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嘘つきはだれ?  作者: 金原 紅
本編
78/100

前夜1

 王城から急ぎの連絡が来たのは、豊穣祭の2日目の午後だった。

 前日にあちこち歩きまわったこともあり、その日は屋敷でゆっくりと過ごしていた。外のお祭り特有の賑やかな空気とは異なり、まったりとした雰囲気で、オルスロットとレイティーシアは居間で共にお茶をしていた時だった。

 至急の連絡、ということで居間に直接案内された若い騎士がオルスロットの耳元で何かを伝えた途端、まとう空気を厳しいものへと変えていた。そしてすぐに騎士へ指示を出して帰すと、少し困ったような表情でレイティーシアへと告げる。


「レイティーシア、至急の呼び出しが掛かりました。すみませんが、俺はこれから城へ行きます。恐らく、帰りも遅くなるでしょうから、先に休んでいてください」

「オルスロット様。一体……?」

「まだ、言えません」


 厳しい表情で口を閉ざすオルスロットに、不安が募る。しかし騎士団の仕事であれば、妻とはいえ一般人でしかないレイティーシアには言えない事が多いのも当然だ。

 笑顔を心掛けて、頷く。


「……わかりました。お気をつけて、行ってらしてください」

「はい。ありがとうございます」


 纏う空気は厳しいものながら、ほんの少し表情を緩め、オルスロットはレイティーシアの頬をそっと一撫でする。そして手早く騎士服へ着替え、王城へと向かっていく。

 玄関先までオルスロットを見送ったレイティーシアは、どうにも不安をぬぐい去ることは出来ず、しばらく玄関先に立ち尽くしていた。


「奥様、そろそろ戻りませんか?」

「マリア……。なんでかしらね、嫌な予感がするわ。どうしたら、いいのかしら?」


 ずっと傍に控えてくれていたマリアヘレナに不安を零すと、カラリと笑われる。


「レイティーシア様。とりあえず屋敷に戻って、温かい紅茶でも飲みましょう。今は、案じていても何も分からないのですから」

「そう、ね……」


 マリアヘレナの勧めに従い、居間に戻って紅茶を頂くが、やはり心は落ち着かなかった。そしてその日の夕方に王城から発表された、”ベールモント王国との戦争”という情報により、レイティーシアの胸に巣食う嫌な予感はより大きなものになっていった。


 このテルべカナン王国とベールモント王国が接しているのは、国の北部だ。王都はどちらかというと北寄りにあるが、すぐさま戦場となるような位置ではない。

 しかし、オルスロットが所属する第二騎士団は各都市と国境の守備が担当だ。戦争で最前線に立つことになるはずだ。ただ、オルスロットは第二騎士団の副団長だ。そうそう、前線へ行くことにはならないのではないか。


 そんなことを悶々と考えながら、その日は遅くまでオルスロットを待っていた。しかし、出立前の言葉の通り、日付が変わっても屋敷には帰って来ず、痺れを切らしたクセラヴィーラにベッドに入るよう命じられてしまった。

 あまりの剣幕に渋々ベッドに入ったものの、結局良くは眠れず、翌朝は普段より早くに目が覚めてしまう。

 睡眠が足りず、少し体や頭が重たい状態ではあるが、とても眠れる気分ではなかった。さっさと身支度を整え、私室から出る。

 そして偶然廊下で見つけたクセラヴィーラに声を掛ける。


「クセラヴィーラさん。オルスロット様はお帰りですか?」

「奥様! いえ、旦那様はお戻りになっていません」

「そうですか。分かりました……」

「奥様、もう少し眠ってはいかがですか? 顔色が、少々よろしくないですわ」

「いえ、とても眠れそうにないのです」


 提案を拒否すると、クセラヴィーラはじっとレイティーシアの顔を見つめる。

 あの誘拐事件後、ひどい体調になってしまったこともあり、クセラヴィーラはレイティーシアの体調管理にかなり気を遣っているのだ。しかし今日はまだ少し寝不足という程度であったため、あっさりと引き下がってくれた。


「そうですか……。それでは、紅茶を入れますので、居間へ参りましょう」

「ありがとうございます」


 そしてクセラヴィーラと共に居間へ向かう途中、丁度エントランスに差し掛かった時だった。外から玄関の扉が開き、オルスロットが帰宅したのだった。

 あまりにもタイミングが良かったことに驚きながらも、オルスロットの元へと駆け寄る。


「オルスロット様。お帰りなさいませ」

「レイティーシア……? ただ今戻りました。今日は早いですね」


 レイティーシアがエントランスに居たことにオルスロットも驚きながら、少し表情を緩めた。そっと頬へ手を伸ばし、優しく触れられる。


「えぇ。少し、早く目が覚めてしまったんです」

「そうですか。でも、丁度よかったかもしれないですね」


 小さく呟くオルスロットに、レイティーシアは顔を見上げながら首を傾げる。疲労の色が濃いオルスロットの眉間には深いしわが刻まれていた。


「レイティーシア。明日の朝、出陣することになりました」

「っ……!!」

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