透明少女の王都観光
ちょっと長い&久しぶりのラブコメ?回です。ご注意ください。
「ギャギャ……」
《経験値を取得しました》
「ふう――ありがとう、十六夜」
「……うん。一回で出来るなんて凄いね……」
「十六夜の助言があってこそだよ。それが無ければ俺は、ずっと迷ってた」
「……そう?」
「ああ」
「へへ……そうかな」
照れるように笑う十六夜。
冗談抜きにそう思った――攻撃前に目をつむるなんて、俺の発想じゃ出て来なかった。
急所を狙っていたのもいつの間にか俺に根付いていた癖。
それを止めて、『攻撃』という行動を自然に出来る様になったのも大きい。
……今日は、彼女に本当に聞いていて正解だった。
例えそれの対価が俺の全Gだとしても、大いに価値がある――
「――それで、十六夜は何が欲しいんだ?」
彼女に聞く。
もしかしたら、もっとエグいものとか?
例えば、俺のスキルの情報とかも――
「……その……」
それはまだ思うところがあるように、悩む素振りを見せる彼女。
「ひと思いに言ってくれていいぞ」
「……分かった……じゃ、じゃあ――」
意を決した様に、俺に向き直る。
髪に隠れた目が真っ直ぐに向いて。
「……わたしと、一緒に街を回ってほしい……」
小さな口。
照れながら言ったのは――そんな台詞だった。
「え?」
「……」
「そ――いや、良いのか?」
『そんなこと』、そう言いそうになるが留める。
十六夜にとってのソレは――大きな決意のいるものだったであろうから。
……でも、一応確認はいるだろう。
「ニシキが駄目ならいいよ……」
「い、いやいや、俺は構わないが――街って王都だよな?」
「……うん、わたし、フレンドと一緒にあそこをゆっくり見て回るの、夢だったんだ。そういう事頼めるひとも居なくて……」
終始顔を背けながら告げる彼女。
……十六夜がそう言うのなら――もう、決まりだな。
「そうか。それじゃ……今夜八時、また最初の場所で会おうか」
「う、うん……!」
俺は、全G彼女に渡すつもりだったんだ。
それなら――しっかりと十六夜に、計画を立てて回ってあげたい。
工業エリアなら、夜の方が人も多くて良いだろうからな。
《――「錦、突然だけど。『レディーファースト』って言葉知ってるかい?」――》
《――「え?まあ知ってるけど」――》
《――「ははは、明日はクラスの女の子と遊びに行くんだろう?よく覚えておくといい」――》
《――「でも別に、ただの友達……」――》
《――「それでもだよ錦、ボクからの教訓だ。きっと君の為になる」――》
《――「わ、分かった」――》
昔の兄さんとの会話。
思えば当時小学生の彼が、なぜそんな大人びた事を言っていたのか不思議だが……俺はそれから自然とそう考えるようになった。恋愛とか自分なんかには縁のない人生だけどな。
……ちなみに当たり前だが、兄さんは滅茶苦茶モテていた。
「へへ、楽しみにしてる……」
「はは、ああ」
PK職のフレンド、そんな奇妙な関係……だが彼女も一人の女性だ。
ゲームとはいえ、悲しい思いはさせないようにしないとな。
☆
午後七時五十分。
デッドゾーン前集合って、かなり変わった待ち合わせ場所だよな……人少なくていいけど。
こういうのは早すぎても遅すぎてもダメだと聞いたから、十分前にそこに俺は居た。
何か、前のチーフとのディナー?を思い出すな。
「……わ!」
「!?」
「……へへ、まだまだだね」
と思ったら――彼女は既にそこに居た様だ。
見つけられなかったのも、自分が遅かったのもマイナスだな……
「はは、十六夜には敵わないよ――それじゃ行こうか」
「……うん!」
彼女には珍しい、軽く跳ねる様な足取り。
夜、二十時前。
俺達は――王都ヴィクトリアを歩き出した。
☆
「ここがギルドエリアだな、十六夜は行った事あるか?」
「うん……でも、ちょっとだけ。暗殺者ギルドしか無い」
「へえ。俺のマップにはないから、PK職にしか行けないのかもな」
歩きながら、十六夜と話す。
話してさえいれば、はぐれる事は無いから安心だ。
……戦闘フィールドに向かおうとした時、彼女とは何度もはぐれかけたからな。
その自然な隠密能力は凄まじい。
「……そうかも。あ、あれ商人ギルド?」
「はは、良く分かったな」
「……うん、へへ、通貨の看板って分かりやすいよね」
「ああ――ん、あれ」
「……!商人さん、だ」
《そうきゅう 商人 LEVEL35》
見れば、商人ギルドに入ろうとしているプレイヤーが居た。
それも――職業、商人の。
