夜が明けて2
寝室へやって来たマリアヘレナに手伝って貰いながら身形を整え、遅すぎる朝食――というよりも最早昼食という時間だった――を食べ終わると、オルスロットに連れられて居間へ移動する。その間、昨夜の件を話すことがなかったため、きっとこれから落ち着いて話すのだろう。
レイティーシアには昨夜の事は途中から記憶がなく、どう片を付けたのか全く分からない。
それに、ナタリアナについても気になっていた。何故、あんなことをしたのか。そしてどうなったのか。もしかしたら、ナタリアナが元凶だとは知られてないかもしれない、と思うと気が気ではなかった。
不安を抱えながらオルスロットに続いて居間に入ると、そこには既にオルフェレウスとイゼラクォレル、ソルドウィンが待ち構えていた。
昨日の夜会にオルフェレウスとイゼラクォレルは居なかったはずだが、もう二人にも伝わっているのだろうか。
驚きと不安に立ち竦んでいると、オルスロットがそっと手を取り、小さく囁く。
「大丈夫です。レイティーシアが不安に思うことは、何もありません」
そして手を引いて導かれるまま、ソファーへ腰を下ろす。
「さて、揃ったから早速始めようか。レイティーシア、昨夜は大変だったね。もう、大丈夫かい?」
「は、はい。その……、お騒がせをして申し訳ありません」
「いや、貴女が謝るようなことはないだろう?」
口火を切ったオルフェレウスに思わず謝罪をすると、やんわりと窘められる。その瞳は、想像していたよりも、ずっとやさしいものだった。
「さて、レイティーシアには酷なことで申し訳ないが、昨夜の事について教えて貰えるかな? まずは、それぞれの言い分を聞かなくては公正ではないからね」
「はい……。昨夜は、旦那様が離れた後、ナタリアナ様に声を掛けられました」
そして誘われるまま客間へ行き、その部屋でナタリアナに魔道具を使われたこと。その部屋に男が潜んでおり、ナタリアナの指示で動いていたこと。
一つずつ、事実だけを述べていく。
オルフェレウスは、レイティーシアの話を頷きながら聞いていた。そして全てを聞き終わると、少しの間瞳を閉じて考え込む。
「ふむ。レイティーシアの言い分はアザハーク・トルバチェリのものと同じだな」
「アザハーク・トルバチェリ……?」
「そっか、姫さん知らないか。昨日姫さんを襲った男だよ。旦那サマが全力で伸してくれたから、話聞くために起こすの大変だったんだから」
ソルドウィンは恨みがましくオルスロットを見ながら言うが、オルスロットはしれっと無視をしてレイティーシアに説明をする。
「アザハーク・トルバチェリは、トルバチェリ伯爵家の四男です。王宮の文官として働いていますが、これといって突出したところのない男です。しかし、出世欲、というのでしょうか。そういったものは強いようでして」
「まぁ、楽して金持ちになりたい男だね」
「……言葉が悪いですが、端的にいえばそういった男です。なので、ウィンザーノット一族、それも本家に近い令嬢との結婚を条件にナタリアナの計画に乗ったようです」
「そんであの女の計画は、コトが終わってアザハークがトンズラした後に、オルスロットや友人と共に姫さんを発見するってもんらしいよ。ま、もしかしたら最中に踏み込むつもりだったかもしれないけどね」
「え……?」
「だって、その方がアザハークもまとめて始末出来るわけだしさ。一石二鳥?」
軽いノリで話すソルドウィンの言葉に、レイティーシアの顔から血の気が引いていく。あのまま、オルスロット達が駆けつけてくれなければ、と想像してゾッとする。
そんなレイティーシアの様子に、オルスロットは視線でソルドウィンを黙らせた。そして言葉を考えながら、説明を続ける。
「恐らく、夫以外の男と寝ていたことを公にして、レイティーシアの名を貶める事が目的だったのでしょう。そうなれば、離縁することになる可能性が高い、と思われたのでしょう」
「なんせ、ランドルフォード侯爵夫人は、氷の貴婦人サマだからね。切り捨てるって思ったんだろうね」
