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分断 (1)


ローゼンハイム帝国の華やかな帝都グランツローゼ。

ユーリたちの無事を祈りつつも、彼女たちの安否が気になって仕方がないルティを元気づけるため、シャンフが町へと連れ出した。

町へ出たルティは赤烏新聞社のクルトと会い、彼のおすすめのお店へ向かうことになって。


「はいよ、お待たせ」


混み合う客たちの足もとを人形サイズになってすり抜け、店から出てきたシャンフはルティたちのもとに戻ってきた。両手には、串に刺さった肉が。


「すごいな、おまえ。本当に買ってきたのかよ」

「金はちゃんと置いてきたぞ」


シャンフから焼いた肉を受け取り、クルトが感心している。

あのぎゅうぎゅう詰めの店――ルティたちでは、入るだけでも命が危ない。クルトに紹介された人気店らしい……シャンフが買ってきたのは、なんてことのない串焼き肉に見えるけれど。


「ディートリヒお気に入りの店なんだってさ。それで帝都じゃ人気なんだよ」


店から離れてベンチに移動し、二人で並んで座って肉にかぶりつきながら、クルトが言った。

ルティもかじってみようとしたが、肉が熱かったのですぐに口を離し、ふーふーと冷めるのを待った。


「ディートリヒって、そんなにしょっちゅう町へ遊びに来たりするのか?」


人形サイズのままルティの膝に座り、シャンフが目を丸くする。いや、と肉をもぐもぐしながらクルトが首を振った。


「たぶん店が大げさに宣伝してるんだろうって。一、二度、たまたま立ち寄っただけなのを、お気に入りって自称してるっぽい――それでも十分すごいんだけどさ。皇族が町へ来て庶民の店を利用するなんて、めったに起こることじゃないから」


ふーん、と相槌を打ちながら、ルティも肉をちょっとだけかじる。

もぐもぐしながら、今度町に出る時はディートリヒも誘ってみようかな、と考えた。


マティアスやナーシャと違って、巻き戻り前の世界での交流が全然なくて、ルティにとっては名前と顔しか知らない人だったからずっと気後れしていたけれど。

ディートリヒも、やがてユーリから離反して敵になってしまう人物の一人。


巻き戻り前の世界で、ユーリの処刑を行おうとしていたのが彼だった。ディートリヒとユーリの関係を繋ぐことができたら、あの未来も変わるだろうか。

だったら、今度城に帰ってきてくれた時には、やっぱり彼とユーリを誘って町へ行ってみよう……戦後処理でずっとディートリヒも不在だったけれど、いまの戦が終わればきっと時間も……。


「……お姉様たち、無事かな。ひどい怪我とかしてないかな……」


気になるのは、いま戦場にいるユーリたちの安否。気分転換にシャンフが町へ連れ出してくれたけれど、いまはどうしても、そればかり気になってしまう。

しょんぼりしながら呟くルティに、大丈夫だって、とクルトが励ました。


「陛下も化神持ちの紋章使いなんだろ?シャンフと同等以上に強いって聞いたぞ。なら絶対、負けたりしないって」

「うん……」


自分を励ましてくれるクルトに笑顔で返しながらも、気分は晴れない。

黙って肉をもぐもぐするルティの隣で、クルトもしばらく何も言わずに肉を頬張っていた。


「おまえも、紋章もらうのか?」

「――うん?私?うーん、どうだろう。適正あるのかな」


巻き戻り前の世界では、もちろん紋章なんて宿したことはなかった。

大紋章を宿すには適性が必要で、その適正は血筋が大きいと言われていたから、出自不明のルティにはそんな選択肢もなかった。

でも……生みの母のユーリが紋章使いで……父親のマティアスも、色々あるけど紋章使いなら、自分も適正はあるかもしれない。


「大紋章は血筋ってよく言われるけど、一番でかいのは、一族で継いでるとかじゃないと大紋章そのものがなかなか手に入らないからだろ。グライスナーのにいちゃんみたいに家で継いでるパターンじゃなきゃ、あとは偶然手に入るのを待つか、持ってるやつから奪い取るか、教団に入ってそれなりの地位に就くしかないからな、大紋章の入手方法」