「……わたし、待ってようか……?」
嬉しいような、待っていたような。
何とも言えない感情が過る、が――
「はは、大丈夫だよ。行こうか」
「……良いの?」
「ああ。急に知らない奴が来たら驚くだろうし」
「!たぶん、ニシキを知らない商人さんは居ないと思うけど……」
「はは、そんな事あるわけないって。俺はただの商人プレイヤーだよ」
「……そう、かな」
「ああ。次は工業エリアに行こうか」
ギルドエリアを歩きながら彼女と話す。
……また、会えると良いな。商人に。
☆
「……わぁ、すごい……!」
「はは、だろ」
工業エリア。
生産職が集うその場所は――中々に面白い場所だ。
「……お、おっきい釜……」
「あれはポーションでも作ってるんだろうな」
歩いていると、彼女はソレに興味を持ったようだ。
大きな鍋の様なモノを、下から火を吹き付け、上から薬草?を入れてかき混ぜている。
アレだけでどれだけの量が作れるのか……
「あ、あれ、熱そう……」
「はは、ほんとだよな」
また少し歩けば――熱で柔らかくなった金属を、ハンマーで叩いて整形している鍛冶師が居る。
これもまた迫力満点だ。
「俺の知り合いには、アレを『手』でやる人が居るんだ」
「え……う、うそ……」
「はは、本当だって。凄いよな生産職」
と言いながら、自分も生産職なんだが――悲しいから考えるのはやめておこうか。
二人の熊達は今も忙しそうにしてるだろう。
「そうだ、十六夜は――生産職なら何がしたい?」
「う、うーん……自分で毒を創れるようになったら便利かな……」
「ははは、暗殺者らしい答えだ」
☆
しばらく歩き回り、最後に商業エリアへ辿り着く。
ここは本当に人が多い。
はぐれないようにしないと――
「――ん?十六夜?」
ふと横を見れば――彼女が消えていた。
「やっちまった……」
嘆く。
こういう時、フレンドで良かったと思うよ。
『ごめん、今どこだ?』
『あ……ごめんなさい、雑貨屋さんのところ……』
すかさずメッセージで彼女に連絡を取る。
あんまり、したくなかったんだけどな。
「――居た、良かった。ごめんな十六夜」
「わ、わたしこそ……ごめんね……」
本当に、すぐそこに居た彼女。
それでも気付けなかった自分が不甲斐ない。
「……」
「……十六夜?」
歩けども、彼女は見るからに落ち込んでいた。
これまでずっと一緒に居たからか……目を隠していてでも、感情が分かってくるものだ。
ギルドエリアに工業エリア。
そこを歩いてきた十六夜は、凄く楽しそうにしていた。
でも――今は真反対だ。
この人並みの中、背中を丸めて俯きながら歩いている。
「……ごめんね。わたし、ずっとこうなんだ……存在感無くて、皆すぐに、わたしを忘れて……」
「……それで、皆わたしを見たら驚くんだ。それが、嫌で」
つらつらと話す彼女。
戦闘面ではそりゃ強いだろうが……実際の当人からしてみれば、それはその時だけのもの。
現実でも、常にその影の薄さが付きまとえばマイナスの方がでかいだろう。
心に傷を負ってしまうのは目に見えてる。
『あ、居たの?』とか言われたら俺ならかなり辛い。
そしてそれを――彼女は恐らく何年も経験してきているんだ。
「それならいっそ、って前髪も伸ばして……もっと誰にも気付かれなくなって」
「……RLでも、楽しいけど『暗殺者』だし、プレイヤーキラーだし――」
普段よりももっと小さい声で、彼女は続ける。
まるで、心の内をさらけ出す様。
ゆっくりと――肩を震わしながら。
「わたしって……『気持ち悪い』、でしょ……?」
「――っ」
消え入りそうな涙声。
彼女のその思いに、俺は何も言えなくなった。
それに自分が何を返しても、きっとただの気休めだ。
『現実』。『ゲーム』。その両方。
長い間降り積もった十六夜の辛さには、俺は何も出来ないけれど――
――このままじゃ、駄目だと思った。
「……ちょっと、着いてきてくれるか」
「――え!?あ――」
小さな彼女の手を取って、俺は商業エリアを歩いていく。
下調べの時には行く予定なんて無かったんだが……今は、そこが最適と感じたからだ。
☆
《王都展望台》
そこは、商業エリアから歩いて十分程。
王都ヴィクトリアを上から眺める事が出来る場所。
ゲームらしく上までせっせと登る必要はない……下の入口に入ったりすれば、展望台の頂上までワープするのだ。
欠点は――人が多い。特にカップル。
夜時間にここから見える夜景は、本当に綺麗なのが理由だろう。
だからこそ十六夜を連れてくるのは躊躇ったんだが……今は、ここが一番だと思った。