「失礼してしまうわ。そこまで冷酷な人間ではないのよ」
扇を握りしめて憤慨していたイゼラクォレルを、オルフェレウスが苦笑しながら宥め、話を続けるのだった。
「ここまでが、アザハーク・トルバチェリから聞き出したことだ。それをもって今朝、ウィンザーノット家にも行ってきたのだが……」
「ナタリアナちゃんは、自分は悪くない、としか言わなくってね。何も、分からなかったわ。でも、アルメリアナ様達はハロイドやわたくし達の話もしっかり聞いてくれたわ」
「それで、今回の件について話し合ってきたのだが、大事にしたくないというのが両家の結論でね。レイティーシアには納得しがたいことかもしれないけれど、今回の件は公にしない」
そう言いきるオルフェレウスの顔は、ランドルフォード侯爵家当主の顔だった。誰にも、否とは言わせない、という表情だ。
「ナタリアナ嬢は錯乱した様な状態だから、しばらくウィンザーノット公爵領で療養することになる。その後は修道院に入るか、一族の者と結婚する予定だ」
「そう、ですか……」
「それから、レイティーシア。貴女もしばらく療養として、家から出ないように」
「え……?」
続けられた言葉に驚いて顔を上げると、イゼラクォレルが呆れた様な笑いを浮かべていた。
「オルスロット達が昨日の夜会で走り回っていたから、好奇の目がまた集まってしまっているの」
「あと昨日の夜会から帰る時、意識のない姫さんを体調不良で倒れたって言ってきたからね。元気に出歩いてるとウソだってバレちゃうから」
ふざけた様子で続けたソルドウィンは、さらに思い出した、といった調子で軽く告げる。
「そういえば、アザハーク・トルバチェリだけどさ。口軽そーだから、ちょっとこの件喋れないようにしといたから」
「……一体何をしたんです?」
「ソルドウィン。それって……」
「大丈夫、大丈夫! 禁術じゃないから。ランファンヴァイェンのおっさんに教えて貰ったのを弄って作ったのだから」
「それもどうかと思うけど……」
あっけらかんと笑って言うソルドウィンに、全員顔を引き攣らせながら、脱力するしかなかった。そして何とも言えない空気が漂うが、オルフェレウスが咳払いで話題を引き戻す。
「アザハーク・トルバチェリについては、このまま彼が大人しくしているようならば、今回に関しては、表向きは特にお咎め無しとなる。周囲にこの件を伏せたまま処罰することが難しいから、許してほしい」
「……分かりました」
未遂だったとはいえ、襲われかけた相手だ。オルフェレウスの説明に了承をするが、複雑な思いが残る。
どうやらそんな感情が表情に出ていた様で、ニヤリ、と笑ったソルドウィンが軽く問い掛ける。
「もし姫さんが望むなら、もっとキッツイ罰与えてくるけど?」
「やめてちょうだい。あなたが動くと、絶対ロクなことにならないもの」
「ははは! だろーね。ま、どーせアイツはランドルフォード家とチェンザーバイアット家にジルニス家を敵に回したワケだから。色々やりづらいだろうね」
「それから、アザハークについては、ウィンザーノット家がしっかり面倒見ると約束して下さいましたわ」
アザハークについて言葉を添えたイゼラクォレルは、意味深な笑みを浮かべていた。
今回、アザハークはあくまでもナタリアナの協力者で、主犯はナタリアナだ。つまり、アザハークはある意味巻き込まれた被害者とも言えなくもない。そしてこの件を下手に言いふらされては、ウィンザーノット家としては非常に困るのだ。
だから、恐らくアザハークは婚姻か仕事かでウィンザーノット家の監督下に置かれるのだろう。
監督される、とはいっても今回の件を持ち出さなければ、公爵家が一生涯面倒を見てくれるのだ。ある意味、アザハークの本望も叶ったということだ。
レイティーシアは一つため息を吐くと、小さな微笑みを浮かべる。そしてオルフェレウスをしっかりと見据え、言葉を伝えるのだった。
「全て、承知しました。ありがとうございます」




