青空にかかる暗雲1
オルスロットはその光景を目にした瞬間、躊躇うことなく腰の剣を抜いていた。
幸いなことに、相手はまだこちらに気づいた様子はない。感情のままに溢れそうになる殺気を抑え、ひたり、とその首筋へと長剣を突きつける。
「その手を離して頂きましょうか。コルジット」
「ちっ! なんでアンタがここに居るんだよ」
忌々しそうな顔をしたコルジットは、毒づきながらも渋々とレイティーシアの腕を掴んでいた手を離す。
「遅くなって申し訳ありません、レイティーシア」
「旦那、さま……?」
剣で押すようにしてコルジットと立ち位置を入れ換え、レイティーシアを背に庇うようにしてからちらりと様子を伺う。
コルジットから解放され、そのまま座り込んでしまった彼女は、呆然とオルスロットを見上げていた。紫色の美しい瞳からは涙が絶えず溢れ続け、目元は赤くなっていて痛々しい。
無意識に眉間のしわを深くしながら、コルジットに視線を戻す。
「うちの御者はどこに?」
「御者?」
首筋に剣を突きつけられているにもかかわらず、コルジットは飄々とした調子で首を傾げる。そしてさも今思い出した、という様子で告げるのだった。
「あぁ、アレなら今頃家族と仲良く再会してんじゃない? あの世でね」
「っそんな……」
「貴様は人の命を軽々とっ!」
背後で息を飲むレイティーシアを気にしつつ、怪しい動きを見せたコルジットへ長剣を振るう。
「おっと、危ないなー」
「思ってもいないことを」
「えー、ヒドイなー。本当のことなのに」
あっさりとオルスロットの剣の間合いから抜け出したコルジットは、いつの間にか取り出した大振りのナイフを手の中で弄んでいた。どこかふざけたような様子でありながらも、その立ち姿に隙はない。
以前会った時の純朴な少年といった雰囲気は一切なく、裏の社会で長年生きている者の空気を纏っている。
「ま、とりあえずアンタも死んでよ」
「っく」
軽い調子でそう言うと同時に、コルジットは予備動作なくオルスロットの喉元めがけてナイフを繰り出してくる。体を反らしてかろうじてナイフの範囲から逃れるが、すぐにオルスロットを追ってナイフをが振るわれる。
時に長剣でナイフを弾きながら、コルジットの攻撃を躱し続けるオルスロットは、無意識に眉間のしわが深くなっていた。
不規則な動きをしながらも、真っ直ぐ急所を狙い続けるコルジットは、まるで野生の獣のようだ。
背後に居るレイティーシアを庇いながら相手にするのは、非常に難しい。
しかし、焦れていたのはコルジットも同様だったようだ。
ナイフを弾いた流れでコルジットを狙った長剣の範囲から飛び退くと、盛大な舌打ちを零す。
「さっすが副団長サマ。つっよいねー」
「それならば退いたらどうです」
「ジョーダン! そんなことしたらオレの命ないもん」
相変わらず軽い調子でそう言うコルジットは、今まで何も持っていなかった左手にもう一本のナイフを取り出す。右手のナイフよりは小振りのそれの刀身は、ぬらりとした怪しげな光を放っていた。
本能が、あのナイフに触れてはならないと告げていた。
「レイティーシア、目を伏せていてください」
「っはい…………」
剣を握り直し、背後のレイティーシアに声を掛ける。きっと、彼女には見せられない光景が広がるだろう。
小さいけれどもハッキリとした返事が聞こえたから、きっとレイティーシアは言葉に従ってくれたはずだ。とてもコルジットから目を離せる状況でないため確認は出来ないが、彼女がこの後の闘いを見ないで居てくれることを信じるしかない。
「騎士さまは余裕だねー。ふざけんな!」
オルスロットとレイティーシアのやり取りを見ていたコルジットは、突如として怒りを露わに、距離を詰める。
左右両手のナイフが繰り出されるのを冷静に見据え、オルスロットは長剣を振るうのだった。