「……あ、あの……」
「ごめん、行こうか」
ソワソワと身体を揺らす彼女。
さっきまでの落ち込んでいる様子よりはマシかもな。
まだはぐれないよう手を引いて、なるべく人のいない端の方へと移動する。
「……ひといっぱい……」
「はは、だろ」
下を見れば、沢山のプレイヤー。
先程までのギルドエリアに居たプレイヤーも。工業エリアに居た沢山の生産職達も、商業エリアの露店も全部。
数えきれない人達が、一望できる場所。
俺は彼女の手を離し――口を開いた。
「――君のその類まれな『影の薄さ』は、俺がどれだけ努力しても手に入らないモノで、その辛さも当然分からないんだ」
「……うん」
「けどさ。そんな十六夜のそれも、この中の誰かは一人ぐらい同じモノを持ってるんだよ」
「……!」
十六夜が、俺の顔を見る。
違いはあれど――きっとこれだけ広い世界なら彼女のような悩みを持つ者はいるだろう。
……でも。
「ただ君はそれを、自分なりに『強さ』に変えた。もちろん簡単に出来る事じゃない、誇っていい事だと思うぞ」
「……でも、結局、わたしが気持ち悪い事は、変わらな――」
「――それに。十六夜に『ある』のはそれだけじゃないだろ?」
俯いて話す彼女の言葉を遮って、俺はそう続ける。
「……え?」
「戦闘の才能だけじゃない。俺の無理に付き合ってくれた『優しさ』も、髪に隠れた『綺麗な目』も。それを全部持ってるのは、この沢山の人の中で――君だけなんだ」
俺が兄さんに憧れるのも、強いからだけではない。
誰よりも優しくて、誰よりも努力して、誰よりも負けず嫌いで――そんな人柄に俺は強く惹かれたんだ。
彼女も同じ。
本人はそのコンプレックスから、自分が持つモノに気付けていないだけ。
「……だから十六夜はもっと、自信を持っていいと思うぞ」
彼女へそう言った後に、思わず俺は人が沢山動く下の景色へと顔を向けた。
……正直、歯が浮くような台詞を言っているのは分かってる。
でも。ここまで来たならば――最後まで。
きっとそれは、彼女の為になるはずだから。
一瞬の恥で十六夜が自信を持てるのなら安いモノ。
何よりもあの人なら――きっと何の恥じらいも無く、こうしているだろうしな。
「その……少なくとも俺はそんな君を、十分魅力的だと感じるから」
「……!」
人波と夜景を眺めながらそう言った。
身体を彼女から背け、ボソッと呟いた様に。
……まるで頬が燃える様だ。
そして。
そんな俺の言葉が、十六夜へと響いてくれたのかは分からない。
でも――
「……ありがとう……」
静かな声。
ゆっくりと十六夜に視線を戻す。
そうすれば――前髪が風に揺れて、彼女の輝く瞳が見えた。
「どういたしまして」
……さっきまでの十六夜よりは、ずっと元気になっただろう。
なんかまた、らしくない事をやってしまった気がするが。
言わない未来よりはきっと良いはずだろうから。
「……もう少しだけ。ここに居てもいい?」
「はは、ああ」
土曜、夜二十一時。
展望台に身を寄せて、ゆっくり景色を眺める彼女。
俺もそれに、しばらくの間付き合う。
『透明少女』の十六夜は――今、ごく普通の女の子としてここに居る気がした。
☆
「……今日は、本当にありがとう」
「はは、あれだけ教えてくれたんだ。足りないぐらいだよ」
アレからしばらくして、最初のデッドゾーン前まで戻ってきた。
そしてこの帰路は――どうしてか、十六夜の事を見失う気がしなかった。
一緒に居た事で、感じ取れるようになったとか?
「……たぶん、今ニシキと闘ったら、絶対に負けちゃうね……」
「え?それはどういう――」
「――へへ、何でもない。あ、足りないぐらいなら、また……」
笑ってそう言う彼女。
心なしか、声も大きくなった気がする。
「ん?」
「……『髪飾り』、一緒に選んでほしいな。前髪を留められるのが良い……」
「!そっか、分かった。きっと似合うよ」
「へへ。ありがと」
ゲームのアバターとはいえ――彼女が自分からその選択をしてくれるとは思ってなかった。
なら、喜んで付き合ってあげよう。
「――じゃ、また言ってくれ」
「うん……クエスト、頑張ってね」
「ありがとう。隠密スキルも取れたし、絶対にクリアしてくるよ。それじゃ」
「……うん。ばいばい――」
少し寂し気に笑う十六夜が、俺に手を振る光景を最後に。
明日に挑戦するクエストの為――いつもより早く、ログアウトを押した。
《ログアウトしました》
いつも応援と誤字報告もありがとうございます。めちゃくちゃ助かっております。





