むかしの話1
種を取り出したプラムの実を潰し、カップへ入れる。そして蜂蜜と混ぜ合わせてから、少しずつお湯を注いで溶かしていく。
お手軽に作れるが、疲労回復効果があると言われている、チェンザーバイアット家ではお馴染みの飲み物だ。根を詰めて魔道具製作を行ってしまうレイティーシアに、母がよく作ってくれていた。
それを3日ぶりに帰宅したというオルスロットのために作ってみたのだ。チラリと見た顔色が大分悪かった。
もしかすると、余計なお世話かもしれない。しかし、普段から魔道具製作以外では役立っておらず、むしろ何かしらと厄介ごとを立て続けに引き起こしている状態だ。ほんのわずかでも、何か出来ればと思ったのだ。
それにもし、不要と突っぱねられたならば自分で飲めば良いだけだ。そう自分を励まして、カップをトレーに載せる。
そしてつい最近作った魔道具に魔力を込め、言葉を紡ぐ。
「旦那様。もし、お時間があるのでしたら、扉を開けていただけないでしょうか?」
魔道具から手を離すと、ふわりと小さな光が立ち上り、そして蝶の形を取る。成功だ。
思わず笑みが零れた。
この魔道具は、今までのものとはひと味違う。この国の魔術ではなく、ランファンヴァイェンの国の魔術ーー彼の国では呪と言うらしいーーを組み込んでいた。
先日、お茶会という名目のレイト・イアット製魔道具納品の際に、ランファンヴァイェンが見せてくれた呪を参考にしたのだ。呪は、呪印と呼ばれる複雑な紋様に魔力を流し込むことによって発動する。とても、魔道具に近いものだ。
そして試しに取り入れてみれば、案の定上手くいったのだ。魔術式に比べて呪印の方が複雑で、魔道具に組み込むのは骨が折れた。それに、独特な構成のため理論などはまだ分からず、応用などは出来そうに無い。
それでも、これでまた新しいものが作れる。色々創作意欲が掻き立てられていた。
少し浮き立った気分のまま、呪の蝶と共にオルスロットの書斎へ向かう。そして扉を蝶が抜けて行くのを見守り、しばらく待つ。
果たして反応はあるだろうか?
心配しながら待っていると、扉が内側から開かれた。無視されなかった、という事実に口元が自然と笑みを作る。
「どうしました、レイティーシア?」
「飲み物をお持ちしました。チェンザーバイアット家では、疲れが溜まっている時によく飲んでいたものです。是非、旦那様もお飲み下さい」
手に持ったトレーを少し持ち上げ、カップの存在をオルスロットへ示す。首を傾げながらオルスロットを見上げていると、少しやつれた様に見える秀麗な顔に小さな笑みが浮かんだ。
「わざわざ、ありがとうございます。どうぞ、お入り下さい」
「あ……はい。失礼します」
扉の横へ退き、入室を促すオルスロットに少し驚く。てっきり、トレーを受け取って終わりだと思っていた。
久しぶりに入ったオルスロットの書斎は、最近の忙しさのためか、以前に比べて雑然としていた。床にまで書類が落ちており、意外さに軽く目を見張る。
「お口に合うか分かりませんが……。どうぞ温かいうちにお飲み下さい」
「ありがとうございます」
執務机とは別にあるソファーに座ったオルスロットの前にカップを置き、飲むよう勧める。
以前にこのソファーにレイティーシアが座った時、オルスロットは向い側のソファーではなく、あえて遠い執務机の方に座っていた。だからどうにも身の置き場に困る。
とりあえず少し離れた位置に立ってオルスロットを伺いつつ、あまりじっと見つめるのも悪いと思って近くに落ちていた書類を少し拾っておく。こんな雑に扱っているものだから、機密情報ではないだろう。
そう思っていたのだが。
「……え?」
書類内容を見ないよう拾っていたが、偶然目に入った一文に、思わず声を上げてしまった。
それには、ナタリアナの名前が書いてあった。一体、何の書類なのか……。
その書類を握りしめてオルスロットを振り返ると、罰の悪そうな顔をした彼はゆっくりとカップを置いたところだった。
「旦那様、これは……?」
「……説明します。どうか、レイティーシアもこちらに座って下さい」
お願いします、と小さく頭を下げる彼はどこか不安そうな表情をしていた。
遅くなりまして、申し訳ありません。
次はなるべく早く書けるように、頑張ります。




