始まりを告げる夜会1
社交シーズンの始まりには、王家主催の夜会が開かれる。王城で大々的に行われるその夜会に合わせ、普段は領地に居る貴族たちも王都へやって来るため、テルべカナン王国中の貴族が集まるとも言われている。
とはいっても各家の当主や跡取り以外の参加は必須ではないため、オルスロットやレイティーシアは今まで殆ど参加していなかった。
しかし二人が結婚をしたこと、そしてランドルフォード侯爵家とチェンザーバイアット伯爵家が縁戚関係となったことを周知するためにも、今年の参加は必須となっていた。
「はぁ……もう、気が重いわ」
「そんなこと言わないでください、レイティーシア様。とてもお似合いですよ?」
身支度を手伝ってくれていたマリアヘレナに励まされても、レイティーシアの気分は晴れない。姿見に映る自身を見つめ、またため息を吐く。
クセラヴィーラを筆頭とした侍女たちが、朝から時間と技術を掛けて整えてくれたその姿は、見事の一言に尽きる。
日々のお手入れで美しく銀色に輝く髪の毛は複雑に結い上げられ、紫と青の石がついた飾りで飾られている。そして身に着けるのは、シンプルなデザインの白を基調としたドレス。
身体のラインにピッタリと沿った上半身は、レイティーシアのスタイルの良さを強調するため銀糸の刺繍が施されている以外の装飾は無い。それとは対照的にふわりと広がったスカートは、下に重ねた濃い青の生地がアクセントとなるよう、レースがふんだんに使われている。
そして流行に則り胸元は広めに開いているのだが、オルスロットの意向か、レースの様な細かな銀細工の首飾りがそこを覆い隠している。ちなみにこの首飾りは、髪飾りとセットの様で、紫と青い石が所々に飾られていた。
夜会とあって、今までのお茶会の際の装いより格段に手が込んでいる。実家に居た時は服飾に興味もなかったため、デビュタントの時のドレスですら地味だった。
そのため、こんなに華美に装った自身は全くもって見慣れない。落ち着かない。
おまけに、数日前やってきた治療術師によって視力も治されてしまったため、慣れ親しんだ眼鏡も取り上げられてしまったのだ。
紫色の瞳が鏡に映っているのが落ち着かず、今までの癖で手が眼鏡のあった場所を彷徨ってしまう。
「はぁ……」
本日何度めかも分からないため息を吐いた時、扉をノックする音が響く。
「レイティーシア、入っても大丈夫でしょうか?」
「旦那様……? マリア、お通しして」
レイティーシア同様身支度をしていたはずのオルスロットの来訪に、驚きつつもマリアヘレナへ指示を与える。もう身支度は終わっているので、オルスロットが入室しても問題は無い。
「どうぞ、お入りください」
「ありがとうございます」
「一体どうなさったのですか、旦那様?」
マリアヘレナが扉を開けて迎え入れたオルスロットも、もうすでに身支度は終わっているようだ。レイティーシアのドレスに合わせ、銀糸の刺繍と小さな青い石で飾られたシルバーグレーの礼服を纏ったオルスロットは、貴公子然としている。
そんな彼に小さく微笑みながら問いかけると、扉のすぐそばで何故だか固まっていたオルスロットが小さく咳払いをして近づいてくる。
「……すみません。レイティーシア、右手を出して頂けますか?」
「右手、ですか?」
小さく首を傾げながら右手を差し出すと、オルスロットはその手首にブレスレットを巻く。細い銀の鎖に小さな紫色の石の飾りがついたそれは、今日の装い合わせるには少々繊細すぎるデザインだが、普段使いも出来そうだ。
そんなことを思いながらブレスレットを見つめていると、オルスロットが小さく笑いながら説明する。
「貴女が作る魔道具の様に明確なものではないのですが、その紫色の石には、心を落ち着ける効果があるそうです」
「心を落ち着ける……?」
「はい。その……、眼鏡を外すことになって落ち着かないでしょうから、その代わりにでもなれば、と…………」
「まぁ……!」
イゼラクォレルの命で眼鏡を外すことになったのは、ほんの数日前だ。そんな短期間でわざわざ用意をされているなんて思ってもいなかった。
華奢なブレスレットを撫でながら、にっこりと笑って告げる。
「ありがとうございます。とても、うれしいです」




