消えた招待状2
「何故こうも次々と厄介事が起きるのでしょうね……」
深々とため息を吐きながら呟くのは、対処のために急いで呼んだクセラヴィーラだ。迫力の籠った笑みが宿っていることの多い茶色の瞳は、疲れの色が濃い。
ウィンザーノット公爵夫人からの手紙の内容は、明後日開かれる公爵夫人主催のお茶会への出欠の確認だった。2週間程前に招待状を送っているが、返事がないので直前になったが、確認のため手紙を書いたとのことだった。
ウィンザーノット公爵家は王族であり、一貴族がその招待を断れるわけがない。そのため招待される者は参加の一択のみだが、それでも返事を出すのが礼儀だ。
しかも返事は早急に出すものだ。主催側にも色々準備があるため、参加表明は早ければ早い方が良い。
それなのに、参加とも不参加とも返事がないまま2日前になっているなど、最悪である。
しかしレイティーシアとしては、その招待状を見た記憶がないのだ。ウィンザーノット公爵夫人主催のお茶会、なんて重要なもの、見落とすはずがないのに、だ。
一体どういうことだ、という気持ちも多大にあるが、今はそれを追求している場合ではない。
急ぎお詫びの品を添えて、出席させて頂く旨を伝える手紙を用意した。それをつい先ほどウィンザーノット公爵家へ宛てて出したところだった。
「はぁ……本当に、招待状はどこに行ったのかしら……?」
「奥様、それは今追求しても仕方ありません。それよりも、お詫びを兼ねたお土産やドレスなど、準備しなくてはなりません」
「ドレス? この間いくつか仕立てたと思うけれど、それではだめなのかしら?」
礼儀に反し、迷惑を掛けてしまったので、お土産を持参すべきというのは分かる。しかし、また新たにドレスを用意しなくてはいけないのはなぜか。
きょとん、と首を傾げて尋ねると、ピッシリと背筋をのばしたクセラヴィーラが深いため息を吐く。その顔は、怒りも籠ったド迫力笑顔が張り付いていた。
「旦那様のご要望です」
「旦那様の?」
「あ、胸元を隠せってやつですか?」
大人しく、唯一の特技である紅茶を淹れていたマリアヘレナが突然楽しげに声を上げた。琥珀色の瞳には、好奇心が踊っている。
その言葉に思い出すのは、つい先日歌劇を観に行った日の玄関先でのやり取りだ。
元々屋敷内で着る服はそこまで胸元が大きく開いているものは無かったためあまり影響はなかった。しかし、外出用のドレスは流行に則って胸元の露出は大きいため、オルスロットの言葉に従うと新たに仕立て直さなければいけない。
しかし、今回はたった2日しか時間がない。しかも、前回のお茶会の時の様に事前にクセラヴィーラも手配が出来ていないため、本当にギリギリだ。
これからの日程を思ってレイティーシアも深くため息を吐き、顔を覆う大きな眼鏡を弄る。とてもではないが、魔道具作成なんてやっている時間もなさそうだ。
そんなレイティーシアを静かに見ていたクセラヴィーラは、少し言いにくそうに尋ねる。
「奥様。やはり、その眼鏡は外されないですか?」
「…………ごめんなさい」
「……分かりました。奥様については、もう色々な噂が溢れていますし。旦那様も、眼鏡については気にされていないようですし。差し出がましいことを申しました」
なんだか結構失礼なことを言われた気がしてクセラヴィーラを見上げると、少し苦く笑っていた。その珍しい表情に驚きながらも、レイティーシアも笑う。
「そうですね。……本当はもう、私も眼鏡にこだわる必要もないかも知れないですが、ね」
「レイティーシア様……」
レイティーシアの発言に、マリアヘレナが驚いたように目を見開いていた。しかしそれ以上は何も言わず、嬉しそうに笑うのだった。
「さて、もたもたしている時間はありません。急いで準備を」
「あの……」
少しまったりとした空気が流れそうになり、クセラヴィーラが急かそうとした時だった。扉の辺りから、侍女の一人が遠慮がちに声を掛ける。
「何ですか?」
「あの、奥様にお客様が……」
「お客様? お約束もなかったと思うのですが、こんな時に一体誰ですか!?」
怒りのオーラを纏ったクセラヴィーラに、声を向けられた侍女だけでなく、レイティーシア達も身を震わせる。やはり、クセラヴィーラは怒らせてはいけない。
しかし、ここでもたもたしてはよりクセラヴィーラを怒らせる事を知っている侍女は、客について知らせるのだった。
「ランファンヴァイェン、という商人がお見えです。ガルフェルド・ジルニス様のお手紙もお持ちです」
「ランファンヴァイェンさんに、伯父様のお手紙……?」
思いがけない名前に、レイティーシアは目を見張った。そしてそのレイティーシアの反応に、クセラヴィーラは片眉を上げ、問いかける。
「奥様、お知り合いですか?」
「ええ。ランファンヴァイェンさんは、伯父が懇意にしている商人で、先日私もお店に伺ったのですが……」
特に会う約束もしていないのに、ランファンヴァイェンが出向くなど今まであった試しがない。一体何事か、と首を傾げるのだった。