「そうなんだね。とっても珍しいものなのは知ってたけど」


大紋章そのものが稀少だから、血筋が重要……というより、親から受け継いで自分も紋章使いになる、というパターンが多くなって、血筋が重要と思われがちになってしまった――なるほど、とルティは頷いた。


「じゃあ、私の周りに三人も紋章使いがいたのはすごい偶然だったんだ」

「偶然……偶然ねえ。たしか、レナートってのはオルキス人なんだろ?オルキス人なら……持ってても不思議じゃないんじゃないか。オルキス王国はエンデニル教団とは何かと対立してて、自国で大紋章管理してることでも有名だったし。陛下の紋章も、もとはオルキスからだろ」

「たぶん、そう」


オルキス人なら、紋章使いでも不思議ではない。

ということは、あの人も持っているのだろうか。紋章使いのユーリの母親で、彼女もオルキス人……。


「お姉様のお母様も、紋章の適正あるのかな」

「ドロテア皇太后は化神持ちの紋章使いだぞ。これも有名な話じゃん。オルキス内親王ドロテアって、もともとオルキス国教会の神殿長だったんだから――オルキスの大紋章を管理してるところのトップだったんだぞ」

「……クルト、よく知ってるね」


娘の自分より、記者見習いとして情報を収集しているクルトのほうがよく知ってるなんて。

皮肉な気分に、ルティは内心苦笑いしてしまう。


「適正よりも、いまのルティじゃ幼すぎて危ないから、ユーリが許さないだろ。もう少し大きくなってからじゃないと」


シャンフが口を挟み、それもそうか、とクルトは同意した。


「紋章って、えげつないぐらい体力消耗するらしいもんな。それで限界超えちゃうと、今度は寿命まで削るとか。宿主がへぼいと紋章の力が暴走することもあるみたいだし、自制できる年になるまでは、やらせないのが普通だよな」

