務を始める前に兵舎を訪ねていた。


「コンラート」


自分の執務室を訪ねてきたユーリに、積み上げられた書類を片付けようとしていたグライスナー参謀が振り返り、頭を下げる。


「おはようございます、陛下。このような場にわざわざお越しいただくとは……いかがなされましたか」

「ラファエルが休みだということを知らせようと思ってな。ボクが休むように言いつけたのだから、今日ばかりはボクが遣いをすべきかと」

「もったいないお心遣いです」


自分の要望を聞き入れて、ユーリは昨日、ラファエルのもとを訪ねてくれたのだろう。それで……たぶん、そういう関係に。

朝帰りをして、ユーリも少し疲れた様子なのに。


「ボクの大切な騎士のためだ。キミが恐縮する必要はないのだが……」


ユーリにしては珍しく、歯切れの悪い様子だ。グライスナー参謀がわずかに首をかしげて彼女を見れば、ユーリは困ったように眉を寄せる。


「ボクなりに精一杯治療を行ってみたが、もしかしたら重症化させてしまったかもしれない」

「ああ……」


ものすごく容易に想像できてしまって、グライスナー参謀は失笑した。

治らないだろうとは思っていたが、悪化させたか……。


「美しさとは罪なのだな」

「――陛下がおっしゃると、まこと説得力がございます……」


自惚れの強いその台詞を、冗談だと笑い飛ばせないのだから恐ろしい。


素直に賛同できない空気を醸し出す女性だが、その美しさは傾国という称号が相応しいほどのものであることは、まぎれもない真実である。


ちなみに、さらに翌日になって出勤してきたラファエル・フォン・バックハウスを見て、たしかに重症化しているな、ということはグライスナー参謀も実感した。

……実害はなさそうなので、それについては放置を決め込むことにした。


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