焦燥2
急いで城門へと向かうと、すぐ側にある衛兵の休憩所へと案内された。そして休憩所に入ると、血で服を赤く染めたアンゼリィヤが応急手当を受けているところだった。
首にほど近い右肩を布できつく押さえつけられているアンゼリィヤはぐったりとしており、顔色も青白かった。
「アンゼっ!? おい、すぐに癒しの術掛けろよ!」
「えー、俺、治癒魔法苦手なんだよなぁ」
アンゼリィヤを見るなりバルザックはソルドウィンへと詰め寄るが、当のソルドウィンは全く気乗りしない様子だった。ちらり、とアンゼリィヤを見て嫌そうに顔を顰めている。
「はぁ!? んなこと言ってる場合じゃねぇだろ!!」
「…………バル、喧しい」
「っアンゼ!」
ソルドウィンへ掴みかかりそうな勢いで声を荒げていたバルザックへ、常とは違って苦しげに掠れたアンゼリィヤの声が冷たく掛けられる。
そして自身へと近付いてきたバルザックへ、吐きすてるように告げるのだった。
「ソルドウィンの治癒魔法受ける、くらいなら、そこの衛兵に、傷を縫われた、方がマシだ。そんなことより、副団長」
「そんなことじゃねぇだろ!」
「バル、いい加減、黙ってくれ」
苦し気でありながらも有無を言わせない圧力が込められた視線に、バルザックも流石に口を閉ざす。
その常の比ではない必死さに、オルスロットの眉間のしわは深くなっていた。そして何よりも気になっていたことを問う。
「何があったんですか。レイティーシアは?」
「シアは……。さらわれた」
「姫さんが!?」
「っ!? ……貴女がそんな怪我を負う等、一体誰です?」
驚きに一瞬声を失うが、すぐに切り替えてオルスロットはアンゼリィヤへと問い掛ける。
「コルジットだ……。貴様の屋敷の御者も、関係しているはずだ」
「っそんな……」
「コルジットは確か、うちの親父が紹介したはずだぞ? そんな訳ないと思うけど……?」
「だが、実際に、私を襲ったのはコルジットだ。それより、早くシアを迎えに行かねば……。ここに来るので、かなり時間が過ぎた。ソルドウィン、シアを、探せ……!!」
血の気の失せた顔でそう叫び、アンゼリィヤは立ち上がろうとする。しかし足はブルブルと震え、あっけなく椅子へと座り込んだ。
その様子を厳しい表情で見ていたバルザックは、ちらりと時計を見て舌打ちをする。
「ダメだ。アンゼは治療を受けろ。オルス、ソルドウィン、もう時間だ」
「っ姫さんを放っとけっていうの!?」
「お前、宮廷魔術師だろ。今日は陛下がいらっしゃる日だぞ? 私事にかまけてる時間はないハズだ」
「私事!? 姫さんはっ……」
「ソルドウィン、待て! ここは人が多い」
大声で告げようとしたソルドウィンの口を押さえ、オルスロットは首を横に振る。そして不満そうなソルドウィンには構わず、バルザックへと向き直る。
「団長、俺は棄権します。そしてレイティーシアを探しに行きます。では」
「っおい、オルス!」
「副団長!?」
オルスロットは一方的に決意を告げ、すぐさま踵を返す。
一見、先ほどまで冷静そうであったオルスロットの突然に行動に、その場に居た全員が目を見張っていた。
「ちょっと待ちなよ。無駄に一人で走る回るつもり?」
「だが、他に手はないでしょう。ソルドウィン、お前たち宮廷魔術師はどうやっても陛下のお側を離れるわけにはいかないのですから」
「そうだよ。ほんっと腹が立つけど! だからって、アンタが時間を無駄にして姫さんが危険な目に合うかもしれない、なんて許せないから!」
そう言い放ったソルドウィンは、自身の身に付けた魔道具を見回し、一つの首飾りを外す。そしてその首飾りに手をかざして呪文を唱えると、オルスロットへと差し出した。
「ソレが指す方向に、姫さんが居るはず。ただ、姫さんの作品を潰して無理やり作ったから、一時間しか持たない」
「十分です。恩に着ます!」
「そんなことより、無事に姫さん連れて帰って来てよ?」
「勿論です」
不貞腐れたようにそっぽを向くソルドウィンに力強く約束し、首飾りを受け取る。そしてアンゼリィヤの側に居るバルザックをちらりと見ると、少し困った様な表情ながらもニヤリと笑い、軽く手を振られる。
「行ってこい」
「ありがとうございます……!」
軽く頭を下げて礼をすると、素早く身を翻す。
そして衛兵用の馬を無理に借り受けると、ソルドウィンが魔法を掛けた首飾りを片手に城門から出ていくのだった。
§ § § § §
物凄い勢いで出ていったオルスロットを見送り、バルザックはニヤニヤと笑う。
「いやーオルスも変わるもんだな」
「はぁ?」
「バル、何を言っているのだ?」
「いや、アイツ、今まで仕事最優先だったからな。奥方を優先するとはね」
今までのオルスロットは、家で何か問題が発生していたとしても、他に対処することが出来る人員が居るのであれば仕事を優先していたのだ。今回も、王都の治安維持を任務とする第一騎士団が捜索するのが普通だ。
しかも、オルスロットは騎士とはいえ、人探しについては素人同然。たった一人で走り回ったとしてもたかが知れているはずだ。
それなのに、騎士の一大イベントである御前試合を放り出して、レイティーシアの捜索を優先したのだ。
バルザックとしてみると、とても意外な選択だった。
「しっかし、まじでヤベェな。うちの騎士団、オルス以外ほっとんど残ってねぇんだけど……」
「……来年の予算、か」
「はははっ! ま、姫さんが無事だったら、多分うちから何かしらの便宜はあるよ?」
「ホントか……?」
訝しげにソルドウィンを見るが、軽く首を傾げられる。
「姫さんは宝、だからね」
「宝ぁ?」
「そ。それより、いい加減行かないとヤバくないの、団長サン? 俺は交代制だからまだ時間あるけど、アンタ最初っから出番あるよね?」
「うぉっ、まじだ!! アンゼっ、ちゃんと治療受けるんだぞ!」
「……分かったから、さっさと行け」
呆れた様子でアンゼリィヤに顎で外を示され、バルザックは大慌てで闘技場へと向かうのだった。
ソルドウィンの治癒魔法は、かすり傷を重傷にする程度の腕前です。
本編中に入れようと思ってましたが、明らかにそんな余計な話をしている場合じゃないなぁとカットした結果、日の目を見ない設定となりました。




