むかしの話4
「チェンザーバイアット家は色々な貴族と婚姻を結んでいますが、やっぱり多くは近い土地の家なので、南方に多い黒髪や茶髪の者が大半なんです」
「……テルベカナン国自体、黒髪や茶髪が多いとはいえ、北部はハロイド達の様な金の髪を持つ者も多い。そこまでおかしなことでは無いでしょう?」
「ええ、そうです。曽祖母もこのような髪色と瞳の色だったそうですしね。……でも、更に魔術の才を私だけが持っていたので」
目を伏せ、悲しげな笑いを零すレイティーシアに、オルスロットは眉間のしわを深くする。
「何故です。母上がジルニス家の者ならば、魔術の才を持った子が生まれてもおかしくは無いでしょう」
「そうなんですが、両親の結婚を反対していた大叔父の一派は何かしらの文句を言う隙を狙っていたんでしょうね。…………他の兄弟とは違う私を、母の不貞の証と言い立てたんです」
「な……」
言葉を失うオルスロットに、出来る限り淡々と説明を続ける。
「母が私を妊娠したと思われる頃に、体調を崩して実家のジルニス家へと戻っていた、ということも余計なことを言われる原因となったらしいです。私が生まれたその時から、密かにそういった事は言われていたそうですが、私が5歳の時に魔術の才を示したことを切っ掛けに、表立って大叔父たちが母を批判するようになったのです。ジルニス家の者と不貞を働いた結果の子だ、と」
「…………」
「もちろん、大半の人はそんな大叔父たちの言いがかりじみた批判を信じたりはしませんでした。でも、大叔父一派の批判は、幼い私には真実に聞こえたのです……。私は、…………生まれて来てはいけなかったのだと」
「そんなわけっ!」
「ええ、ありません。今ならば、しっかり分かっています。でも、5歳の私にはそれがただの言いがかりだなんて、分かりませんでした。両親や屋敷の使用人たちはしきりに否定していましたし、なるべく私たち子供の耳にそんなことを入れないようにしてくれていました。しかし、時々耳に入る噂話や冷たい視線が、その疑念を忘れさせてくれませんでした」
珍しくも声を荒げるオルスロットに、小さく笑いかけながらレイティーシアは淡々と話続ける。
「そのうち私は、自室に引きこもりがちになって、外に出ても顔を上げず、そして魔術も使わないようになりました。自分の見た目と、魔術の才が兄弟との違いであることは分かっていましたから……」
「……それで、貴女はジルニス家に預けられるように?」
「はい。ジルニス家は、才能さえあれば正直血筋とかもどうでも良いといった風潮ですので」
レイティーシアは一つ大きく息を吸うと、顔を上げてにっこりと笑顔を向けた。じっと話を聞いているオルスロットの眉間のしわがとても深くなっている。
もう昔の話、とレイティーシアとしては割り切っているのだが、初めて聞く人には、やはり不快なものだろう。
昔話を終わらせるため、結末を告げる。
「私がそうやってジルニス家で過ごしている間に、大叔父一派は排斥されました」
「……一体何故?」
余りにも急な展開に、オルスロットは目を見開いていた。
「チェンザーバイアット家、いえ、どちらかというとジルニス家、ですね。その存在を使って他国と繋がっていたんです。自身が当主になればジルニス家の魔術師をいくらでも使える、と宣伝して当主になるための助力を乞うていたようです」
「それは、いくらなんでも無謀では?」
「ええ。父の婚姻の際を含めて、大叔父は色々と策を弄していたようですが、ことごとく失敗して焦れていたようでして。こんな無謀なことをしたようです。結局は両親やガルフェルド様によって策略は露呈。一応協力関係にあった他国の貴族からはあっさり見捨てられたようで、こちらに対して情報提供とともに余計な事に巻き込まれた、といった苦情が来ました」
「……結局、大叔父殿は幼い貴女を傷付けただけですね」
苦笑を浮かべてそう話を締めくくるレイティーシアに、オルスロットはより眉間のしわを深くしてため息を吐く。そして眼鏡を外し、今だに晒されている彼女の紫の瞳を見据えて告げる。
「嫌な思い出を話させてしまい、申し訳ありません。今も、その瞳を晒すことが、貴女の負担となるのであれば、今のままで構いません」
「……ありがとう、ございます」
その言葉にレイティーシアはほっと息を吐き、眼鏡を掛ける。
しかし、その行動を見守っていたオルスロットは少し残念そうに瞳を伏せた。そして、少し躊躇ってから、言葉を続ける。
「でも、俺は、貴女のその瞳を美しいと思います。だから、出来るのならば……」
そこで言葉を切り、真っ直ぐレイティーシアを見据える。
「貴女の瞳を、隠さずに見せて欲しい」




