休日の過ごし方2
「旦那様。本日はこちらの歌劇を押さえましたので、チケットをお渡しします」
そう言ってオルスロットへ2枚のチケットを渡すのは、クセラヴィーラだ。昨日急きょ外出することを決め、各種の手配を依頼したのだが、つつがなく行ってくれたようだ。
「ありがとうございます」
「いいえ。では、わたくしは奥様の支度のお手伝いをしてまいります。一刻後に出立出来るように致しますので、旦那様もご準備をお願いします」
「分かりました」
「では、失礼致します」
ぴっしりとした礼をして出て行きかけたクセラヴィーラが、ああ、と言って立ち止まる。そして茶色の瞳を細め、迫力の籠った笑顔をオルスロットへ向ける。
「急なことでしたので、押さえた演目については、苦言は受けかねます。ご容赦ください」
「はい……?」
何となく良い予感がしなかったので、急いで渡されたチケットを見る。そしてそこに書かれた歌劇のタイトルを見た瞬間、オルスロットは盛大に顔を顰めた。
「よりによって『ハールトの花』ですか……」
「今上演している歌劇の中で、特に人気のものですので。それとも、『ラルドの英雄』の方がよろしかったでしょうか?」
「それだけは、やめてください!」
しれっと上げてくる歌劇のタイトルに、オルスロットは悲鳴を上げる。『ラルドの英雄』は、五年ほど前のオルスロットの功績を題材にした歌劇だった。死んでも観たくない。
それに比べたら、『ハールトの花』が何百倍もマシだ。若い女性が好む恋愛物語なので好んで観たい物ではないが、死にたくはならない。
悲壮な表情を浮かべるオルスロットに対し、クセラヴィーラはド迫力笑顔のまま、忠告をする。
「どうぞ、奥様と仲良くご覧になって下さい」
§ § § § §
一刻後。身支度を整えたオルスロットは、屋敷の玄関ホールでレイティーシアを待っていた。
今日歌劇を観に行くのは、王都の比較的新しい劇場で、あまり格式張った場所ではない。そのため、オルスロットの服装もシンプルなシャツとズボンに、袖や裾に刺繍が施されたダークブルーのジャケットを羽織るだけというラフなものだ。装飾品も、先日レイティーシアから贈られた魔力回復の魔道具であるブローチのみ。
そしてレイティーシアも、恐らくそこまで着飾る訳では無いだろう。何せ、支度する時間はたったの一刻。普通の貴婦人では有り得ない短時間だ。
昨日急きょ決めた外出だが、せっかく二人で出歩くので、周囲に仲睦まじい夫婦っぷりを印象付けたい。そんな思いがあるため、今日の予定は少々強行軍だ。
昼公演の歌劇を観て、その後オープンテラスのある洋菓子店でお茶。そして商業街の中央通り沿いのお店で買い物をした後、人気のレストランでディナーだ。あえて人目が多く、そして貴族だけでなく一般的な市民も多い場所を選択した。そして移動も、屋敷から劇場までは馬車だが、他は徒歩の予定だ。
ここまで積極的に人目に触れれば、貴族だけでなく、世間一般でも仲睦まじい夫婦であることを知らしめることができるだろう。そうなれば、噂の払拭も容易い。
「旦那様」
そんなことを考えていると、準備を終えたレイティーシアに声を掛けられた。背後にクセラヴィーラとマリアヘレナを従えた彼女は、早足でオルスロットに近付いて小さく頭を下げる。
「お待たせ致しました」
「いえ。…………クセラヴィーラ、ショールなどは無いのですか?」
「ショール、ですか?」
じっとレイティーシアを見たオルスロットは眉間にしわを寄せて、クセラヴィーラに声を掛けた。しかし、普段は何事でもすぐさま対応をするクセラヴィーラは怪訝そうな顔をするだけで、動こうとしない。
おかげでオルスロットの眉間のしわがより深くなり、レイティーシアが不安そうに見上げる。
「旦那様、どうかしましたか? なにか私の格好で不備が有りましたか?」
「いえ…………少々、胸元が寒そうに思いましたので」
そうオルスロットが指摘する通り、今日のレイティーシアの服装は胸元が広く開いた、くるぶし丈のワンピースだった。あちこち移動することもあり、コルセットは使用していないので先日のお茶会ほど胸も強調はされていないが、デコルテを見せつけるものだ。
ワンピース自体比較的シンプルなデザインであり、装飾品もほとんど着けていない。一部垂らされた鈍色の髪の毛が、まるでデコルテを縁取っているような状態だった。
クセラヴィーラの作戦、デコルテで野暮ったい眼鏡を誤魔化そうが本日も使用されていたわけだが、オルスロットとしてはそんなことは知らなかった。ただ、開きすぎたレイティーシアの胸元を晒したまま外出するのは良くないと、再度クセラヴィーラへ指示を出す。
「とりあえずショールか上着を持って来なさい。まだ冷えます」
「かしこまりました」
衣装部屋へ戻るクセラヴィーラを見送ったレイティーシアは、オルスロットを見上げて小さく微笑む。
「お気遣い頂き、ありがとうございます」
「いえ、今日は外に居ることも多いですから、風邪を引き兼ねません」
「そうですね」
ふい、とそっぽを向くオルスロットに、レイティーシアの背後で静かに控えていたマリアヘレナが小さく呟くのだった。
「旦那様って、素直じゃない」
ラルドはランドルフォード侯爵領の領都。
ラルドの英雄の内容は全然考えてません。実家に帰省中に、なんやかんややって他国のお嬢様を助けちゃったとかそんな内容でしょうか?