「本当は、すごくリスクのある力なんだよね」


強大で便利な能力ではあるが、やはり代償はつきもの。ユーリたちが平然と使っているから忘れがちだけど、紋章が使いこなせなくて命を落としてしまう人だって少なくない。


「それでも各国がこぞって欲しがるんだ。大きな対価を支払うことになっても、みんな欲しがってる――それだけ、すごい力なんだろうな」


クルトが言い、串に残っていた肉を一口で食べ切った。ルティももう一口肉をかじり、もぐもぐしながら、ユーリたちの無事を祈っていた。




バサバサと茂みが揺れる派手な音がして、現れたのは――バックハウス隊長と、彼が率いる部隊。全員ではなく、一部の部下だけだが。


ナーシャと共にカルタモ軍の本陣へ向かっていたはずなのに、なぜここに。

ディートリヒも驚いているが、ユーリも目を丸くした。


「ディートリヒ殿下。これはいったいどういうことか、ご説明頂きたい――俺が納得できるだけの理由があれば、でございますが」


いつも明るく豪気なバックハウス隊長も、いまは険しい表情だ。戦場で敵と向き合うように。

その気迫にディートリヒの部下たちは怯む様子を見せ、ユーリへの敵意に満ちたディートリヒはバックハウス隊長とも臆することなく向き合っていた。


「皇帝ユリウスは、薄汚い簒奪者だ。エルメンライヒと手を組んで我が父を殺し、卑劣な手段で王冠を手に入れた――俺は、この女をローゼンハイムの皇帝として認めない」


先帝ルドルフの死の真相を語るディートリヒに、バックハウス隊長はわずかに動揺しているようだった。


グライスナー参謀ならば、実はそんなところではないか、という疑いを抱いていただろうが、明朗快活な彼は、きっと考えたこともなかったのだろう。

自分のような人間が考えても無駄なこと、ときっぱり割り切って、忘れ去っていた。


だからいまも、ディートリヒの言葉をぐだぐだ思い悩むつもりはないらしい。


「……俺のような人間には、何が真実なのか正しく見極めることはできません。俺が為すべきことはただ一つ――ローゼンハイム帝国を守ること。カルタモが侵攻してきているいま、ローゼンハイム皇帝を害そうとしているあなたの行動は……敵対行為も同等です!大人しく剣を捨て、陛下からお離れください!さもなくば」

「さもなくば、なんだ。俺を攻撃するつもりか、バックハウス。この女の甘言に乗せられたまま――おまえまで誑かされているのか!」

「何のお話をされているのです!殿下こそ、正気にお戻りください!」


ディートリヒは、正常な判断能力を失っている。そうとしか思えない有様だ。

いったい誰に、何を吹き込まれたのか――残念ながら、自分では分からない。だからバックハウス隊長は、自分の役目を果たすことにした。


自身も剣を抜き、ディートリヒと改めて向き合う。


「陛下をお守りせよ!ディートリヒの反逆を許すな!」


バックハウス隊長の部下たちも武器を抜き、ディートリヒ隊へと突撃していく。先陣を切るのはバックハウス隊長だ。

仮にも皇族相手に、部下たちでは荷が重い――そう判断して、自分がディートリヒを捕らえる腹づもりなのだろう。


バックハウス隊長が手にした剣の刃先がディートリヒを捕えかけた刹那、セレスが叫んだ。


「ダメだ、バックハウス!部下たちに撤退させろ!」


セレスが叫ぶと同時につむじ風があたり一帯を包み、ユーリはセレスにかばわれた。誰も目を開けていられないほどの激しい突風で、その時の自分は本能で手を動かして、その攻撃を防いだ、とバックハウス隊長は語った。


金属音がぶつかり合う音。一度や二度ではない。一瞬の間にも何度も振り下ろされるものを、セレスがすべて自身の剣で弾いている。


ようやく目を開けていられるようになった時、自分を背にかばうセレスの前には大きな鎌を振るう男がいて……バックハウス隊長も、巨大な白い虎の爪を必死に防いでいるところだった。


「困りますねえ、ディートリヒ様。ちょっとタイミングが早過ぎますよ。化神や紋章の力にも限界がございますので、どんな事態でも完璧に対処できるわけではございませんよ」


ディートリヒのそばにも、見覚えのない男が一人。

背は高く、痩せた異国人。帝国語を話してはいるが独特のイントネーションで、少し猫背気味だった。異国人だから年齢はよく分からないけれど、そこそこベテラン……と言ってもいいぐらいの年だろう。


バックハウス隊長を襲う虎が化神で、この男がその宿主であることだけははっきり分かった。


セレスと攻防を続ける男も――かなり若く、長い髪で顔がほとんど見えない――紋章使いか、化神……。

自分の背丈の倍はありそうな鎌を軽々振るってセレスと互角以上にしのぎを削る姿を見ていると、彼は化神なのだろうか。珍しい、人型の化神。


「……悪かった。俺たちだけでなんとかできると思ってたんだ。ユリウスだけなら……バックハウスに気付かれているとは思ってもいなかった」

「部下をできるだけ離れさせてください。私の化神も、彼も、手加減しながら戦うということが苦手でしてね。不用意に近づくと巻き込まれますよ」


男が言い、ディートリヒは自分の部下たちに離脱を命じる。


バックハウス隊長を襲っていた虎が大きく飛び退き、咆哮を上げた。その気迫にほとんどの人間が飲まれ、力任せに飛び掛かってきて爪を振るう虎の餌食となっていく――ユーリも味方を守るため、紋章の力を使うしかなかった。


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